雑記と私#87:大手メディアの敗北
『大手メディアの敗北』
ここ数日、ワイドショーやネットニュース、SNSを
騒がせている見出しである。
時期が時期なら確実に今年の流行語大賞にノミネート
されていただろう。
さて、これについて私には分からない事がある。
”彼らは何に「敗北」したのだろうか”。
・兵庫県知事選挙で元知事である斉藤元彦氏が再選を
果たした事?
→それはつまり「自称・大手メディア」とやらが、
斉藤氏の再選を望んでいない、あるいは落選させる
ための報道を行っていたという事を意味する。
メディアの公平性や情報の信憑性を事ある毎に口に
する割には、実にお粗末なほどに本音が漏れている。
つまり彼らにとって斉藤氏は”悪”以外であっては
ならないという事だ。
・斉藤氏に投票した人達の多くが「ネットやSNSの
情報」などを元に誰に投票するか決めたという事実?
→それはつまり「自称(略)」とやらが、「自分たちの
発信する情報はネットやSNSで発信される情報よりも
正しい。自分たちの方が”上”だ」と言っている事を
意味する。
「みんなネットに踊らされてるだけだ」とでも言う
つもりなのだろうか。これほど視聴者や読者、市井の人々をバカにした発言はない。一市民だってそうした
情報が正しいのかどうか、自身で考え判断する程度の
事は出来る。その上でそれが間違っていたとしても、
それは”その人が選んだ”事なのだ。他人にとやかく
言われる筋合いはないはずだ。
どれをとっても実にバカバカしい。
そもそも報道に勝利も敗北もない。
彼らに必要なのは錯綜する情報を精査し、その中に
ある真実を報道しようとする姿勢である。
今、こうした報道がなされている事自体、彼らが
いかに驕り高ぶっていたかを示している。
”大手”メディアなどという言葉がいい例だ。
この”大手”とは何に対しての”大手”なのか。
見え隠れするのは「拝金主義」でしかない。
あえて「敗因」を述べるとするならば、このような
彼らの姿勢を見てきた世間の人々の積もり積もった
報道への”不信感”だろう。
彼らは彼らの言う「戦」に「戦う前から負けていた」
だけだ。
「マスゴミ」と呼ばれる事を事更に嫌う当事者たちが
自分たちは何故「マスゴミ」と呼ばれるのか、それを
理解出来ない限り、彼らは今後も”勝てない”だろう。
まぁ、現状では理解出来るとは到底思えないが。