カウンターレディはプ女子⑰:創作小説と私
「YAMATO様ってマイクもイケるんですね!」
一通り試合が終わり会場を出ようとした時、あずぎが
そんなことを言い出した。
「・・・なんで”様”付けなの?」
「え?TV出てる時とかみんなそう呼んでません?」
「あぁ、そういえばそうかも。」
そんな話をしながら履き物を履き替える。
すると靴に履き替えた甲斐人くんが出口に向かって
急に走り出した。
会場を出ようとする観客で混雑する中、危うく人に
ぶつかりそうになる。
慌てて石塚が甲斐人くんの手を引いた。
「甲斐ちゃ・・・」
あずきが注意しようとするが、それより先に石塚が
しゃがんで甲斐人くんと目線の高さを合わせると
諭すように話し始めた。
「甲斐人くん、急に走ったら危ないでしょ。誰かに
ぶつかったらその人も甲斐人くんも痛いよね?」
「・・・はぁい。」
「よし!甲斐人くん、お腹すいてない?」
素直に話を聞いてくれた甲斐人くんの頭を撫でつつ、
石塚は少ししょんぼりした甲斐人くんを元気づける。
そしてそのまま、また手を繋いだ。
すっかり出鼻を挫かれたあずきはそんな石塚を見て
少し驚きながらも感心していた。
ただいい顔をしてるだけじゃない。叱るべき時は
叱る。それも言い聞かせるように目線を合わせて。
親でもなかなか出来る人はいない。
この人は自然とそれが出来ている。
その後のフォローやケアも忘れていない。
「あずちゃん、行くよ。」
「甲斐ちゃん、何食べたい?」
甲斐人くんのもう一方の手を握りながら、あずきは
甲斐人くんに訊ねた。
「うーん、おすし。」
「もう甲斐ちゃん。お寿司はこの前おばあちゃん家で
食べたでしょう?他にはないの?」
母子のやり取りに石塚はついつい吹き出してしまう。
「石やん、笑い事じゃないし。」
「あぁ、ごめん。でもお寿司って美味しいもんな、
甲斐人くん。」
「うん!」
「ちょっと、石やぁん?!」
石塚とあずきが顔を見合わせる。
互いに思わず笑みがこぼれた。
結局夕飯はチェーン店の回転寿司になった。
食事を済ませ帰り道を車で走っていると、後ろの
チャイルドシートから寝息が聞こえてきた。
「・・・寝ちゃったかな。」
石塚は運転しながらルームミラー越しに後部座席を
確認してみた。
甲斐人くんは首を傾け、すっかり夢の世界の住人と
なっているようだった。
「一日中、はしゃいでましたから。」
そういうあずきも答えるなり欠伸をしている。
「あずちゃんも着くまで寝てていいよ。」
「運転してもらってるのに、そういうわけには
いかないじゃないですか。」
そうは言いながらもまた欠伸をするあずき。
「いいなぁ、こういうのって・・・。」
石塚がその内心をぽろっと口にする。
「・・・えっ?」
「いや、何でもないよ。」
いくつか信号を越えた頃には、助手席でもあずきが
寝息を立てていた。
「ふぅ~っ。」
アパートの駐車場に車を駐めると石塚は大きく息を
ついた。
テンションの高い甲斐人くんに合わせていたので
疲れていたのもある。
しかし石塚がゆっくりと大きく息を吐き出したのは、
じっくりと考えるべきことがあったからだ。
あずき母子との”これから”のこと。
二人とも自分とは親しくしてくれている。
この母子と過ごした1日はとても充実していた。
助手席や後部座席で眠っている二人を見ていると、
ずっとこうしていたいという思いが頭をよぎる。
そばに居て、何かしてあげたい。
そう考えてしまう自分はおこがましいのだろうか。
ハンドルを握ったままで物思いにふけっていると、
助手席のあずきが目を覚ました。
「あ、ごめんなさい、寝ちゃってましたか。」
「ちょうど着いたところ。」
まだ眠そうにしているあずきを見て、石塚はこれまで
考えないようにしてきた”想い”をはっきりと感じた。
「甲斐ちゃん。おウチに着いたよ。」
チャイルドシートのベルトを外し、甲斐人くんを
起こそうとするあずきを石塚が制する。
「寝かせといてあげようよ。」
そう言うと石塚は甲斐人くんをおんぶする。
頭をぶつけないように慎重に後部座席から出る。
「どんな夢見てるんだろ。」
