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カウンターレディはプ女子⑪:創作小説と私

セルフネグレクト。
外見や健康・衛生、生活環境から金銭の管理に至る
まで、自身に対するセルフケアがまともに出来ない
状況を表す言葉である。
石塚は自身がそうだと独白した。
それにしては普段、清潔感もちゃんとあるし服装も
簡素とはいえまともだ。一見しただけではとても
そんな印象は受けない。

「石やんってそんな風には見えないですけど。」
「社会人だから家から1歩外に出ればイヤでも誰かと
関わることになるでしょ。不快感は与えたくない。」
それはつまり、他人の迷惑にさえならないのなら
自分自身はどうであろうが関係ないということだ。

この人は他人に気を遣いすぎるのではない。
そうすることでしか”自分を保てない”のではないか。
だから自分がこれだけ傷んでも気にも止めていない。
あずきは石塚を頼れる人だと思っていた。
それが石塚の”危うさ”だとは想像もしていなかった。

「だから家に誰か呼んだりなんて絶対無理。」
石塚が自嘲する。
「それって、今まではどうしてたんです?」
「今までって?」
「その・・・すみちゃんとか。」
「あぁ、すみちゃんとはあんまり長くなかったから
ウチに来ることもなかったし・・・その前っていうと
まだこっちに来る前の彼女になるけど、その時は
それなりに片付いてたかな。彼女がやってくれてた
のもあるし、オレもそれで困らせないように気を
つけるようにはしてたから。オレがそういうヤツ
だって気づいてくれたのがその子だったしね。」
やはり、他の誰かが関わっていないと石塚は自身を
ケアすることが出来ないようだ。

そういうことなら・・・。
「じゃあアタシ、石やんの部屋片付けに行きます。」
「いやいやダメだって!他人が入れる状態じゃない
から。それだけは無理。ダメ。それに・・・。」
男の部屋に来るって意味・・・。
石塚は言いかけた言葉を飲み込んだ。
「でも何かお礼はしたいんです。これだけいろいろ
助けてもらったのに。」
「うーん。オレが好きにやってただけだから、別に
お礼とか気にしなくても。朝ご飯もいただいたし。」
「それじゃアタシの気が済まないです。」
「そう?だったらどうしようか・・・。」
あずきはとにかく石塚に対して何かしてあげたいと
思っていた。石塚の近くに居る理由が欲しかったの
かもしれない。

「あ、そうだ。」
そう言うと石塚は財布を取り出した。その中から
何かを探している。
「あずちゃん、”ドラゴンゲート”って知ってる?」
「YAMATO様がいる団体ですよね?」
「あずちゃん、YAMATO知ってるんだ。」
「たまに朝の番組で料理コーナーやってますよね。」
「あぁ、あれか。なるほど。」

プロレス団体”ドラゴンゲート”所属、YAMATO選手。
同団体のトップレスラーであり、調理師免許を持つ
料理人でもある。レシピ本も複数出している。
キャッチコピーは『全知全能』というナルシストキャラ。

「それで、ドラゲーがどうかしました?」
”ドラゲー”という略称がすんなり出てくるのは流石
プ女子だなぁ、などと思いつつ石塚は話を続ける。
「これなんだけど。」
石塚が財布から出したのは再来週の日曜に隣の市で
開催されるドラゲーの地方興行の割引チケットだ。
「あずちゃん、良かったらこれ付き合ってくれない?
どうせなら甲斐人かいとくんも連れてさ。」
「・・・そんなことでいいんですか?」
「1人で行くよりはあずちゃんみたいにプロレス
知ってる人と行くほうが面白いし、ちょっと日は
空くけどあずちゃんの気分転換にもなればと思って。
ついでに何か食べに行ったりもしようか。そこで
ご馳走してくれればそれでいいかな。」
「甲斐ちゃんも一緒で大丈夫?」
「ドラゲーって地方興行に力入れててね。選手との
距離も近いし、子供でも楽しめると思うよ。」

嬉しそうに話をする石塚。
結局、今の話もそう。
石塚は自分よりアタシや甲斐ちゃんを中心に物事を
考えている。この人は誰かがついていないといつか
大変なことになってしまわないだろうか。
あずきは石塚のことが心配になっていた。
「再来週の日曜ですね。空けておきます。」
「ありがと。楽しみにしてる。」
”楽しいこと”には興味があるんだ。
あずきは少しずつ石塚という人を理解しようとする。

