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カウンターレディはプ女子⑨:創作小説と私

月曜日の夜。
閉店作業を終えて帰ろうとしたあずきは、数人の
警察官に囲まれた石塚の車を見て慌てて駆け寄った。
「あずちゃん。一緒に事情を説明してくれるかな?」
石塚は職務質問を受けているところだった。
この辺りでストーカーらしき人物がいると警ら中の
警官に、あずきを迎えに来て車で待っていた石塚が
引っ掛かったのである。
「この人は違うんです。」
あずきは自分が通報した案件で、石塚はそのために
協力してくれている人だと警官に説明した。

「いやぁ、まさか怪しまれるとは思ってなかった。」
肝を冷やした石塚がぼやく。
「なんかごめんなさい。」
「いやいや、全然大丈夫。あれだけきちんと警戒して
くれてるならちょっと安心したわ。」
「それで、帰り道なんですけど。」
「ん?どこか寄りたい所とかある?」
「いえ、いつも通ってる道の途中で降ろして下さい。
その近くに母が住んでるので。道が狭くて車だと
そこまで入れなくて。」
「そっか。お母さんに頼ることにしたのか。」
「はい。もっと早く言いなさいって怒られました。」
「それが親ってものだと思うよ。」

いろいろといい方向に進み始めている。石塚は内心
喜んでいた。思わず笑みが浮かぶ。
「何かいいことありました?」
「うん、良かったなって。」
「あ、そのマンションの前で停めてください。」
石塚はマンションの脇にある路地の前で車を停めた。
「この裏手ってこと?」
「はい。ありがとうございます。」
「気をつけてね。」
「あの、石塚さん・・・。」
「ん、どうしたの、急に改まって?」
「・・・いえ、いつもありがとうございます。おやすみ
なさい。」

”石塚さん”。あずちゃんにしては珍しい呼び方だ。
何か言いたいことでもあったのだろうか。
そんなことを考えつつ、石塚はいつも通りあずきの
アパートの前で車をしばらく停車させる。
どこまでごまかせるかわからないがカモフラージュは
しておいたほうがいいだろう。
石塚は助手席側のドアを開けてフェイクをかけたり、ドアミラーやルームミラーで周囲の様子を窺う。
それらしき気配は感じられない。
やはり何かあるとしたら”金曜日”なのだろうか。
その日はそのまま何事もなく家へと戻った。


木曜日。
石塚はいつも使っていた回り道ではなく、その日は
真っ直ぐ最短距離を走っていた。
先にあずきのアパートへと向かい、そこであずきを
降ろすフリをしてからまた車を走らせ、母親の
家の近くまであずきを送り届けた。
「何か試してるんですか?」
「うん。さっさと見つけて終わらせたい。」
「無茶はしないでくださいね。」
そうあずきに言われてすみちゃんと交わした会話を
思い出す。
「わかった。心配かけるようなことはしないから。」
「おやすみなさい、石やん。」
「おやすみ。気をつけてね、あずちゃん。」

いつまでこんなことを続ければいいのだろうか。
石塚は焦りと怒りを感じるようになっていた。


金曜日になると石塚に大山から連絡が入った。
またすみちゃん目当てで飲みに行こうという誘いだ。
となると、車で送っていくことは出来ない。
また歩いて送っていくしかないか。

そんな石塚の心配は杞憂に終わった。
すみちゃんから出されたグラスを口にした石塚は
一瞬驚いた表情を見せた。
「どうした石やん?」
大山が石塚に声を掛ける。
「あっちのお客さん、歌上手いなと思って。」
「そうか?石やんのほうが上手いよ。」
「ンなことないって。」
言いながらすみちゃんを見やる。
したり顔でうっすら笑っている。
石塚のグラスには水と氷しか入っていなかった。
持つべきものは良き理解者である。

その日は陽子ママも出勤していて3人体制だった。
「ほら、給料日やん今日。お客さん増えるから
休んでる場合ちゃうねん。」
「なるほどねぇ。それでも足りない時もある?」
「あるよ。そうなったらコンパニオンさん呼ぶの。」
「へぇ~。そんなシステムになってるのか。」
石塚とママのそんな会話にはお構い無しに大山が
大声ですみちゃんを”指名”した。
「すみちゃ~ん。デュエットしよ~。」
石塚が「お願い」とすみちゃんに視線を送る。
すみちゃんは了承してくれたようだ。
「は~い、何歌いますか、大山さん。」
「んーとねぇ・・・。」

