カウンターレディはプ女子⑦:創作小説と私
あずきは石塚から視線を外したまま、ゆっくりと
語り始めた。
「アタシがまだ小学校に入る前に、父は病気で
亡くなったんです。それからはずっと母が一人で
アタシを育ててくれました。」
「高校を出てすぐに働き始めて、母には少しでも
親孝行出来たらと思って頑張ってました。そんな時
”アイツ”と出逢ったんです。」
石塚は頷きながら、あずきの話に耳を傾けていた。
「最初はすごく優しくて、アタシが我侭言っても
全部受け止めてくれて・・・でも子供が出来たって
分かった途端、”堕ろせ”って。アタシがどうしても
産みたいって言うと、アイツはどこかへ行って
しまいました。他にも女が居たみたいで、アタシは
結局遊ばれてただけだったんです。」
「あずちゃん・・・。」
掛け布団の上であずきが握っている石塚の手に
思わず力が入る。
「母にも猛反対されました。そんなヤツの子なんて
絶対産むなって。でもアタシにはもう、この子しか
すがるものがない、そう思ってたんです。」
「それが、甲斐人くん・・・。」
「はい。だからあの子には父親はいないんです。
あの子にはアタシだけ、アタシにもあの子だけ。」
”甲斐ちゃんだけがアタシの支え”、石塚はあずきの
そんな言葉を思い出していた。
「母は甲斐ちゃんをとても可愛がって面倒も見て
くれてます。でも、心の底ではアタシがあの子を
産んだことを、たぶん許してくれてはいない。」
「お母さんにはこれ以上頼れないっていうのは
そういう・・・。」
胸が締め付けられるような思いを石塚は感じていた。
普段あずきが見せる明るい表情のウラに、それほど
つらい思いが隠れていたなど、想像もつかなかった。
それと同時に、石塚には後悔もあった。
今起きている事を解決する方法を探るためとはいえ、
自分は踏み込んではいけない領域にまで立ち入って
しまったのではないか。
すみちゃんに警告されていたにも関わらず、だ。
自分のしている事はただのお節介なのかもしれない。
「・・・石やん?」
言葉を失った石塚にあずきが再び視線を向ける。
「あずちゃん、オレかえって迷惑掛けてない?」
あずきは石塚を見て微笑みかける。
「ちょっとやりすぎかなっていうのはありますけど、石やんみたいな人が居てアタシは助かってますよ。
今だってこうして落ち着かせてくれてるじゃない
ですか。」
あずきにそう言われ、石塚は身体を起こすと枕元に
正座するように座り直した。
「だったら聞いて、あずちゃん。」
「はい。」
「あずちゃんも甲斐人くんもお互いだけしかいない
なんて言わないでほしい。あずちゃんのお母さんは
誰よりも、いつまでも2人を大事な家族だと思って
くれてるはずだから。それにすみちゃんもママも、
一応オレも居るから。パチンコ屋の人達だってそう。
みんなあずちゃんの友達で、仲間で、味方だから。」
石塚はひと言ひと言、噛み締めるようにその思いを
伝えた。決して2人きりなんかじゃないと。
あずきは目に涙を浮かべていた。
そうだ、アタシはいつも誰かに支えてもらっている。
だからみんなに笑っていてほしくて、いつも明るく
笑っていよう、はじめはそう思っていたのだ。
いつの間にか、独りよがりになってしまっていた。
この人はそれに気づかせてくれた、その優しさで。
そう思うと涙が止まらなくなった。
石塚がそっとあずきの髪を撫でる。
「大丈夫、みんな居るから。」
覗き込むように語りかける石塚に、あずきはしがみ
ついて泣き始めた。
石塚は片方の肘で自分の身体を支え、あずきに覆い
被さるような格好で泣き止むまでそのままでいた。
「大丈夫。大丈夫。」
石塚は繰り返した。あずきに、そして自分自身にも
言い聞かせるように。
この子は大丈夫。この子なら大丈夫。
あずきがようやく気を落ち着かせる。
「・・・甘えていいですか?」
