カウンターレディはプ女子⑫:創作小説と私
翌朝、石塚はスマホのアラームに起こされた。
それは自分のものではない。
スマホの所持者はまだ寝ている。
あんなことがあったのだ。
精神的な疲労が出ていてもおかしくはない。
「あずちゃん、起きて。」
石塚が軽く身体をゆするとあずきが目を開けた。
あずきは石塚のほうへ顔を向けると
「おはようございます。よく眠れましたか?」
とにこやかに挨拶した。
「うん・・・うん?あずちゃん?!」
そこでようやく石塚は今、自分が置かれている状況に
気がついた。
あずきと同じ布団で寝ている。
慌てて飛び起きた石塚はその場に正座する。
ずっとうつ伏せで寝ていたらしく、首が少し痛い。
「えっと・・・何で同じ布団に?」
「石やん、マッサージの途中で寝ちゃったじゃない
ですか。だからこうして寝るしか・・・。」
石塚は布団のど真ん中でその面積の大半を占有する
状態で寝ていた。
見ると隣りに子供用の布団が敷いてある。あずきは
身体の半分をそちら側にして寝ていたようだ。
「あぁごめん。起こしてくれてもよかったのに。」
「せっかく気持ちよさそうに寝てるのに起こしちゃ
悪いじゃないですか。ちょっと可愛かったし。」
パジャマの上にショールを掛けながら、あずきは
にこにこしている。
「やめてよ、可愛いとか。」
石塚はというと、照れくさそうに苦笑いしていた。
「ほら、そういうところが可愛い。」
「ちょっと、あずちゃん!?」
「ご飯作りますね。またお弁当の余り物ですけど。」
そう言うと黙って両手を合わせお辞儀する石塚。
そんな様子をまた愛らしいと思いながら、あずきは
キッチンへと向かった。
「送っていこうか、あずちゃん?」
2人揃って部屋を出ると石塚はあずきに聞いてみた。
「こっちは大丈夫ですから、石やんは、右手を、
外科で、ちゃんと診てもらってくださいね。」
子供に言い聞かせるように、一言ずつ区切って話す
あずき。そうでもして言わないと石塚はそのまま
放置してしまう恐れがある。
昨夜石塚が寝付いたあと、あずきは気になっていた
セルフネグレクトについて調べてみた。そこには
余程の状態にならないと病院にも行こうとしない、
そんな記述もあった。
「うん、わかった。心配かけたくないし。」
どうやら効果はあったようだが、その理由が”心配を
かけたくない”なのが気になる。相変わらず自分の
ことだとは捉えていないようにあずきには思えた。
「じゃあまたね、あずちゃん。次の金曜日あたり、
また飲みに行けそうなら顔出すね。」
「はい、待ってますね。」
あずきは嬉しそうに答えた。
いつもの明るいあずちゃんに戻りつつある。
それは石塚にとっても嬉しいことだった。
あずきに言われた通り、土曜日の午前の診察に
どうにか間に合わせた石塚。
「人を殴った」とは言えないので作業中に誤って
柱にぶつけたという適当な理由をつけて診てもらった
ところ、単なる打撲という診断だった。
レントゲンにもヒビなどは特に写っていなかった。
これでひとまずは安心して報告出来る。
早速LINEで診察結果を伝えておく。
昼間はパチンコ屋での仕事中だ。すぐには返信は
来ないだろう。
病院からの帰り道に昼食を済ませると部屋に戻った。
足の踏み場もないほどに散らかっている。
まさか本当にあずちゃんが来ることはないだろうが、
片付けておいたほうがいいだろうか。
そもそもあずちゃんはオレのことをどう見ているの
だろう。すみちゃんもそうだが、あずちゃんも随分
距離感が近い。
すみちゃんの場合は誰に対しても腕を組んでみたり、
ボディタッチをしてくることがままある。
だからといってカンタンには心の内は見せない。
そうやって適度に距離感を測ってるように見える。
あずちゃんもそうなのだろうか。
だとしたらあのストーカーまがいの客のように
カン違いしてしまう男が居ても無理はない。
なんと言うか、すみちゃんほどには洗練されていない
印象を受ける。
たがそれがもし自分に対してだけだとしたら?
