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カウンターレディはプ女子⑳:創作小説と私

自らの想いを吐露してから一週間と少し。
石塚は忙しいながらも充実した日々を送っていた。

土曜日にはあずきが昼間の仕事を終えた後、3人で
一晩一緒に過ごした。
あずきが作る夕御飯を食べ、借りてきたDVDを観て、
甲斐人かいとくんと初めて一緒にお風呂に入り、あずきと
甲斐人くんの布団を寄せ合って3人で川の字になって
寝る。笑顔の絶えない半日だった。
夜中に甲斐人くんにお腹を蹴られて起こされたが、
それさえも石塚にとっては新鮮な体験だった。

翌朝一度家に戻った石塚は身支度を整えて、夕方には
2人と共にあずきの母の家へと挨拶に訪れた。
菓子折りを手にあずきとの交際について承諾を求める
石塚にあずきの母は言った。
「また来てくださると思ってましたよ。」
どうしてそう思われたのか訊ねる石塚に、あずきを
単身育ててきた母親は
「甲斐ちゃんが初めから懐いてたでしょ。子供の
直感はバカに出来ないものですからね。」
あっさりそう言ってのけた。

「それで・・・これからどうなさるおつもりですか?」
母親としては当然確認しておくべきことを聞かれ、
石塚はその心づもりを伝える。
「今はまだ、お互いのことをもっと良く知りたいと
思っています。もちろん、将来のことも見据えて。」
それは結婚も視野に入れて考えているという、明確な
意思表示だった。
その言葉にあずきが胸を詰まらせる。
「パパになりたい」とは言われたが、そこまで真剣に
考えてくれているとは思っていなかったのだ。

「あずきと甲斐ちゃんをよろしくお願いします。」
恭しく頭を下げるあずきの母に対して石塚は応える。
「はい。お母さんのことも含めて。」
「流石に”お義母さん”は早すぎませんか?」
「えっ?あ、はぁ・・・。」
そう言って頭を搔く石塚を見てあずき母娘が思わず
微笑む。2人の笑う顔を見て、この2人は苦楽を共に
してきた本当の母娘なんだと痛感させられた。

あずきの母は甲斐人くんの頭を撫でると笑顔で言う。
「良かったね、甲斐ちゃん。石塚さん、甲斐ちゃんの
パパになってくれるって。」
「石やん、パパ?」
甲斐人くんが目をキラキラさせながら石塚の顔を
下から覗き込む。
「それこそ気が早いんじゃないですか?!」
石塚が慌ててそう返すが、甲斐人くんにとってそれは
重要なことではなかった。
「ねぇ石やん、パパ?」
甲斐人くんの勢いに石塚は観念する。
「うん。パパになれるよう頑張るよ、甲斐人くん。」
「パパ~!」
ひょいと膝の上に乗り、抱きついてくる甲斐人くんを
石塚は受け止めた。
「まだパパじゃないけどね。」
「いいの、石やんはパパ。」
甲斐人くんは満面の笑みを浮かべた。

そうした様子を見てあずきの母が涙ぐむ。
「母さん・・・。」
声を掛けてきた娘を見て、母親はこれまでの自身や
娘の苦労を思いながらしみじみと言ったものだ。
「良かった、こんなにいい人がいらしてくれて。」
母の言葉にあずきはうん、うんと頷いた。
石塚は自分の責任の重さを改めて認識した。
覚悟はもう出来ている。
この人達となら、何があっても乗り越えていける。
そう自身に言い聞かせた。


あずきは石塚の食生活への無頓着ぶりを心配して、
夜の仕事がない日は石塚の夕食も作ることに決めた。
石塚は「申し訳ないから」と断ろうとしたのだが、
あずきに押し切られる格好で週の半分は3人で食卓を
囲むことになった。
石塚はタダでご飯をいただくわけにもいかないので、
いくらかは食費を渡そうと考えている。