石塚の胸の下であずきが囁く。
ようやくあずきが手を離したので石塚は身体を
起こした。ずっと身体を支えていたほうの腕が
少しばかり痺れている。
「どうしたの?」
「後ろからぎゅってしてほしいんです。レイン
メーカーみたいに。」
「レインメーカーみたいに?」
思わず石塚は吹き出してしまう。
「笑わないでくださいよ・・・。」
「あぁ、ごめんごめん。ちょっと予想外で。」
「じゃ、あずちゃん、向こう向いてくれる?」
あずきが背を向けると、石塚は掛け布団越しに
後ろから抱き寄せるように右腕を腰の辺りに回した。
するとあずきも、布団から左手を出して石塚の
その腕を取った。
「こんな感じでいいの?」
「はい。」
掛け布団を挟んでいるとはいえ、これだけ密着した
状態だと石塚も理性を保つのに必死だ。
布団越しに伝わる女性らしい柔らかい感触。
風呂上がりのうなじからはシャンプーや石鹸の
いいニオイがする。
違う。考えてはいけない。
自分が”送りオオカミ”になっては意味がない。
目をつぶり、とにかく別の何かを考えようとする。
しばらくすると、泣き疲れたのか、あずきの寝息が
聞こえたような気がした。
示し合わせたかのように、石塚もそのまま眠って
しまった。
翌朝、あずきのスマホのアラームが鳴った。
目を覚ましたあずきがアラームを止めようとすると、
布団ごと抱き抱えられたままの体勢なので、うまく
手が動かせないし身体の向きも変えられない。
布団から出していた左手だけで枕元のスマホを探り、
アラームを止めようとごそごそ動いていると、石塚が
目を覚ました。
「んん~・・・うん?」
寝ぼけ眼をうっすら開いた石塚は、今の自分の状態に
気づくと慌てて腕をほどいた。
「起こしちゃいました?」
「いやいや、起きないとマズいでしょ・・・。」
「フフ・・・朝ごはん、用意しますね。」
少しイタズラっぽく笑うとあずきはダイニングへと
向かった。
石塚が昨日の事を思い出し情報を整理するまでに、
数分を要した。
その日の夜。
石塚はすみちゃんを伴って個室のある居酒屋に居た。
約束通りの同伴出勤である。
以前にも2人で訪れた海鮮の美味しいお店だった。
「何か食べる?」
「私、出勤の時はあまり食べないから。あ、お造り
半分分けてくれる?」
「はいはい、ご自由に。」
石塚は知っていた。
すみちゃんは食べたくないのではない。
お客さんの負担にならないよう、食べないのだ。
食事代はすべて客側のおごりだ。
だからこそ、必要最小限しか口にしない。
そんなところにまで気を遣う必要はないのに。
石塚は心の中でだけそう呟いた。
「石やん。あずの事だけど・・・。」
「わかってる。やりすぎてると思う。」
「でも続ける?」
「最悪の事態になるよりはいいから。」
運ばれてきたビールとお造りをいただきながら、
お互いをよく知るもの同士の会話は続く。
「すみちゃんには謝らないと・・・。」
「何かあった?」
「・・・結局、踏み込んだ。あずちゃんの抱えてる
ものに。」
「それでさっきから浮かない顔してるわけか。」
石塚は他人の痛みをまるで自分のもののように
受け止めてしまう。それを知っているからこそ、
すみちゃんは石塚に警告してきたのだ。
「正直な話、軽率だったと思う。聞くべきじゃ
なかった。」
はぁ、とすみちゃんは大きくため息をついた。
「あずがそこまで話したってことは、それだけ
石やんには心を開いてるってことよ。」
「そう、なるのかな。」
「だから思わせぶりな事はやめなって言ったのに。
あずは惚れっぽいし、裕哉は情に流されやすいし。」
指摘されるまでもなく、石塚は自分があずきに対し
情が移ってしまっている自覚はあった。
すみちゃんは核心に迫った。
「ねぇ裕哉・・・覚悟はあるの?」
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