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カウンターレディはプ女子⑧:創作小説と私

”覚悟”。
すみちゃんの言葉は石塚の想像以上に重かった。
あずきから事情を聞かされたということは、自分も
向き合わなければならないということだ。
あずきの心に刻まれた深いキズ。
日頃見せる明るい表情の下に隠された暗い闇。
石塚は目を細め、じっくりと考える。

即答出来ずにいる石塚にすみちゃんが続ける。
「私は自分で旦那を選んで、子供も産んだ。私が
今こうしてる原因の半分は私。でもあずは選ぶ事も
出来なかった。あずが今甲斐人かいとくんを抱えて必死に
頑張ってるのは、あずには何の原因もないのよ。
そんなあずのこと、裕哉ひろやは受け止められる?」
「待って。それは違うんじゃない、すみちゃん?」
「・・・え?」
石塚が反論する。

「確かにあずちゃんが抱えてるものっていうのは、
すみちゃんよりも重いかもしれない。でも反対を
押し切ってまで”産む”って決めたのはあずちゃん
自身でしょ?それはあずちゃんが1番わかってる。
だからこそこれ以上お母さんとか、他の誰かに
迷惑は掛けたくない、そう思ってる。そこをみんな
カン違いしてる。あずちゃん自身も含めて。」
「裕哉・・・。」
「あずちゃんの決めたことをお母さんが本当に
納得してないなら、たぶん甲斐人くんをそこまで
可愛がって面倒見てくれたりしないと思う。理由は
どうであれ、子供であり孫なんだから、可愛くない
ハズがないし、あずちゃんがそう決めた以上は
それを応援してくれてるんじゃないのかな?オレは
人の親じゃないけどさ、親ってそういうものじゃ
ないの、3人息子イケメンズのママさん?特にひとり親なら。」
「・・・あの子たちがやりたいことはなるべくさせて
あげたい。そうかも。」

石塚は光明を見出しつつあった。
「オレが全部受け止めようとする必要はないのかも。
あずちゃん自身にも”軽く”は出来るハズ。」
「じゃあ、付き合うの?」
「今はそこまでは・・・一回りも歳の離れたオッサン
だし。」
「ちょっと!私はどうしてくれんのよ!?」
すみちゃんはあずきとは1つ違いだ。
「んー、それはそれってことで。」
石塚は大袈裟なくらいのポーズでとぼけてみせた。
「・・・で、それが裕哉の”覚悟”?」
「それぐらい手伝う覚悟なら今でも出来る。それと
裕哉はやめろってば。」
「あずのことは”裕哉”に全部お任せしようかな。」
「あのさ、やめろってば”純夏すみか”。」
「あー、他のお客さんの前でそんな呼び方したら
許さんからね。」
「呼ぶわけがない。今だって言いづらいし。」
2人は顔を見合わせると、お互いに意味深な表情で
笑顔を交わした。

「そうそう、聞いてくれる?”ヤツ”がさ・・・。」
”ヤツ”とはすみちゃんの”4番目の彼氏”のことだ。
なお3番までは長男、次男、三男である。
「また愚痴?今度は何?」
すみちゃんが彼氏のことを”ヤツ”と呼ぶのは一時期
石塚の恋敵だったからである。
結局その時も石塚は歳の差を気にして身を引いた。
「私さ、歳下って初めてだから、何を考えてるのか
よくわからないことがあってさぁ・・・。」
「男なんか基本、いくつになってもガキのまんま。
歳上だろうが歳下だろうが大差ないって。それと
そろそろ”ヤツ”もやめてあげたら?」
「ヤツはヤツだもん。」
「あっ、そう・・・。」

