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カウンターレディはプ女子②:創作小説と私

石塚を皮切りにちょっとしたカラオケ大会で盛り
上がりだしたところで3人組の客が入ってきた。
「あ、いらっしゃ~い。ボックス席どうぞ~。」
”すみちゃん”が応対する。
「ごめんね大山さん、石やん。」
そう言うとすみちゃんはボックス席のお客さんの
ほうへと着いた。どうやらすみちゃんの”上客”が
いるようだ。
「あら~・・・。」
大山がちょっと残念そうにしている。なるほど
大山のお目当てはすみちゃんらしい。

カウンターにはあずきが残り、2人の相手をする。
「あずちゃん、アレ入れていい?」
「はーい・・・声出るかな。」
「大山ってWINDING ROAD歌える?」
「え?黒田のパートならたぶん。」
「んじゃ3人でいこっか。」
石塚はすみちゃんに呼び出されてこのラウンジに
来る時、よくあずきとこの曲をデュエットしていた。
あずきは絢香パート、石塚は小渕パートだ。

♪曲がりくねった 道の先に(道の先に)
待っている 幾つもの 小さな光~

WINDING ROAD/絢香×コブクロ

店内に響き渡るコーラス。
初めて3人で合わせるにしては、なかなかどうして
様になっていた。

歌い終わるとボックス席のお客さんから拍手が
届いた。石塚と大山が会釈をする。
「何?いつも2人でやってんの?」
ボックス席からすみちゃんが石塚に訊ねた。
「いや、大山とは初めて・・・ぅん!。」
出せるギリギリの高音で歌った石塚はうまく声が
出せなくなっている。
「えー、それにしては上手くない?」
「次はすみちゃんもデュエットしてよ?」
調子にのった大山がすみちゃんに言ってみると
「また今度お願いします~。」
「お、やったね。」
大山はすみちゃんにいい様にあしらわれているのに
気付いていない。

あずきが石塚の喉を気遣って水を1杯用意した。
「あ、ありがと。」
石塚が水を口に含み、喉を労わるようにゆっくりと
少しずつ飲み込んでいく。
「ふぅ。よほど調子のいい時でないとキツいな。」
「石やん、あんな声出せるの初めて聴いたわ。」
大山が感心したように呟く。
「そうなんですか?ウチでは結構キーの高い曲、
歌ってますよね?」
「すみちゃんとかあずちゃんに合わせようとすると
そうなるよね。」
「もしかして無理してません?」
「してないよ、好きでやってるから。」

そんな2人のやり取りを見ていた大山が、またも
ワンパターンな横槍を入れる。
「あれ、実はこっちの方が怪しい?」
「お前な、何でもかんでもそれか?」
「いやほら、この子さっき『石やんみたいな人
いいと思うけどなぁ』って言ってたし。」
「リップサービスだって。」
「・・・あずちゃんだっけ?どうなの?」
「おい・・・。」
「こういう人が彼氏だったらいいよなぁ、とは
思いますよ。」
思わぬ飛び火にもあずきはけろりとしている。
「でも今はウチに大事なダーリンがいるんで。」
「あ、そうなの?」
「息子さん、ね。」
恐らく勘違いしてるであろう大山に石塚が補足する。
「あ、そういう事・・・。」

「見ます?ラブラブなんですよ。」
そう言いながらあずきはスマホの待ち受け画面を
見せる。
あずきと甲斐人くん、2人の笑顔を見て石塚は
いいなと思うと同時に、自分もそうなれていればと
何となく寂しさのようなものも感じていた。
「・・・石やん?」
あずきのスマホを眺めたままの石塚を大山が
現実に引き戻す。
「あぁ、ごめんごめん。可愛いね息子さん。」
「でしょ?甲斐ちゃん”だけが”アタシの支えなん
ですから。」
石塚には一瞬、あずきの表情が曇ったように見えた。

