カウンターレディはプ女子⑤:創作小説と私
「石やんありがとね、あずちゃんのこと。」
閉店後の店内で、石塚と同い歳の陽子ママが言う。
すみちゃんから一通りの事情は聞いているのだろう。
「あんな話聞いて頼りにもされちゃ、何もしない
訳にはいかんでしょ。」
そう言って石塚は一瞬すみちゃんに視線を移す。
何か言いたげな顔だ。
だが今はママと話をするのが先だろう。
石塚は車での通勤や親御さんへの連絡など、自身の
考えを陽子ママへと伝えた。
「車はなぁ・・・あたしらも飲むし、毎回代行とか
タク代出せるほどウチも余裕はないから、ちょっと
難しいわ。日によっては捕まらんしさ。それと
あずちゃんのお母さんのことは・・・。」
「あずは”うん”って言わないよ、絶対に。」
「すみちゃん?」
石塚が驚いてすみちゃんのほうを見る。色々と
思うところがあるのか、どうにも複雑そうな表情だ。
すみちゃんのこんな顔を見るのは”2度目”だった。
「石やんは知らんと思うけど、あずちゃんも母子
家庭で育ってきたんよ。だからお母さんにだけは
やっぱり心配は掛けたくないんちゃうかな。」
陽子ママがすみちゃんの言葉を引き取って話を
続ける。
「それに甲斐人くんのことでもずっとお母さんに
お世話になってるし、そういうのもあってなおさら
話しにくいんやと思うわ。」
なるほど、あずちゃんの気持ちもわからなくはない。
しかし・・・石塚は言う。
「でも何かあってからじゃ困るし、やっぱり知らせて
おいたほうが・・・。」
「そのために私やママが居るし、石やんも・・・。」
そこで言い淀むすみちゃんに石塚は何か引っ掛かる
ものを感じた。いつもの歯に衣着せぬ物言いとは
かけ離れた態度だ。
また陽子ママがすみちゃんの言葉を継ぐ。
「石やん、出来る範囲でいい。無理してまでとは
言わへんから協力してもらえるかな。」
「そりゃまぁ、そのために今日ここに来たんで。」
「ありがとう、石やんみたいないい人が居ると、
ホント助かるわ。」
「いい人ねぇ・・・。」
陽子ママの”褒め言葉”を素直には受け取れない理由が
ある石塚が呟くと、すみちゃんが厳しい視線を
投げ掛けてきた。石塚は慌ててすみちゃんに”降参”と
ばかりに片手の手のひらを向けるとアイコンタクトで
謝った。
「ところで、例の”お客さん”ってどんな人?」
話題を変えて聞けることは聞いておく。
石塚としてはどんな”相手”かもわからないので
分かる範囲のことは知っておきたかった。
「ひょろっとした感じの気弱そうな人。」
すみちゃんの返答は石塚の想像とは少々違っていた。
「そういう感じやから拗らせると面倒なんよ。」
陽子ママがそう付け足した。
「そうそう、石やんみたいに。」
すみちゃんがそれを受けて言う。
「は?ちょっと待って、オレってそんな感じ?」
「あー、わからんでもないかなぁ。」
「ちょっと、ママまでそんなこと言うの?」
カウンターの中の2人が笑う。
いい様にからかわれている石塚は渋い顔だ。
が、結局2人につられ笑ってしまった。
「まぁ何となくわかった。」
「やっぱりわかるんや、石やん。」
「そういう意味じゃなくて・・・。」
ママにもすみちゃんにも勝てる見込みはなさそうだ。
石塚は改めて思い知らされた。
「・・・お願いね、石やん。」
「代わりに別のストーカーになるかも知れません
けど?」
「石やんには無理やって。他人に迷惑かけられる
人じゃないもん。」
陽子ママに賛同してすみちゃんが頷く。
「信用されてるんだか、されてないんだか。」
石塚はぼやいた。
「言いたいことは言いなって。らしくないわ。」
石塚とすみちゃんは家が近く、途中まで同じ道を
通ることになる。並んで歩きながら石塚が言った。
「石やん、あんまり首突っ込むのもやめなよ。」
すみちゃんの言い様に石塚は納得出来なかった。
「最初に頼ってきたのはすみちゃんじゃないの?
