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カウンターレディはプ女子⑱:創作小説と私

「じゃあまたね、甲斐人かいとくん。」
布団の中でぐっすり眠っている甲斐人くんの寝顔を
見つめながら、石塚は小声でささやいた。

そんな石塚の横顔を見て、あずきは思う。
その穏やかな表情は、まるで父親そのもののようだ。
「ホントにパパみたいですよ。」
寝室を出ようとする石塚に、あずきが率直に思った
ことを伝えた。
「ウチに帰るまでが”1日パパ”なんで。」
「それじゃ遠足みたいじゃないですか。」
そう言うとお互いに顔を見合わせて笑う。
今日だけで何度こうして笑っただろう。
屈託の無い笑顔を見せる時の石塚は、年の差を感じ
させることがない。まるでいたずらな少年のようだ。

「それじゃあね、あずちゃん。おやすみ。」
「おやすみなさい。1日ありがとうございました。」
「オレの方こそ、1日付き合ってくれてありがとう。
楽しかったよ。」
そう言って石塚は帰って行った。


石塚が帰った後、あずきは葛藤を抱えていた。

今までにも何人かの男性に声を掛けられ、実際に
交際したこともある。
だがそこで必ず引っ掛かるのは甲斐ちゃんのこと、
子持ちであることだった。
自分には好意を持ってくれても、それを子供にも
向けてくれるとは限らない。優先順位が子供が上に
なることにヤキモチを焼く人も居た。

だからもう、考えないようにしてきた。

石やんは今までの男性とは違う。
自分にも甲斐ちゃんにも、同じように接してくれて、
助けの手を差し伸べてさえくれる。
時には自身のことは考えもしないで。
その優しさに触れられるのは気持ちが温かくなるし、
そのウラにある危うさからは救ってもあげたい。

でも、石やんは未婚だ。
年齢的にも交際を考えるなら、おそらく結婚が前提に
なってくるだろう。
あれだけ子供好きなら自分の子だって欲しいだろう。

石やんは今の自分や甲斐ちゃんにとっては、理想的な
人なのかもしれない。波長も合うと思う。
でも石やんにとってはどうなんだろう。
もっといい人を見つけてもらったほうが、石やんの
ためなんじゃないだろうか。

それと、母さんも言っていたこと。
甲斐ちゃんは男の子だ。
これから大きくっていくのには、手本となる父親は
やはり必要なのかもしれない。
石やんみたいな人は、他に見つかるだろうか。

「甲斐ちゃん、どうしたらいい?」
あずきは甲斐人くんの寝顔にそう尋ねてみた。


翌朝、お弁当の用意をしていると甲斐人くんが起き
だしてダイニングに姿を見せた。
「甲斐ちゃん、おはよう。」
挨拶するあずきに対し、甲斐人くんは何かを探して
いるのかきょろきょろしている。
「ママ、石やんは?パパは?」
あずきはどきっとした。
甲斐ちゃんにとって石やんの存在がそれほど大きく
なっているとは思ってもみなかった。

あずきはお弁当を作る手を止め、甲斐人くんと目線を
合わせるとゆっくりと話しだした。
「甲斐ちゃん、石やんは自分のおうちに帰ったよ。」
「どうして?パパのお家はここじゃないの?」
「甲斐ちゃん・・・。」
「どうしてパパ居ないの?どうして?」
そう言うと甲斐人くんは大声で泣き出した。
こんなことは今までになかった。あずきの心が傷む。
「甲斐ちゃん。石やんはパパじゃないから。」
言いながら甲斐人くんを抱きしめる。
「やだ!パパがいい!」
泣きじゃくる甲斐人くんの背中をあずきがさする。
「石やんはね、お仕事で違うお家に住んでるの。
でも甲斐ちゃんがいい子にしてたらまた来てくれる
かもしれないよ。」
「・・・石やんまた来る?」
「うん。だからママと頑張ろっか。」
ようやく甲斐人くんの様子が落ち着き、あずきは
甲斐人くんを抱く手を離した。

「・・・ママ、泣いてるの?」
あずきが目に溜めていた涙を拭う。
「大丈夫。だから甲斐ちゃんは石やんがまた来て
くれるようにいい子にしてようね。」
今度は甲斐人くんがあずきの首に手を回す。
「ママも石やんに来て欲しい?」
「うん。そうね。」
「じゃあ僕、いい子にしてる。」
あずきが甲斐人くんの頭を撫でる。
何か言おうとしたのだが、言葉が出なかった。
もう一度、甲斐人くんを抱きしめた。

甲斐ちゃんだけじゃない。
自分の中でも石やんの存在は大きくなっていた。
それを今、甲斐ちゃんを通じて気づかされた。
だからこそ・・・。
あずきはどうしたらいいのか、余計にわからなく
なってしまった。


お昼休み。
あずきは今朝の出来事を石塚にLINEで送ってみる
ことにした。石塚がどういった反応をするのかが
気になったのだ。

『今朝、甲斐ちゃんがグズって大変だったんです。
パパが居ない、石やんが居ないって。』
『甲斐ちゃんが会いたがってるのでまた遊んであげて
くださいね。』

石塚の返信は早かった。
それは思いも掛けない内容だった。

『今日、ラウンジが終わったら家まで送るよ。』
『少し話したい。閉店時間に駐車場で待ってる。』

・・・話ってなんだろう。
ちょっと図々しいお願いだっただろうか。
あずきは少しばかり不安に駆られた。


日付が変わろうかという頃。
店を閉めようと出てきた陽子ママが石塚に気づいた。
「何してんの、石やん?」
「あずちゃんに話があって・・・。」
「あのさ、石やん。」
「はい?」
「ストーカーはやめてや。」
「・・・オレそんな感じになってます?」
石塚は自分が出過ぎたことをしてるのかと不安そうな
顔を浮かべる。
「ウソウソ。石やんにストーカーは無理って前にも
言うたやんか。ちょっと待ってて。」
そう言われてしばらく待っていると、帰り支度を
済ませたあずきが店から出てきた。
「あの・・・話って?」
「まぁ乗って、あずちゃん。送りながら話すよ。」