「はい。それと・・・。」
「うん?」
「また飲みに来てくれます?」
「そりゃすみちゃんにまた『暇だから』って呼び
出されたりするだろうからね。大山もすみちゃんに
会いたがってるし。」
「アタシが呼んでもいいんですか?」
「折角LINEとか交換したんだし別にいいよ。ただ、
給料安いからあんまり頻繁には顔出せないよ。」
ちょっと困ったように笑う石塚。
それでもこの人は、自分の財布のことよりも呼んで
くれた人のことを優先するんだろうな。
気軽に声を掛けるのは控えようとあずきは思った。

「さて、あまり遅くなると悪いしそろそろ帰るね。」
そう言ってダイニングテーブルから立ち上がろうと
する石塚の裾をあずきが掴んだ。
「最後まで付き合うって言いましたよね?」
「・・・あずちゃん?」
「シャワー浴びてきますね。」
そう言うとあずきは着替えを手に浴室へと向かった。
(どう受け取ればいいんだろうか・・・。)
すみちゃんは「思わせぶりな態度は取るな」と言う。
あずちゃんも随分思わせぶりなんだけど、と石塚は
困りながらも、自分のことを振り返ってみる。


あずきが浴室から出てくると、石塚はテーブルに
突っ伏して眠っていた。
「石やーん、こんな所で寝てたら首とか痛くなって
あとで大変ですよー。」
あずきは背中を摩りながらそっと起こそうとした。
「・・・んん、うん・・・。」
寝ぼけながら返事をし、石塚はまた寝ようとする。
「石やん、起きてー。」
今度は身体をゆすった。
このまま寝させておくわけにはいかない。
「ん゛~~~~~。」
石塚はようやく身体を起こすと背筋を伸ばし大きく
伸びをした。
「お疲れっぽいですね。」
(・・・子供みたい。)
あずきがくすっと笑った。
「んー、今日は色々あったからねぇ・・・。」
ようやく開いた左眼であずきを一目見た石塚は、
その視線をすぐに別の方向へと向けた。
「また寝ちゃダメですよ。」
そう言い残してあずきは寝室へと入っていった。
「あずちゃん、コップ借りるね。」
ふすま越しに石塚が声をかけると、蛇口からコップに
水を半分ほど注ぎ、一気に飲み干す。
相変わらず、風呂上がりのあずきは”目に毒”だ。
石塚はあずきとの距離感の取り方に戸惑っていた。
(どういうつもりで、どこまでOKなんだろう・・・。)
とはいえ、石塚には”今のところ”その気はない。

髪を乾かし肌のケアなども済ませ、パジャマを着た
あずきがまた寝室から顔を覗かせた。
「石やん、こっちに。」
また寝付くまで手を繋いであげればいいのかな、と
石塚は三度寝室へと立ち入った。
見ると布団は敷かれているが、掛け布団は横へと
退けられている。
「そこにうつ伏せになってください。マッサージ
しますから。」
「・・・いいの?」
「昔バイトしてたことがあるんです。ほら、よく
”揉みほぐし何分いくら”ってカンバン出てたりする
じゃないですか。」
「あー、知り合いにもいたそういう奴。そいつ元々
整体マッサージとか興味があって独学で頑張ってた
けど、いざ仕事として始めたら親指の爪が剥がれて
きちゃって続けられなかったって言ってたなぁ。」
「あぁ、時々いますねそういう人。さ、どうぞ。」
石塚は言われた通りにうつ伏せになった。
上からタオルケットが掛けられる。

「強めのほうがいいですか?」
「軽めでいい。あずちゃんだって疲れてるだろうし、
こういうのって摩ってもらうだけでも血流良くなって
結構ラクになるから。」
あずきは石塚の腰から背中、首へと背骨周りを軽く
力をかけながら指圧していく。
「石やん、肩ガチガチ・・・。」
肩に手を掛けたところであずきが呟いた。
「猫背だからすぐ肩凝っちゃって。」
言いながら石塚は今にも寝入ってしまいそうだった。
「上手いよね、あずちゃん。気持ちいいコレ。」

・・・大きい背中。
確かに普段猫背気味で気付かなかったが、石塚の
背中はいかにも男性っぽい、頼り甲斐のありそうな
大きな背中をしている。
そんな背中を見つめながらあずきが訊ねる。
「どうですか、力加減は?」
あずきの問いかけに石塚は答えなかった。
「・・・ホント、子供みたい。」
石塚は心地よい気分のまま、寝てしまっていた。


《つづく》

《まとめ読み》


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