ここまで関わった以上、それは無理な注文だわ。」
「石やん、あずは・・・」
「だからそういう気はないって。」
石塚にはすみちゃんが何故そこに拘るのか、その
理由が分からなかった。
「石やんは自分がどれほど”思わせぶり”なのか、
それが分かってないから。」
「思わせぶり?オレが?」
「誰にでも優しい事がいい事とは限らないよ。」
「オレ、そんなつもりは・・・。」
「”裕哉”にそのつもりはなくても、相手はそう思う
事だってあるのよ。私だって・・・。」
オレが八方美人ってことか、石塚はそう思った。
「”裕哉”はやめろって。」
「あずはちょっと惚れっぽいところがあるから、
特に気をつけてよ。」
「そうか・・・気をつけるわ。」
そう考えると昨日の事はよくなかったかもしれない。
とても今のすみちゃんには言えないが。
「でも続かないけどね。すぐに冷めるというか。」
「・・・というか?」
「踏み込むのが怖いのかもしれない、あずは。」
「どういう事?」
「私からこれ以上は言えない。ただ私とあずは
違うの。私もいろいろ大変だったけど、それは
半分は私が選んだ道。でもあの子は違う・・・。」
「わかった。これ以上は聞かないほうがいい、
そういう事でいいかな。」
「石やんにはあずは難しいと思う。」
「まだ言うの?だから、そのつもりはないってば。」
石塚にも今回ばかりはすみちゃんの本音が読めない。
本気で警告しているのか、あるいは巻き込まれる事を
心配してくれているのか、実は嫉妬しているのか。
いや、嫉妬はないな、流石に自惚れてすぎている。
それにあずちゃんが抱えているものも気になる・・・
思考がぐるぐる巡っていた。
「じゃ、またね。」
帰り道が別れるところで石塚が挨拶する。
まだ何か言いたいのか、すみちゃんは足を止めた。
「・・・どうした?」
「石やん、あずをお願い。」
「どっちなんよ。まぁ言われなくてもこのままには
しておけないし、やれるだけはやってみるから。」
帰ろうとするすみちゃんの複雑そうな表情を見て、
石塚はあずきが抱えているという問題の大きさを
気にせずにはいられなかった。
週が明けて月曜日。
あずきはいつものように昼はパチンコ屋で、夜は
甲斐人くんを母親に預けてラウンジで働く。
その日のカウンターは陽子ママとあずきの2人。
月曜日はいつも客入りもまばらで、その日も
客の居ない時間のほうが長いくらいだった。
早めに店じまいをする事にしたママがあずきに
石塚の考えを伝える。それが石塚の考えた事だとは
伝えずに。
「母には言えません。これ以上心配や迷惑を掛ける
わけにはいきませんし。」
ママの予想通り、あずきは母親には相談出来ないと
はっきり言い切った。
「でも、もしあずちゃんに何かあったら、お母さん
もっと心配するんちゃう?」
陽子ママが考え直すように促そうとしたところで
あずきのスマホにLINEの着信が入る。
あずきはLINEを開くと「え?」と呟いた。
「あずちゃん?」
あずきが慌てて店を出る。
店の前にある駐車場。その隅に駐めてある車から
手を振っているのは石塚だった。
あずきを追って出てきた陽子ママは石塚の姿を見て
駆け寄った。
「石やん、そこまでしてくれとは言ってない。」
「ママ、これはオレがやりたくてやってるだけ。
だから気にしなくていいよ。これなら夜道で付き
纏われる心配はないし。」
「・・・すみちゃんが心配する理由がわかったわ。」
呆れたように陽子ママが言う。
「あずちゃん、あとはあたしが閉めとくから、帰り
支度しておいで。」
「あ、はい。」
あずきが一旦お店に戻ると、ママは石塚に言い放つ。
「今回だけにしてよ。」
「ママ、申し訳ないけどこればっかりは”オレの
勝手”なんで。好きにさせてもらうよ。」
石塚も引くつもりはない。
「怒られんで、すみちゃんに。」
「何か起こるよりはずっといいです。」
そんなやり取りをしているうちにあずきが出てきた。
助手席にあずきを乗せると石塚が言った。
「あの辺り道が複雑だし、案内お願いね。」
「良かったんですか?ここまでしてもらって。」
「ここまでしないとオレが不安、かな。」
そこへママが降参とばかりに石塚に話し掛けた。
「石やん、あずちゃんのこと頼んだよ。」
「はい、任されました。」
石塚はママに笑いかけるとアクセルを踏んだ。
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