カウンターレディはプ女子③:創作小説と私
(参ったな・・・。)
同級生の大山や”それなりに”石塚の事を知っている
すみちゃんが「奥手」と揶揄する通り、石塚は
あまり女性慣れしていない。
恋愛経験がないわけではないが、それも片手の指で
お釣りがくる程度である。
どうにか雰囲気を和ませようと頑張って話を
しようと試みても、思うように会話が続かない。
普段のあずきであれば、自分からどんどん話を
盛り上げてくれるのであろうが、さすがに今は
そんな気分にはなれないだろう。
そんなぎこちない途切れ途切れの会話にどうした
ものかと石塚は困りながらも、あずきに案内され
ながら歩を進めていく。
すでにラウンジのある駅前の開けた場所からは
少し離れ、車1台が通るのがやっとといった細い
入り組んだ住宅街へと入っていた。
そこでこの重苦しい沈黙が思いがけず功を奏した。
石塚はあずきの右肩に左手を置くと立ち止まった。
「ちょっとごめんね。」
あずきが石塚のほうへ目を向けると、石塚は左足の
靴を右手で脱ぎ、靴の中に入った小石か何かを
振り落とすように逆さに数回振った。
そして靴を履き直すためにあずきの肩を借りる
”フリ”をしながら、小声であずきに囁く。
「・・・いるわ、後ろ見ないで。」
あずきが身体を強ばらせる。
石塚は自分たち以外の足音を聞いた気がした。
立ち止まったのはわずかに聞こえるその足音を、
自分たちのそれが周囲に反響しているものではなく
”第三者”のものだと確かめるためだった。
事実、その足音は石塚たちが足を止めたあとも
物陰に隠れるためか少しの間聞こえ続けた。
靴を履き直した石塚がまた囁く。
「腕、組んでくれる?」
あずきは腕を組むというより、しがみつくような
勢いで石塚の左腕を取った。
やはり怖いのだろう、無理もない。
石塚としてはあえて”見せつける”くらいの思いつき
だったのだが、あずきがそれで安心してくれるなら
これはこれで良かったのかもしれない。
明かりもそれほどない、薄暗く入り組んだ道を
進むうち、先程の気配は感じられなくなった。
諦めたのか、どこかに潜んでいるのか。
腕を伝ってあずきの緊張が伝わってくる。
石塚はずっと周囲に意識を張り巡らせ続けた。
「そこのアパートです。」
あずきが重々しく口を開いた。
外壁などは塗り直されているようだが、それなりに
築年数を重ねているように石塚には見えた。
アパートの前に着くと石塚は少し安心した。
自分とて安全とは限らないのだ。
「ひとまずは何もなくて良かった・・・。」
それじゃ、と続けようとしたが、あずきが腕を
離してくれる様子がない。
「あの・・・上がっていきませんか?」
そう呟いたあずきの顔に石塚が目を向ける。
まだどこか不安そうな顔を浮かべている。
「じゃあ、お言葉に甘えて。」
それで彼女の不安が少しでも取り除けるのなら、
石塚はそう考えた。
「どうぞ。」
「お邪魔します。・・・うぉ?!」
水周りのある短い廊下を抜けダイニングキッチンに
入ったところで、石塚は思わず呻いた。
寝室らしい奥の部屋。その部屋のうち、ふすまが
開いていて見通せる範囲の壁や棚にはポスターや
マフラータオル、Tシャツなど様々なグッズが
所狭しと飾られていた。
「あずちゃん、オカダ・カズチカ好きなの?」
「あ、石やんプロレスわかります?」
「そりゃあ、アントニオ猪木の時代から観てるし。」
コーヒーをテーブルに置きながらあずきが話を
続ける。
「めっちゃカッコよくないですか、オカダさん。」
”金の雨を降らせる男”オカダ・カズチカ。
アントニオ猪木が創設した新日本プロレスの看板
選手の1人。恵まれた体格と高い身体能力を駆使し
若くしてチャンピオンの座に輝き、以降常に団体の
