カウンターレディはプ女子④:創作小説と私
ゆっくりとふすまが開き、あずきが顔を覗かせた。
「あずちゃん、もしかして眠れないの?」
スマホをダイニングテーブルに置いて、石塚は
あずきと向き合う。これは思った以上に精神的に
参っているのかもしれない。早めに何か対策を
考えないといけない、石塚はそう思い始めた。
「あの・・・出来たら傍に居てくれませんか。」
「えっ?」
石塚も寝室にまで立ち入るのには抵抗があった。
いくら自分がすみちゃんの”友達”だとはいえ、
男には違いないのだ。無防備すぎやしないか。
「帰り道、腕を組ませてもらった時・・・何かほっと
するような感じがしたから・・・。」
そう言われて石塚はあずきの気持ちが少しばかり
理解出来た。
何かにすがりつきたい、そんな思いが無意識に
出てしまっているのだろう。
石塚はあずきに招かれるままに寝室へと入った。
ダイニングからは見えなかったふすまの裏側には、
小さなドレッサーと衣服が収まっているであろう
チェストBOXが2つ、その前に布団が敷かれていた。
もう1つ子供用の小さな布団が窓際に畳まれている。
あずきはいつの間にかパジャマ姿になっていた。
先程の軽装を思えば、まだ目のやり場に困る事も
なさそうだ。
あずきが再び床に就くと、石塚は布団の横に腰を
下ろした。
するとあずきが布団から片手を伸ばし、石塚の
手を取りながら囁く様に言う。
「手・・・握ってていいですか。」
「ん、ちょっと待って。」
それなら、と石塚は小さなテーブルの横にあった
クッションを手に取り、それを脇の下に入れて
身体を横に傾けた。そして布団の上からあずきの
お腹の辺りに右手をのせる。それはちょうど親が
子供を寝かしつける時に、あやす様な格好だった。
「これでいい?」
そう言われ、あずきは無言で石塚のその手を取る。
「なんか落ち着く・・・。」
あずきが微笑んだのを見て、石塚はもう一方の手で
あずきの頭にぽんぽん、と軽く触れた。
するとあずきは照れくさそうに頭を振った。
「子供じゃないんですから。」
今度は石塚が優しそうに笑う。
その顔を見たあずきはゆっくりと目を閉じた。
そんなあずきの様子を見ながら石塚は考えを巡らす。
夜の仕事がある日はあずちゃん自身もしばらくの間
母親を頼った方がいいのではないか。
店へも徒歩で通っているが、車で移動した方が
危険は少ないかもしれない。
あれこれ考えているうちに睡魔が襲ってきた。
危うく眠ってしまいそうなところで、あずきが
寝息を立てているのが聞こえてきた。
あずきの腕をそっと布団の中へと入れてやると、
石塚はあずきを起こさないように、ゆっくりと
ダイニングへと戻った。
「おやすみ、あずちゃん。」
「んん~・・・。」
ダイニングテーブルに突っ伏していた石塚が目を
覚ますと、キッチンにあずきが立っていた。
いつの間にやら、肩にはショールか膝掛けのような
ものが掛けられている。
「あ、おはようございます。」
あずきが手を止めて振り向いた。
いつもの明るい表情だ。石塚は少し安堵した。
玉子焼きの美味しそうなにおいがする。
身体を起こすと凝り固まった首筋や枕代わりにした
腕が少々痛んだ。
「寝ちゃってたか。これじゃ見張ってる意味が
ないなぁ、ごめんねあずちゃん。」
「大丈夫です、おかげさまでよく寝られましたし。」
「ならいいけど・・・あたた。」
身体を伸ばすとあちこちが悲鳴をあげた。
「朝ごはん用意しますね、お弁当の余りですけど。」
「あぁ、ありがとう。」
石塚が洗面所で顔を洗いダイニングへと戻ると、
テーブルにはご飯と味噌汁、それに玉子焼きと
ウィンナーの乗ったお皿が用意されていた。
「ごめんなさい、簡単なものばかりで・・・。」
「いやいや、とんでもない。ありがたいよ。」
一人やもめの石塚にとっては、出来たての温かい
ご飯にありつけるだけでも贅沢だった。
「んー、この玉子焼き美味しい、好きかも。」