あずきの手料理に舌鼓を打ちながら、保育園での
その日の出来事を甲斐人くんから聞かせてもらう。
嬉しそうに色んなことを話してくれる甲斐人くん。
その指定席は、石塚の膝の上になりつつあった。
「石やん、今日ね、お歌習ったよ。」
「そっかぁ。じゃ、あとでお風呂で聴かせて。」
「うん!」
ただ、世間体も考えてあずきが言い聞かせたため、
石塚のことは相変わらず「石やん」と呼んでいた。
それはあずきも同じではあるが、理由は少し異なる。

「アタシ、石やんのことなんて呼んだらいいかな?」
石塚からその胸の内を聞かされたのち、あずきが
急にそんなことを言い出した。
「石やんでいいんじゃないの?」
石塚はそう答えたのだが、あずきはどうにも納得が
いかないらしい。
「それじゃお店のお客さんみたいだし・・・。」
あれこれ考えている様子のあずきを見て、石塚は
内心「それが”答え”なんだけど」と思っていた。
「”裕哉ひろやさん”、とか。」
あずきが少し照れながら言うが、石塚の反応は鈍い。
「あずちゃん。」
「はい?」
「オレがお店に顔出した時に、ちゃんと使い分けて
オレのこと呼べる?すみちゃんがずっと”石やん”の
ままだったのってどうしてか分かる?」
ラウンジのカウンターで夢を見させるのが仕事の
彼女たちに「彼氏」はいないことになっている。
すみちゃんは本音で話す時だけ”裕哉”と呼んでいたが
彼女の場合、二人きりでもないとそうは呼ばない。
「あー、う~ん・・・石やんのままで。」
「そのほうがいいよ、オレも慣れてるし。」
二人は顔を見合わせると急におかしくなって笑った。


週が変わって金曜日になると、大山から食事の誘いが
あった。またすみちゃん目当てでその後飲みに行こう
というつもりだろう。
駅前で合流した大山は「今日はもう1人来るから」と
さっさと歩き出した。

「ここの海鮮が美味しいらしいんだよね~。」
そう言って石塚が大山に連れてこられたのは、石塚と
すみちゃんが何度か利用している個室の居酒屋だ。
「大山さん、お待たせ~。石やんも。」
そこに現れたのはすみちゃんだった。
「これって大山がすみちゃんと同伴するってこと?」
「そういうこと。」
「そそ。で、今日の石やんは”酒の肴”ってこと。」
すみちゃんが意味ありげに笑っている。
「え?あ!そういう・・・帰っていい?」
「帰れると思うか、石やん?」
大山が石塚の腕を脇からがっちりと掴む。
「今日のビールは美味しそう。」
逆の腕にはすみちゃんが絡み付く。

すみちゃんの出勤時間まで、石塚は二人からたっぷり
質問攻めに遭うこととなった。


ラウンジに入るとこれまたすみちゃん目当ての客が
ひと組来ていて、あずきが応対していた。
「あれぇ、来てたんですかぁ。」
すみちゃんが猫なで声で挨拶する。
「すみちゃん、今日は同伴出勤かぁ。」
石塚たちから見てもそれなりに年配の二人組。
石塚は一度見かけた覚えがあった。
「ゴメンね大山さん、1時間ほどで帰ると思う。」
そう大山に小声で告げて、すみちゃんはあずきと
入れ替わった。

カウンター席についても名残惜しそうにすみちゃんを
見ている大山にあずきが言う。
「大山さん、アタシじゃご不満ですかぁ?」
「いやいや、そんなコトないよ、なぁ石やん?」
あずきとのことを根掘り葉掘り聞かれた石塚は少し
疲れた顔をしていた。
「どうしました、石やん?」
ある程度の事情は知りながらも、あずきは素知らぬ
顔で石塚におしぼりを渡す。
「・・・あずちゃん、デンモクとマイク。歌わないと
やってられないわ。」
石塚の抗議にも似たぼやきにあずきが対応する。
「はーい。どうぞ。あ、緑茶。」
あずきは石塚がいつも飲む緑茶割りのためのお茶を
取りに一旦カウンターを離れた。