大山とすみちゃんが2人で歌っている間、石塚は
適当に合いの手を入れながらあずきをちらちらと
見ていた。
その日は別の客についていたあずきも、そんな
石塚の視線に気付いて時折小さく手を振った。
「石やんも何か歌ってよ。」
そう言ったすみちゃんの声には微妙にトゲがあった。
あまり露骨に見るな、ということだろうか。
「何がいいかな・・・。」
石塚はとりあえずデンモクに視線を落とした。


大山を駅まで送り届けると、石塚は一旦家に戻り
車でもう一度ラウンジへと向かった。
駐車場に車を駐めていると、閉店間際の店に1人の
男が入っていくのが見えた。
何となく見覚えがあるような姿。
そう、ひょろっとした感じの、気弱そうな・・・!?
石塚は慌てて車から降りると店のドアを開けた。

カウンターの隅であずきが怯えている。
その前には陽子ママが男を近づけまいと立っていた。
男はママが居るためカウンターには入れず、ずっと
あずきのほうを見ていた。
「ねぇあずちゃん。アイツは何なの?なんでオレの
こと無視してあんな奴と一緒にいるわけ?」
男がカウンター越しにあずきに詰め寄る。
「帰ってください、もう閉店なんで。」
ママは毅然とした態度で男と対峙している。
「どいてよママ、オレはあずちゃんに用が・・・。」
「あずちゃんもママもお前なんかにゃ用はないって
言いたいらしいけどな。」
石塚が男の言葉を遮った。

「はぁ?関係ない奴は出ていけ!」
「お前こそ出ていけ。あずちゃんが迷惑してるのも
わからん奴があずちゃんと付き合えるわけないわ。」
男は石塚の方へと向き直ると殴り掛かろうとする。
しかし明らかに喧嘩慣れしていないようで、石塚は
それを後ろに下がってあっさりと避けた。
男はそのまま前方へとよろける。
見下ろすように石塚が挑発する。
「警察に突き出される前に帰れ。二度と来るなよ
この童貞野郎が。」
その言葉に逆上した男はジーンズのポケットから
カッターナイフを取り出し、逆手に持って石塚に
襲い掛かった。
石塚は左手でカッターナイフを持った相手の右手首を
掴んだものの、身体ごとぶつかられて後ろの壁に
叩きつけれた。そのままの勢いで男の頭が石塚の顔に
ぶつかる。男の額が石塚の右眼あたりに当たった。
「ぐっ!」

男はそのまま石塚を倒し馬乗りになろうとするが、
石塚は身体を捻って倒れ込んで、逆に男に覆い
かぶさった。
カッターナイフを持つ右手を石塚に押さえ込まれた
ままの男は、下から左手で石塚を殴る。
石塚はその左手の手首を右手で掴むと、力任せに
相手の首元に腕を巻き付けるように押さえつける。
石塚に馬乗りになられて、両腕も押さえられて、
男は必死にもがくが身動きが取れない。

コイツのせいで・・・。
石塚は自分が押さえつけている男を殴りたかった。
ぼろぼろになるまで殴ってやりたかった。
ただ、そんなことをしてもあずき達を怖がらせる
だけだと、ギリギリのところで理性を保っていた。

「邪魔すんな、あずちゃんはオレのモノなんだよ!」
男が放った一言で石塚の理性が吹き飛んだ。
首元に巻き付けていた男の左手を離すと、右手を
握って顔面に叩きつけた。
「オレの”モノ”?!あずちゃんは”モノ”じゃねぇ!
っざけんなコラ!!」
2発。3発。
店の入口でもつれたまま男に殴り掛かる石塚の腕を
陽子ママが制止した。
「石やん!」
男を睨みつけたまま、石塚は手を止めた。
男は殴られたせいか、抵抗するのをやめていた。
男は石塚の形相に怯えているようだった。
すでにカッターナイフも手放している。

石塚は震えていた。
やり場を失った怒りと、自分が人を殴ったという
事実に。
頭をぶつけられた右眼が痛んだ。


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