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カウンターレディはプ女子①:創作小説と私

「ママ~!」
保育士とともに門の近くまで歩いてきた男の子が
駆け出した。その勢いで肩掛けカバンがバタバタと
跳ね回っている。
甲斐かいちゃん、帰ろっか。」
お迎えに来た母親は男の子にそう言うと、保育士に
軽く会釈した。

森山 あずき。27歳。
母ひとり子ひとりの生活を営むシングルマザー。
女手一つで子供を育てるため、昼間はパチンコ屋、
夜は週3でラウンジで働いている。
決して美人というわけではないが、ふっくらとした
丸顔に持ち前の明るさで常に笑顔を振り撒いており、
その愛嬌ある様子に惹かれる男性も多い。
カウンターレディという仕事柄、時折口説かれる
こともある。
しかし、あずきはそんな男性たちには興味がない。
唯一彼女の愛情を享受できる”男性”は、最愛の息子
甲斐人かいとくんだけだ。

「今日ね、新しいお歌習ったよ。」
甲斐人くんが嬉しそうに言う。
歌や楽器が大好きで、保育園で習った曲はいつも
必ず母に聴かせていた。
「そっか~、おウチ帰ったら歌ってくれる?」
「うん!」
「甲斐ちゃん、今日はオムライスにしよっか。」
「やったー!」
元気いっぱいなところは、間違いなく母親似だろう。

あずきはそのまま近所のスーパーへと車を走らせた。


石塚は駅の入口で人を待っていた。
高校時代の”悪友”から珍しく「飲みに行こう」と
連絡があったのだ。
大山に会うのは何年振りだろうか。

やがて到着した電車から大山が降りてくるのが
改札越しに見えた。
「悪いな石やん、急に呼び出して。」
「急なのはいつもの事だろ。変わらんなぁお前。」
お互いもうじき四十路になろうかというのに、
大山は高校の頃とほとんど見た目が変わっていない。
自分は最近すっかり老け込み始めたというのに。
石塚は内心自嘲していた。

石塚いしづか 裕哉ひろや。39歳。いまだ独身のひとりやもめ。
30歳を前にして当時付き合っていた彼女との結婚を
決断した矢先、その彼女から別れ話を切り出され、
それ以来女性とはまるでご縁のない寂しい人生を
長らく送っていた。最近周りから「少し変わった」と
言われているようだが、誰も詳しいところは
わかっていない。

一方の大山は20代なかばで結婚し、子供2人にも
恵まれ家庭のためにあくせくと働いている。
ただ、一度浮気がバレて大騒ぎになった事があり、
石塚が大山と顔を合わせるのはその時仲裁役を
買って出て以降、久し振りの事だった。

「先にメシ食いに行こうか。」
「ん?何かつまみながら飲むんじゃなくて?」
「どちらかというと、その後に行くような所。」
(あ、そう・・・ヘンな所じゃなきゃいいけど。)
石塚は少しばかりイヤな予感を抱えたまま、大山と
ともに歩き出した。

ファミレスで軽く食事を済ませ、昔話で盛り上がる。
「石やんさぁ、何であの時あっちゃんのこと
断ったの?いい雰囲気だったのに。」
「いやだって、オレがめぐみちゃん狙ってたのは
大山も知ってるだろ?」
「え、お前、めぐみちゃんには一度フラれたんじゃ
なかったっけ。」
「それは、そうなんだけどさ・・・。」
「えー勿体ないわー。それこそ今頃結婚して、いい
パパになってたかもしれんのに。」
「うーん、どっちにしてもそれはないかな。それより
時間いいのか?」
すっかり話し込んでしまい、見るともう夜も9時に
なろうかとしている。
「お、そろそろオープンかな。んじゃ行くか。」
(こんな時間にオープンって、ホントに”そっち系”の
お店じゃないだろうな・・・。)