「ありがとうございます。」
自分と甲斐人くんのお昼のお弁当を用意しながら
あずきが応える。
「あずちゃんって、絶対いい奥さんになれるよね。」
石塚が何気なく言ったこの一言に、あずきは反応を
見せなかった。
(あ、まずい事言ったかな。)
石塚はすぐに話題を変えた。
「あずちゃんって何曜日お店にいるんだっけ?」
「月・木・金ですよ。」
「月・木・金ね。オッケー。」
何がオッケーなんだろう、あずきは少し不思議に
思ったが口には出さなかった。
石塚が普段は口にする事のないような朝食を味わう
間にあずきはてきぱきと出掛ける準備をしている。
「ごちそうさま。」
そう言って手を合わせると、石塚は今自分が使って
いた食器を洗おうと流しへと移動する。
「そのまま流しに置いておいてください。そろそろ
出ないと。」
あずきが慌ただしくしている様子を見て石塚は
軽く食器をゆすいだ。
「あぁごめん、ゆっくりし過ぎた。」
石塚は先に玄関へと向かい靴を履くと、思い出した
かのようにあずきに呼びかけた。
「あずちゃん、LINE交換してくれる?あと出来たら
電話番号も。」
あずきが荷物を肩にかけながら水周りの近くまで
来ると、スマホを取り出した。
「はい、これで。」
「うん、オッケー。何かあったらすぐ連絡してね。」
石塚はそう言うと先に玄関を出て周囲を見る。
いくら何でもこんな時間に、とは思ったが、油断は
出来ない。警戒はしておくべきだ。
「送っていきましょうか?」
あずきが訊ねる。
「オレはいいから、甲斐人くんだっけ、ダーリンを
優先してあげて。いってらっしゃい。」
石塚にそう言われて、あずきは駐車場へ向かう。
その間も石塚はずっと周りを見渡していた。
運転席から手を振るあずきに手を振り返して見送る。
「さて、と・・・。」
石塚の自宅はここからあずきの勤めるラウンジや
駅を挟んで反対側にある。
次からは自転車にしよう、石塚はそう思いながら
帰路へとついた。
30分近く歩いて部屋に戻り、そのまま泥のように
眠っていた石塚が目を覚ましたのは、すでに夕方に
近い時間帯だった。
土曜日が半分以上終わってしまっている。
スマホに何件かのLINEの通知。あずきからだった。
『昨日はありがとうございました🙏またお店に
遊びにきてくださいね🤗』
『お昼休みにこんにちは~😆』
『石やーん。生きてるー?🥺』
ずっと寝ていたので既読もつかないまま心配を
させているかもしれない。石塚は慌てて返信を
送った。
『ごめん、ずっと寝てた(笑)
また遊びに行くね(・∀・)』
石塚はこれからどうするかを改めて考えていた。
よく考えてみると、お客さんに合わせて彼女たちも
”飲む”以上、車はそのままでは使えない。運転代行を
依頼するなり、誰かに送迎を頼む必要がある。
あずちゃん自身が甲斐人くん同様に母親の元に身を
寄せるのが無難ではありそうだが、それもご実家の
事情次第だ。その辺りは石塚には想像がつかない。
で、あれば・・・。
あずきとの他愛もないLINEのやり取りをしながら
過ごしていた石塚は、閉店時間間際にラウンジを
訪れた。ママに会うためだ。ドアを開ける。
「すみません、もうすぐ閉店・・・石やん?」
カウンターには今日もすみちゃんが立っていた。
まだ1組お客さんが残っており、ママはその応対を
していた。そのママがちらっと石塚のほうに目を
向けると何か悟ったように頷いた。
おそらくすみちゃんから話は聞いているのだろう。
石塚がカウンターの席に着くと、すみちゃんは
キープボトルを指差す。石塚が「今日はいい」と
ばかりに手を振ると、代わりにお冷を1杯注いだ。
最後の客が出ていく。
店内に残ったのは石塚と、石塚の話を聞きたいと
すみちゃんの隣りに寄ってきたママ、そして石塚を
怪訝そうな表情で見つめるすみちゃんだけだ。
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