トップに君臨し続けるレスラーだ。国内に留まらず
海外でも名の通った人気の選手である※。
「そっか、プ女子なのか、あずちゃんは。」
”プ女子”とは「プロレス女子」、つまりプロレス
好きの女の子を指して言う略語だ。
「違います、アタシはオカダさん一筋なだけです。
新日のファンクラブにも加入してネットで試合
観るのがいつも楽しみなんですよ。」
言いながら砂糖を用意しているのを見て、石塚は
指を1本立ててみせた。
あずきが要望通り石塚の前のマグカップに砂糖を
スプーンで1杯分入れてかき混ぜる。
「あずちゃん、それは筋金入りの立派なプ女子だと
思うよ。オレでもそこまでじゃないし。」
石塚が苦笑しながらコーヒーを口にする。思いの外
熱くて、軽く舌先をやけどしたかもしれない。
「なかなかプロレスの話出来る人って居ないから
ちょっとうれしいかも。」
緊張が解けたのか、あずきの表情が少し和らいだ
ように石塚には思えた。
プロレス談義で盛り上がったままコーヒーを飲み
終えたところで、石塚が何かに気づいた。
少し舌先をヒリヒリさせながら言う。
「そういえば”ダーリン”は?」
「夜の仕事の時は母に預かってもらってます。」
なるほど、と頷きながら石塚が続ける。
「あずちゃん、ちゃんと眠れてる?」
あずきの表情がまた少し曇る。それ自体がもう
答えのようなものだ。
「オレここに居てあげるから、あずちゃんは寝て
くれていいよ。明日も朝から仕事でしょ?」
「えっ、でも・・・。」
「あ、居ないほうが安心?」
「そうじゃなくて、そこまでしてもらうのも何か
申し訳ないし。」
「明日は休みだし、オレの事は気にしなくても
いいよ。って気にするなって言うのもアレか。」
石塚にはそんなつもりはないが、男と女、一つ
屋根の下だ。意識するなというのも無理がある。
「じゃあ、今度はアタシがお言葉に甘えます。」
「遠慮なく。」
そう言うとあずきは一旦寝室の方へ入っていった。
そして着替えを持って戻ってくると、そのまま
ダイニングを通り過ぎながら言った。
「シャワー浴びてきますね。」
「うん・・・。」
返事をしながら、石塚は困っていた。
考えてみれば当たり前の事なのだが、想定していない
事態になった。
その気はなくても、やはり何か落ち着かない。
浴室から漏れ聞こえる音をなるべく意識しないよう、
石塚は先程コーヒーを飲むのに使ったマグカップを
頼まれてもいないのに洗い出した。
何かしていないと妙な方向に思考が巡ってしまう。
「石塚さんもシャワー使いますか?」
浴室から出てきたあずきが石塚に言った。
濡れた髪にタオルを巻いていて、ブラトップの
キャミソールにショートパンツという軽装。
石塚には少々、目に毒だった。余計な事を考えない
ように、視線を逸らしながら石塚は答えた。
「明日の朝、ウチに帰ってからでいいかな。」
「はーい。」
あずきはそのまま寝室へ入ると、髪を乾かしたり
肌の手入れをしたりしている。
石塚がダイニングからあずきに声を掛ける。
「あずちゃん、オレこのままここで起きてるから
こっちはお構いなく。」
返事が返ってこない。何かまずかったか?
石塚がそう思っているところへあずきがふすま
から顔を出した。
「おやすみなさい。石やん、ありがとう。」
そういうとふすまを閉め、あずきが床に就く。
「おやすみ、あずちゃん。」
石塚は念の為ダイニングの明かりを常夜灯だけに
した。ふすまが閉まっているので外に明かりは
漏れないだろうが、万が一という事もある。
明々と照明を点けたままなのはまずいだろう。
石塚が薄暗い中でスマホを眺めていると、不意に
ふすまが開いた。
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