見出し画像

カウンターレディはプ女子⑲:創作小説と私

水曜日、午後3時半。
石塚は午後から半休を取り、あずきや甲斐人かいとくんと
近所のスーパーに隣接している広い公園に来ていた。
「バトミントンとかフリスビーとか、適当に買って
きてみたよ。」
そう言ってホームセンターのビニール袋に入った遊び
道具を嬉しそうに手にする石塚を、その傍らで半ば
呆れたようにあずきは眺めていた。

昨日のお昼どきのことだ。
石塚からあずき宛にLINEが届いた。

『明日午後から半休もらったから、甲斐人くん連れて
公園にでも行かない?』

これを見てあずきは石塚の持つある種病的な一面を
改めて思い知らされることになった。
どこまでも自分より他人を優先してしまう。
当然のことだが半休を取った分の仕事は多少なりとも
後々石やん自身の負担になるに違いない。
確かに「甲斐ちゃんと遊んであげて」とは言った。
とはいえ、そのためにまさか自分の仕事や時間まで
こうも簡単に犠牲にしてしまうとは・・・。
あまり迂闊なことは言えない、あずきは認識を改め
ざるを得なかった。


「ちょっと風があるから、フリスビーにしよっか。」
石塚は甲斐人くんにフリスビーの持ち方、投げ方を
丁寧に教えている。
「えいっ!」
「そうそう、上手い上手い。」
甲斐人くんが投げたディスクをあずきが拾いあげる。
石塚もディスクを拾おうと駆け寄ってきていた。

「いいんですか、お仕事は。」
「水曜日は午前中の搬入さえ終わればあとは大した
ことないから。ほら、あずちゃんも。」
そう言うと甲斐人くんの元に戻る石塚。
あずきもとりあえず今は二人に付き合うことにした。
「マ~マ~。投げて~。」
「はぁ~い。」
あずきが投げたディスクは風に流されて、少し横に
逸れていく。
慌てて石塚がそれを追いかけ、どうにかギリギリで
キャッチした。
「ちょっと向きが悪いかな。甲斐人くん、こっちから
投げてみて。」
「うん!」
石塚は甲斐人くんがちょうど風上になるように場所を
移動した。
これなら子供の力でもそれなりに飛距離が伸びる。

「あずちゃん、行くよ~。はい、甲斐人くん。」
甲斐人くんが投げたディスクはキレイにあずきの所へ
飛んできた。
「やった!」
甲斐人くんと同じ目線の高さで一緒になって喜んで
いる石塚の眼はまるで少年のそれだ。
「甲斐ちゃん、行くよ~。」
そう言ったあずきの投擲は風に逆らい、甲斐人くんの
頭の上を越えていった。
「あー、甲斐ちゃんゴメン。」
「マ~マ~!」
甲斐人くんが抗議の声を上げる。
石塚はこの後、風のイタズラでどこに飛んでくるか
わからないあずきの投げるディスクを追い回すことに
なった。


「はぁ~、疲れた・・・。暗くなってきたし、そろそろ
帰ろっか、甲斐人くん。」
「はーい。」
甲斐人くんの手を引いて石塚があずきの元に寄って
来た。その顔はあるいは甲斐人くんよりも楽しんで
いるようにも見える。
「石やんは晩御飯どうするんですか?」
「ん?ウチで適当に食べるよ。」
「・・・石やんって料理とか、します?」
「いや。インスタントとかコンビニとか。」
「じゃあウチへ寄っていってください。甲斐ちゃん、
お買い物行くよ。」
甲斐人くんの反対の手をあずきが取る。
「ママ、お菓子買っていい?」
「1個だけね。」
「うん!」

母子のいつもの会話に石塚が割り込む。
「いやでもそんなの、なんか申し訳ないし・・・。」
「石やんもいい歳なんですから、ちょっとは健康にも
気を遣わないとダメですよ。」
「ダメですよ!」
親子揃ってのダメ出しだ。
これには思わず石塚もあずきも笑ってしまう。
「はい、ご馳走になります。」
3人で手を繋ぎ、スーパーへと向かう。
ふと、甲斐人くんが思いがけないことを口にした。
「石やんはパパじゃないの?」
石塚は立ち止まって、いつものように甲斐人くんの
目線で話し始める。
「ゴメンね甲斐人くん。石やんはパパじゃないんだ。
でも甲斐人くんがパパになって欲しい時は、パパの
代わりになってあげる。」
甲斐人くんの前で笑顔は崩さないものの、石塚の目に
影が宿るのがあずきには見えた。
「ずっとパパがいいなぁ。」
「甲斐ちゃん。無理言わないの。」
「ゴメンなぁ。」
石塚が甲斐人くんの頭を撫でる。

以前は大きく見えた石やんの背中。
今は何か小さく寂しげに見える。
それはただしゃがみ込んでいるからではないことを
あずきは何となく感じ取っていた。


「うん、これ美味しい。」
「ママのごはん、おいしいよ。」
「そだね、ママはお料理上手だね。」
独身貴族の石塚にとって温かいご飯は貴重だ。
それも美味いとなればなおさらだ。
「良かった。お口に合うか心配で。」
「味覚のほうを合わせるよ。その必要もないけど。」