あずきに車のキーを返しながら石塚が呟く。
「石やんって意外とロマンチスト?」
「男なんてみんなそんなモンよ。」
「楽しい夢だよね、甲斐ちゃん。」
あずきは甲斐人くんの頬を軽くつついた。
「これ・・・結構いい運動になるかも・・・。」
また甲斐人くんを背負い階段を昇ることになった
石塚がちょっとした悲鳴を上げる。
「今日だけパパなんだから頑張って、石やん。」
そう言ってあずきが下から石塚の背中を押す。
「そうか。そうだったわ。」
部屋に着くとあずきは寝たままの甲斐人くんを着替え
させて布団へと寝かしつける。
「あずちゃん、コーヒー入れるけど飲む?」
「あ、お願いします。」
すでに何度もお邪魔している石塚は、まるで自宅で
過ごしているかのようにダイニングキッチンに立ち
コーヒーを2杯用意した。
「どうぞ。」
寝室から戻ったあずきにコーヒーを差し出す石塚。
「どっちがお客さんなんだか。」
「・・・確かに。」
また顔を見合わせて笑う。
そうした何気ない会話や仕草の一つ一つが、今は
とても愛おしいものに感じる。
石塚はコーヒーを1口飲むと再び大きく息をついた。
「疲れてませんか、石やん?」
「子供の体力ってスゴいよね。着いていくだけでも
大変だわ。」
石塚が思わず苦笑いする。
「一緒になってはしゃいでたのは石やんでしょ。」
「そうかな・・・そうかも。」
「今日はありがとうございました。あんな楽しそうに
してる甲斐ちゃんを見たのは初めてかも。」
あずきが寝室のほうへと目をやる。
「だったら良かった。あずちゃんは?」
「アタシ、プロレスって生で観たのは初めてだったん
ですけど、迫力が全然違いますね。また行きたい。」
「ドラゲーの興行、年2回くらい近くでやってるから
また誘うね。」
「甲斐ちゃんも喜ぶと思います。」
あずきがそんな風に笑ってくれるのが、石塚には
何よりも嬉しかった。
「ねぇ、あずちゃん・・・。」
「はい?」
「・・・プロレス観戦以外でも声掛けていい?」
石塚は一瞬言い淀むと本心とは違う言葉を口にした。
「大丈夫ですけど、アタシ昼間はパチンコ屋で仕事
してるから、日曜日も休めない時もありますよ。」
「それもそうか。」
「でも誘ってもらえるのは嬉しいですよ。」
「そう?ならまた何か考えておくね。」
そう言ってまたコーヒーに口をつける。
すると今度はあずきが石塚に言う。
「石やん・・・。」
「ん?」
「今日の石やんは満点パパでしたよ。」
「何?オレのこと泣かせる気?」
「満点は言い過ぎかな。ちょっと甘やかし過ぎるから
90点くらいで。」
「あ、キビしくなった。」
「色々大変で・・・すみちゃんみたいに相談出来る人が
いるからまだ助かってる方だと思います。」
「あとお母さんか。」
「はい。」
あずきが視線を落とす。
普段あまりそんな素振りは見せないが、やはり母親
一人で子供を育てていくというのは大変な苦労が
あるのだろう。
「何かあったら言ってよ。子育て云々はわかんない
けど、手伝えることがあれば協力するから。」
「それって、すみちゃんも?」
「そうなんだけど、あっちはお姉ちゃんもカレシも
居るし、もうオレの出る幕はないよ。」
「石やんが居てくれてホントに良かった・・・。」
「あずちゃん、また泣かせるようなこと言ってる。」
「ヒザでも胸でも貸しますよ?」
「あのねぇ・・・。」
お互いの顔を見ては笑い合うのはこれで何度目に
なるのだろうか。
そう考えているのは石塚もあずきも同じだった。
「じゃあまたね、甲斐人くん。」
寝顔の甲斐人くんにそう言って帰ってきた翌日。
石塚がお昼休みにスマホを見ると、あずきからLINEの
着信があった。
『今朝、甲斐ちゃんがグズって大変だったんです。
パパが居ない、石やんが居ないって。』
『甲斐ちゃんが会いたがってるのでまた遊んであげて
くださいね。』
そのメッセージに石塚は胸が締め付けられるような
思いがした。
(やっぱりオレはあの二人のそばに居たい。)
それが偽らざる今の気持ちだった。
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