「・・・いい子だよな、あずちゃん。」
大山が石塚にささやくように言った。
「他のお客さんの前で余計なこと言うなよ。」
石塚が念の為に釘を刺す。
「何コソコソ話してるんです?」
戻ってきたあずきが二人を問い詰める。
「いやー、あずちゃんってカワイイよねって。」
大山はこういった返しがうまい。そこは何かと奥手と
言われる石塚とは正反対だ。
「何言ってるんですか、当たり前じゃないですか。」
あずきも目一杯笑ってみせる。
それはごくありふれたカウンターレディと飲み客との
やり取りでしかない。
しかし、そんなあすぎの笑顔こそが石塚にとっては
一番大切なものだった。
すっかりあずきに見惚れている石塚の脇腹を大山が
つついた。
「あ・・・わるい。」
「ダメだよぉ、石やん!」
大山はわざと大きめの声で冗談めかして石塚に注意を
促した。
「・・・歌うかぁ。アレ、入れていい?」
「はい。マイクもう1本持ってきますね。」
「まかせろ。」
この3人が揃うと絢香×コブクロのWINDING ROADを
歌うのが定番になっていた。

曲がりくねった 道の先に(道の先に)
待っている いくつもの 小さな光

WINDING ROAD/絢香×コブクロ

いつもなら石塚は終電で帰る大山を駅まで送って
行くのだが、今日は大山に”フラれた”。
「送って行くならオレじゃなくてあずちゃんだろ。」
石塚が店先まで見送りに出たところで大山は言った。
そのまま店の中に戻される。
「じゃあな、石やん。」
「それじゃ・・・ありがとな。」
背中を向けたまま手を振る大山。
思えば前回大山を見送った時に言われたひと言から
石塚はあずきと真剣に向き合うことを考え始めた。
石塚の「ありがとう」にはそれなりの重みがあった。

「じゃあね、お二人さん。おやすみ。」
閉店作業を引き受け、すみちゃんはあずきと石塚を
先に帰らせた。
「おやすみ、すみちゃん。」
「おやすみなさい、すみちゃん。」
ほぼ同時に挨拶をする二人をすみちゃんは微笑まし
そうに見送った。

徒歩であずきをアパートまで送っていくのは、最初に
石塚があずきの部屋を訪れて以来のことだ。
ある程度店から離れた所であずきが石塚の腕を取り、
そのままお互いの腕を絡めた。
「甲斐ちゃんが居る時は、こういうこともなかなか
出来ないから・・・。」
あずきにももう遠慮はなくなっていた。
「あずちゃんってさ、実は甘えん坊?」
「んー、石やんは特別かも。こうしてると、なんか
落ち着くし。」
「そういえば”あの時”もそんなこと言ってたような
気がするね。」
「お父さんってこういう感じなのかなぁ。アタシ、
あんまり覚えてなくて。」
「・・・そっか。」
あずきは幼い時に父親を病気で亡くしている。
「甲斐ちゃんの気持ちがちょっと分かったかも。」
「じゃあオレ、あずちゃんのお父さんにもなるの?」
「時々でいいですよ。」
そう言うあずきの顔は薄暗い夜道でも分かるほどの
明るい笑顔だった。

「ねぇ、石やん。」
「ん?どうしたの?」
「アタシの夢、いつ叶えてくれます?」
「・・・夢?」
「レインメーカーでベッドに押し倒してくれなきゃ
ダメですよ?」
「それオカダさんじゃないの?!」
「オカダさんは現実的じゃないから石やんで。」
「えーっと・・・。」
あずきが足を止め、上目遣いに石塚を見る。
「甲斐ちゃん、今日は母に預けてますよ。」
「いや今日はムリだからね!何も準備してないし!」
「もう・・・。」
「あの・・・コンビニ寄っていい?」
あずきは無言のまま、止めた足を再び進め始めた。
それが返事ということだろう。
絡めた腕に少しだけ力が入る。

二人はあずきのアパートに向かって、住宅街の入り
組んだ道を寄り添ったまま歩いて行った。

曲がりくねった 道の先に(道の先に)
夢見てた あの日の僕が 待っているから

WINDING ROAD/絢香×コブクロ

カウンターレディはプ女子[fin]

《まとめ読み》


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