「あ、ちなみにすみちゃんは3人彼氏居るから。」
「は?」
石塚の言葉に大山は目を丸くする。

高田たかだ 純夏すみか。28歳。彼女もシングルマザーだ。
鼻筋の通ったそれなりの美人で、彼女目当てに
ラウンジへと通う客も多い。
夫からのDVが自分だけでなく子供にも向けられる
事を恐れ、着の身着のまま3人の子供を連れて夜逃げ
同然で遠方の姉を頼りにここまでやって来たのだ。
そのお姉さんもまたシンママさんである。
出身地を離れ、姉以外に頼れる人が居ない中で
新しい勤め先で出会ったのが石塚だった。
お互いに違う形ではあったが結婚に失敗した者同士、
恋愛とも同情ともつかない2人のキズの舐めあいの
ような関係は、それ故にあまり長くは続かなかった。
今はお互い一定の距離を保ち、それなりに良好な
関係へとシフトしている。
大山の感じ取った2人の間の空気感は、あながち
間違いでもなかったわけだ。
無論、2人とも口にする事はないが。


終電で帰る大山を駅まで送り、石塚が家に帰ろうと
したところで、すみちゃんから電話が入った。
「石やんごめん、店まで戻って来れる?」
「いいけど、どうかした?」
「ちょっと相談があって・・・。」
「わかった、ちょっと待ってて。」

石塚がすでに閉店している店に戻るとすみちゃんが
珍しく難しい顔をしている。
何か問題が起こっているのはすぐに見てとれた。
「相談って?」
「あず、話せる?」
すみちゃんが心配そうにあずきを見る。
石塚はすみちゃんがあずきの事を”あずちゃん”では
なく”あず”と呼ぶのを初めて聞いた。おそらく
客の前以外では普段からこうなのだろう。
いつもなら常に愛嬌のある笑顔を浮かべている
あずきも、今は笑っていない。
「最近、気になる視線を感じるんです・・・。」
ゆっくりと口を開くあずき。
「それ、ストーカーって事?」
石塚が露骨に眉間に皺を寄せる。
「ストーカーなのかは、まだよくわからないんです
けど・・・たぶんアタシ目当てによく来てくれてた
お客さんだと思います。」
「あの人かぁ。なんかメンドクサそうな感じは
あったけど。」
「すみちゃんも知ってるお客さんか?」
「最近は来てないけどね。」

「交際申し込まれたんですけど、それは出来ません
って断ったんですよ。しばらく会わなかったんです
けど、最近その人っぽい視線を帰り道なんかで
感じるようになって・・・。」
あずきは少し震えてる様にも見える。
「確かに面倒な事になってるな。警察には?」
「まだ何も・・・お客さんですし。」
「あず、相談した方がいいって。何かあってから
じゃ手遅れになるから。」
すみちゃんがあずきに言い聞かせるように話す。
すると石塚は何か思い立ったように言い始めた。
「あずちゃんってここから近かったっけ?」
「石やん、あずの働いてるパチンコ屋は知ってる?」
「ああ、わかるよ。」
「ここからちょうど中間くらいの所。」
歩いて15分くらい。
店の近くは明るいが少し離れると薄暗い所ばかりだ。
「送ってあげるわ。酔い醒ましにもなるし。」
「え?でも・・・。」
「何かあってからじゃ遅いし。すみちゃんもその
つもりでオレの事呼んだんだろうから。」
石塚がすみちゃんとアイコンタクトを取る。

「人使いの荒い事で・・・。」
「石やんしか頼める人居ないんよ。」
「わかってるって。ママは知ってるの?」
「私も初めて聞いたからまだかな。どう、あず?」
「ママにはまだ何も。」
今日はたまたまお休みだったが、石塚はラウンジの
ママとも顔見知りだ。お店で働く女の子たちへの
気遣いを怠らない優しい人である。
「ママにも話しておいた方がいいな。お店にも何か
あったら困るし。」
「じゃあ明日私から話しておくわ。あず、いい?」
傍から見てるとまるで姉妹、石塚はそう思った。
「あずちゃん、帰り支度しておいで。待ってるわ。」
石塚がそういうとあずきはカウンターの奥へと
消えた。

「・・・石やん、あずはやめときなよ。」
まったく予想もしない言葉に石塚の表情が強ばる。
「ちょっと待て、どういう意味それ?」
「そのまんま。石やん、情に流されやすいから。」
「そんなつもりないって。」
「どうかなぁ。」
「よく言えるな、そんな事。」
2人は顔を見合わせた。
お互いに皮肉っぽく笑っている。

「すみません、お待たせして。」
小さなカバンを手にあずきが戻ってきた。
「後は片付けておくから。石やん、お願いね。」
「じゃ、あずちゃん、行こうか。」
「お願いします。」

こうしてあずきと石塚は店を出た。


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