あずちゃんは自分に対し少なからず心を開いていると
すみちゃんは言った。惚れっぽいとも。
とはいえ、自分がそういう対象として見られることが
果たしてあるのか。何せ一回りも歳の違う四十路
間近の男だ。良い様に考えすぎだとしか思えない。
石塚の思考はぐるぐる回るばかりだった。
夜になると石塚のもとにあずきから電話が入った。
また何かあったのだろうか。
「石やん、明日の夜空いてます?」
「空いてるけど、何かあった?」
「実は母が石やんにお礼が言いたいって言ってて。」
あずちゃん、オレのことまでお母さんに話したのか。
それはそれでお母さんは心配しないのだろうか。
そうした疑問が石塚には先に頭を過ぎっていた。
「えーっと、オレはどうしたらいい?」
「仕事が終わったら連絡しますから、一度アタシの
家まで来てもらえますか。そこから母の所に連れて
行きますので。」
「わかった。んじゃそれで。」
「急にごめんなさい。それから、右手何ともなくて
良かったです。」
「うん、ありがと。また明日ね。」
「はい、また明日。」
石塚はクローゼットからクリーニングのタグがついた
まま長らく着ていなかったジャケットを取り出した。
あずきのアパートにやって来た石塚は髪もさっぱり
させ、普段は着ないジャケットを羽織っていた。
「どうしたんですか、今日は随分と男前ですけど。」
あずきは社交辞令と本心、半々でそう言った。
「いやほら、お母さんにご挨拶しないとダメだし。」
その言葉に思わずあずきが吹き出す。
「ご挨拶って・・・何か違う話みたいになってません?
お礼をしなきゃいけないのはこっちですよ。」
「あぁ、それもそうか・・・。」
まったく想定していなかった事態に石塚は頭が
回らなくなっている。
玄関先でそんな話をしていると、男の子があずきの
脇から顔を覗かせた。
「甲斐ちゃん、ご挨拶は?」
「こんばんは~。」
少し不思議そうな顔をしながら元気に挨拶するのは、
あずきにとって何より大切な息子の甲斐人くんだ。
石塚は目線を甲斐人くんに合わせるよう、姿勢を
低くした。
「こんばんは、甲斐人くん。初めまして。」
石塚がそう挨拶すると、甲斐人くんは石塚の右目に
手を伸ばしてきた。
「おじさん、お目目痛いの?」
そこには昨日、あずきの手で湿布とガーゼが貼られて
いる。まだ腫れは引いていない。
「甲斐ちゃん、触っちゃダメ。」
慌ててあずきが甲斐人くんの手を押さえた。
その小さな手を石塚が取る。その手にも今朝病院で
処置された湿布と包帯があった。
「おじさん、ケガいっぱい。」
「そうだね、おじさんドジだから。」
そう言うと石塚は甲斐人くんに笑いかけた。
「おじさん、僕と一緒。」
甲斐人くんは石塚にヒザを見せた。
そこには絆創膏が貼ってある。転んだのだろうか。
「気をつけようね。」
石塚は甲斐人くんの頭を撫でながらそう言った。
「うん。おじさんもね。」
甲斐人くんはにぃっと笑った。
そんな甲斐人くんと石塚のやり取りをあずきは目を
細めて見ていた。石塚は子供好きなのだろうか。
それに自然と姿勢を下げた。
あずきは石塚が子供慣れしているように見えた。
「甲斐ちゃん、おばあちゃん家行くよ。」
「おじさんも行くの?」
「おじさんじゃなくて石塚さんね。」
「いしづかさん。」
石塚が頷く。
「車で行くの?」
石塚があずきに確認する。
「いえ、近いし歩いて行きます。ね、甲斐ちゃん。」
「うん!」
人懐っこい、元気な子だ。
男の子は母親に似ると言うが、笑ったところは確かに
あずきに似ている。
石塚は一目で甲斐人くんを気に入っていた。
あずきが甲斐人くんと手を繋いで歩く。
その後ろを石塚が歩いていると、甲斐人くんは
空いているほうの手で石塚の手を掴んだ。
「おじさんも。」
「甲斐ちゃん、石塚さんね。」
「・・・なんか今のって、カードゲームのCMに出てる
オカダみたい。」
石塚がそう言うとあずきが笑った。
「オカダさん、な。」
「そうそう、それそれ。」
甲斐人くんの手を取り、手を繋いだ石塚。
甲斐人くんを挟むように3人で手を繋いで横並びに
なると、そのままあずきの母の家へと向かった。
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