食事を済ませ母子がお風呂に入っている間、石塚は
キッチンで洗い物をしていた。
「石や~ん。」
お風呂から上がったばかりの甲斐人くんが石塚の
足元に駆け寄ってくる。
「こらこら、お皿洗ってるからね、甲斐人くん。
アブナイぞ。」
タオルで手を拭くと両手で甲斐人くんの頬を包む。
「つめたっ!」
「ほら、アブナイでしょ?」
「石やん、何してるんですか!?」
あずきが石塚の様子を見て声をあげた。
「うん?洗い物。」
相変わらず風呂上がりで軽装のあずきのほうには
なるべく視線を向けないよう、石塚が答える。
「ご馳走にもなっちゃったし、何かしてないと落ち
着かなくてさ。」
「そんなに気を遣わなくてもいいのに・・・。」
「甲斐人くん、着替えておねんねしようか。」
「うん!」

あずきが髪を乾かしている間に、石塚は甲斐人くんを
寝かしつけようとする。
「石やん、また来てくれる?」
「甲斐人くんがママの言うこと聞いていい子にして
たら、また来てあげる。」
その言葉を聞いてあずきがくすっと笑う。
(石やん、アタシと同じこと言ってる。)
「うん、また来てね。ママもさみしいって。」
甲斐人くんはあずきが見せた涙を覚えていた。
「・・・そっか。じゃあまた来ないとね。」
甲斐人くんの頭を撫でながら石塚が優しく答えた。
(あずちゃん・・・。)
石塚がちらっとあずきのほうを窺うが、特に変わった
様子はなかった。


甲斐人くんを寝かしつけた後、二人でいつものように
コーヒーを飲む。
石塚はその芳ばしい香りと二人で静かに過ごす時間が
すっかり気に入っていた。
「石やん、明日も仕事じゃないんですか?」
「まだ日付も変わってないし、オレは大丈夫。」
”オレは”という言い回しは暗に「あずちゃんはどう
なの?」というニュアンスを含んでいた。
「店に居たら閉店時間は0時ですよ。」
「そりゃそうか。」

しばらくの沈黙のあと、石塚は覚悟を決めてその
心の内を語り始めた。
「あずちゃん。前にオレのこと”いいパパになれる”
って言ってくれたの覚えてる?」
「覚えてますよ。」
「ホントにそう思う?」
「石やんが将来パパになったら、素敵なお父さんに
なると思います。親バカにもなりそうですけどね。」
あずきが微笑みながら答える。
「オレ・・・パパになりたい。」
いつになく真剣な表情で話す石塚に、あずきの目は
自然と釘付けになる。

「じゃあ、お相手探しから頑張らないと。」
「そうじゃなくてさ、あずちゃん・・・。」
「はい?」
「オレは甲斐人くんのパパになりたい。あずちゃんと
甲斐人くんのそばにずっと居たい。」
あずきの目が大きく見開かれた。
「オレ、自分のことって何にも出来ないけど、誰かの
ためだったら何でも頑張ろうって思える。その誰かに
なってほしい。あずちゃんと甲斐人くんに。」
「石やん・・・。」
「他の誰かじゃなくて、あずちゃんと甲斐人くんが
いい。ずっとそばに居たいし、隣りに居て欲しい。
こんな歳の離れたオジサンでも良ければ、だけど。」

あずきは俯いたまま、何も言えなくなった。
ただただ、涙がこぼれ落ちた。
「返事、待ってる。じゃあ・・・。」
そう言って席を立ち帰ろうとする石塚の手をあずきが
掴んだ。
「石やんこそ、いいんですか?アタシみたいな、コブ
付きの女で。」
石塚はあずきを後ろからそっと抱きしめた。
「言ったよね。他の誰かじゃなくて、あずちゃんと
甲斐人くんがいいって。他の誰かじゃダメ。二人に
ずっとそばに居て、一緒に笑って欲しい。」
自分を包み込む石塚の腕をあずきがぎゅっと掴む。
「アタシも石やんじゃなきゃダメみたいです。だから
このまま離さないで、ずっと一緒に居てください。」
「大丈夫、どこにも行かない。ここに居るから。」
あずきがひとしきり泣き止むまで、石塚はそのまま
あずきを抱きしめたままでいた。


「石やん。来てくれるのはアタシも甲斐ちゃんも
嬉しいんですけど、仕事休んでまで時間作ったり
しなくていいですからね。」
玄関で石塚を見送りつつ、あずきは釘を刺した。
「ごめん。かえって気を遣わせちゃったね。」
「でも、ありがとうございます。甲斐ちゃんは
石やんに遊んでもらえて楽しそうでしたし。」
「それなら良かった。じゃあ、また来るね。」
帰ろうとする石塚をまたあずきが引き止める。
「石やん、忘れ物。」
「ん?あ、あぁ・・・。」
すっかり待ち構えているあずきに石塚がくちづけを
交わす。
「ンフフ・・・おやすみ、石やん。」
「おやすみ、あずちゃん。」

近々あずちゃんのお母さんにまた挨拶に行かないと。
石塚は自分がまんまとあの母親の思惑にハマって
しまったことに苦笑いした。

《つづきはこちら》

《まとめ読み》





いいなと思ったら応援しよう!