車を発進させたところで石塚が話し始める。
「あずちゃんって丸一日お休みの日はあるの?」
「水曜日はどっちの仕事もないですよ。」 
「水曜日か・・・。普段昼の仕事が終わるのは何時?」
「4時半に終わって、保育園に甲斐ちゃんをお迎えに
行きますね。それから買い物に行ったりです。」
訊ねられるがままに答えながら、あずきは不思議に
思った。一体何の話なんだろうか。
「だったらオレが定時で帰れる日ならちょうどいい
タイミングくらいになるかな。」
「一体何の話ですか?」
「ほら、甲斐人くんと遊んであげてって話。」
「あの、石やんだって仕事で疲れてるのにそこまで
してもらわなくても・・・。」
石塚の申し出に気が引けたあずきが断りを入れようと
するが、石塚にも引けない理由があった。

「あずちゃん、甲斐人くんって大人の男の人と関わる
こと、今までにあった?」
石塚が急に話を別方向へと切り替えた。
あずきは困惑するばかりだ。
「いえ、ほとんどなかったです。」
「オレ、すみちゃんの子たちも相手にしたけどさ、
あの子たちはそんなにオレに懐いてくれなかった。
どうしてだと思う?」
「・・・どうしてですか?」
「あの子たちは自分の父親が誰か知ってるし、記憶も
はっきりと持ってる。オレは父親じゃないどこかの
オジサンでしかないのよ。」

石塚がさらに続ける。
「でも甲斐人くんは違う。父親が誰かも知らないし
その記憶もない。普段男の人との接点がない甲斐人
くんにとっては、ママと仲のいい男の人が来たら
それはパパかも、って思うかもしれない。鳥のヒナが
別の親鳥からエサを与えられたら、それを自分の親
だと思ってしまうみたいに。」
「あっ・・・。」
「しかもオレ、”1日パパ”とか言っちゃったしね。
そう思うと何か申し訳なくて。罪滅ぼしってわけじゃ
ないけど、そんなに慕ってくれてるのなら、やっぱり
どうにかしてあげたいって思う。流石に毎日は無理
だけどさ。出来るだけのことはしたい。」

石塚が一通り話し終えた頃にはちょうどアパートの
前に差し掛かっていた。
ここであずきが思わぬ本音を漏らした。
「それって、甲斐ちゃんのためだけですか?」
あずきの言ったことに石塚は少なからず驚く。
それではまるで、あずちゃんが甲斐人くんに嫉妬して
いるようにも聞こえる。
「オレはあずちゃんにも甲斐人くんにも笑ってて
欲しい。二人が笑ってるとオレも嬉しいから。
それじゃダメかな?」
そう言って助手席を見ると、あずきが目にいっぱいの
涙を浮かべていた。
「オレはあずちゃんに笑ってて欲しいんだけど。」
「・・・ウソばっかり。泣かせようとしてるクセに。」
あずきが石塚の二の腕に縋り付いて泣き始めた。
石塚は空いてる方の手をあずきの頭を、そして綺麗に
切り揃えられた髪を撫でた。
そうしながら、内にある衝動を抑える。
が・・・あずきがそれを許さなかった。
「・・・してくれないんですか?」
腕から顔を離し、上目遣いに石塚を見るあずき。
「あずちゃん、酔ってる?」
「そんなの今、関係ないです。」
あずきが石塚の首筋に両腕を廻す。
「やっぱり酔ってる。」
「じゃあ、酔った勢いでってことで・・・。」
ほんの束の間、イタズラっぽい笑みを浮かべたかと
思うと、あずきが石塚と唇を重ねる。

「あずちゃん、オレそんなつもりじゃ・・・。」
「でも避けなかったじゃないですか。」
見透かされている、石塚はそう直感した。
「もし本当にその気がないなら、思わせぶりが過ぎ
ますよ。」
これ以上本心を隠そうとしても、もう意味はない。
そう観念した石塚があずきに確認する。
「・・・ホントにオレなんかでいいの?」
どうしてこの人はここまで自分に自信が持てないの
だろう。
あずきはこれ以上ない程はっきりさせるべく言った。
「”オレなんか”じゃなくて、”石やんじゃなきゃダメ”
なんです。アタシも、甲斐ちゃんも。」
すると、ふぅ、と石塚が大きく息を吐く。
「どうしました?」
「泣きそう、今の一言は。」
「じゃあ、はい。」
あずきが狭い車の中で大きく腕を広げる。
どうぞいらっしゃい、とでも云わんばかりに。
石塚はそんなあずきのおでこを軽く突いた。
「遠慮しときます。」
「もう。男の人ってそういうトコロ、意地っ張り
ですよね。」
「それが男って生き物だからしょうがないよ。」
最後にはまた、顔を見合せて笑っていた。

「じゃあまたLINEするね。」
「はい、おやすみ石やん。」
そう言ってあずきを降ろした帰路で、石塚は何をして
遊ぼうか、そればかりを考えていた。


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《まとめ読み》


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