この後出勤時間まで石塚は愚痴に付き合わされた。
すみちゃんの本題はこちらだったのかもしれない。


「いらっしゃい石やん。」
すみちゃんに伴われて店に入ると、陽子ママと
もう1人、石塚の知らない女の子がカウンターに
立っていた。
石塚が不思議そうな顔をしたのを見てママが言う。
「体験で入店してもらってんの、かすみちゃん。」
「かすみです。よろしくお願いしま~す。」
「どうも、石塚です。」
「・・・石やん、堅いわぁ。会社ちゃうし。」
陽子ママは容赦なくツッコんだ。
「え?あぁ、石やんでいいよ、かすみちゃん。」
「はい、よろしく石やん。」
かなり若く見える。20代前半くらいだろうか。
あずちゃんやすみちゃんよりは歳下だろう。
「石やん、あんまりじろじろ見るとかすみちゃん
困ってるよ。」
「あ、ゴメンゴメン。」
ママと石塚が他愛もない話をしているとすみちゃんが
カバンを置いて奥からカウンターへと出てきた。
「何、石やん。もう狙ってんの?」
「・・・何でそうなるわけ?」
ママとすみちゃんにたじたじの石塚の様子を見て
かすみちゃんはくすくす笑いだした。
「石やん、面白い。」
「オレが面白いんじゃなくて、いい様にオモチャに
されてるだけよこれ。」
「それを受け止められるだけでも面白いですよ。」
かすみちゃんはそう言うとにこにこしている。
「・・・そういうモン?」
石塚が陽子ママにそう訊ねると、ママはお得意の
返しで石塚にトドメを刺した。
「いや、しらんけど。」
「うわ、出た。しらんけど。」
かすみちゃんは今度は声を出して笑いだした。

「それにしても、すみちゃんとかすみちゃんだと
なんか聞き間違えたりしそうじゃない?」
「まぁその時々でわかるんちゃうかな。まだウチの
店に来るとは決まってないし。」
このラウンジを含め近隣には同じオーナーが経営する
お店が何店舗かあり、体験入店を通じて気に入った
お店なり人手が足りないお店なりにカウンターレディ
として配属されることになる。
「ウチとしては週末だけでも来てくれると助かるん
やけどねぇ。2人では回らん時もあるし。」
ママもなかなか大変そうだな、と石塚は感心した。
「それか源氏名考えるかやね。」
「あ!」
石塚はすみちゃんに聞くべきことを思い出した。

「すみちゃん、大山に名刺渡してないよね?」
「え?渡したよ。」
石塚の財布にも入っている”すみ”と源氏名の入った
このお店の名刺。おそらく大山も財布に無造作に
入れていることだろう。
「マジかぁ・・・。」
「どうかした?」
「奥さんに見つかるとまた面倒なことになるかも。」
石塚は大山の浮気のことで奥さんに一緒に頭を下げに
行った時の様子を話した。
「あら~・・・石やん、頑張れ。」
「カンベンしてよ、もう。」


帰り際、石塚は陽子ママに呼び止められた。
「どうしました?」
「あずちゃんからLINE来てさ、お母さんにも相談
したみたい。警察にも行ってきたって。」
ちょうど石塚にもあずきからのLINEの通知があった。
同じくお母さんと警察へ相談したという連絡だ。
「ありがとね、石やん。」
「オレは別に・・・あずちゃんが自分なりに考えての
ことでしょ。」
「そうさせたのは石やんやんか。」
「何にしても1歩進んだし、これで解決してくれれば
いいんですけどね。」

石塚とママがそんな話をしていると、かすみちゃんが
帰り支度をして横を通り過ぎていった。
「お先に失礼します。石やん、また。」
「お疲れ様、今日はありがとうね。」
閉店時間までにはまだ早い。
「体験入店ってこんなモンなんですか?」
石塚が興味本位で訊ねる。石塚の悪い癖だ。
「あぁ、親御さんに預けてる子供のこともあるし。」
「・・・あの子もシンママ?!」
石塚が思わず声を上げた。かなり若く見えたのに。
「石やん、こういう所に来る子ってやっぱり何かしら
抱えてんのよ。昼間のアルバイトとかパートだけじゃ
1人で子供育てたりは出来ひんからね。」
「それとも石やん、面倒見てくれる?」
いつの間にか、すみちゃんも近くに立っていた。
「私のお客さんだし、お見送りしないとね。」
「またね、石やん。」
入れ替わりにママがカウンターへと戻っていった。

「石やん、あずは石やんが居れば変われると思う。
あの子のこと、助けてあげて。」
「やれるだけのことはやるよ。」
「無理すんなって言っても無理するから怖いけど。」
「オレのことは今はどうでもいいって。」
「そこはみんな心配してんのよ、私もママも。あず
だって気にすると思うし。」
「んー、無理はするけど無茶はしない、でいい?」
「頑固なのは直らんよね。」
「じゃあ、また。」
「おやすみ、今日は付き合ってくれてありがとう。」

酔い醒ましも兼ねて歩いて帰りながら、石塚は少し
心が軽くなったような気がした。


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