夕食を済ませ、あずきは甲斐人くんを連れて母親の
家へと向かっていた。
ラウンジで働く日は甲斐人くんを預かってもらって
いるのだ。
「ママ行ってくるよ、甲斐ちゃん。お婆ちゃんの
言う事ちゃんと聞いてね。」
「うん!」
はじめは随分とぐずっていた甲斐人くんも、もう
すっかり慣れたようだった。
「母さん、いつもゴメンね。」
そう言い残し、あずきは店へと向かった。


石塚が大山に連れてこられたのは、スナックや
キャバレーが建ち並ぶ中にある”ラウンジ”だった。
「ここにさ、めっちゃカワイイ子が居るんよ。」
そう話す大山に対して石塚はどこかうわの空だった。
(よりにもよって”ここ”か・・・。)
「どうした石やん?こういう店初めてとか?」
「いや・・・入ろうか。」

「こんばんは~。すみちゃん居る?」
大山が扉を開けて中に入る。石塚も後に続く。
「あ、大山さんこんばんは・・・って、石やん?!」
「おいっス。」
カウンターの中に居た女性が大山に、そして石塚に
交互に視線を移す。
石塚はどこかバツが悪そうな表情をしている。
「え、何?石やん、この子と知り合い?」
「まぁ・・・とりあえず座ろうか。」
「カウンターでいい?」
「あいよ。」
大山の問い掛けをさりげなく制止しながら、石塚と
”すみちゃん”と呼ばれたカウンターレディがまるで
阿吽の呼吸のように、テンポよく会話を繰り広げる。

「大山さんは何か飲まれますか?」
そう言いながら”すみちゃん”はボトルキープの
棚から『石やん』とラベルの付いた焼酎のボトルと
グラスを2つ取り出し、足元の冷凍庫から氷を
用意していた。
「オレ緑茶割りね。大山も焼酎でいいならそこから
注いでもらうけど、どうする?」
「あー、なら炭酸で割ってチューハイでもらおう
かな。」
「はーい。あずちゃーん、炭酸水ある~?」
「持っていくね~。」

カウンターの奥からあずきが炭酸水を持ってきた。
「あれ石やん、久し振り~。」
「あずちゃんはいつも通り元気やね。」
「それだけが取り柄なんで。」
あずきは石塚にそう言って目いっぱい笑ってみせた。

「で、どうなってんの石やん?」
大山はさっきから気になっている事を改めて訊ねた。
「すみちゃん、昼間ウチの倉庫で梱包作業しててさ、
そこのリーダーがオレってワケ。それでお店がヒマ
だったりするとここへ呼ばれんのよ、売り上げに
貢献しろって。」
「よろしく大山さん。石やんと大山さんは?」
「高校の同級生。コイツ女好きでさぁ。」
「石やんが奥手なだけだって!」
「あー、それは何となくわかるかも。」
すみちゃんがそう言うと石塚の視線がグラスから
彼女に向けられた。何かを制するかのように。
余計な事を言ったと思ったのか、すみちゃんは
少し気まずそうな表情をした。それに気づいたのは
おそらく石塚だけだろう。

「アタシは石やんみたいな人いいと思うけどなぁ。
純粋というか一途というか、そんな感じがするし。」
あずきがすみちゃんの隣りで会話に入ってきた。
今のところ、客は2人だけだった。
「それ、褒められてる?」
青臭いと思われてる節がないわけでもない、石塚は
そう受け止めた。
「褒めてます。石やんいい人なのは間違いないし。」
横で大山とすみちゃんも頷いている。
石塚は急に照れくさくなった。
「あずちゃん、デンモク取って。歌うわ。」
「は~い。」
そんな石塚の様子を見てすみちゃんがくすくすと
笑いだした。
「何、ちょっと。2人怪しくない?」
大山はそれなりに感がいい。石塚とすみちゃんの
間に流れる空気に何か感じたのだろう。
「別に何もないって。仕事場でもこんな感じだし。」
「そうそう。からかうと面白い人なんで。」
「な?こういう扱いなのよ。」
「ふーん・・・。」
大山は今ひとつ納得していないような雰囲気だ。
「さて、何から歌おうかな・・・。」

あずきはそんな3人のやり取りを眺めながら、近頃
自らの周辺に起こっている出来事に一抹の不安を
感じていた。

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