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震災遺構に訪れた日のこと
伯母夫婦の家に久しぶりに泊まった。
震災以降、何度か宮城に訪れていたが宿泊は久しぶりだ。
せっかくだからと車を走らせ、伯父が連れていってくれた場所がある。
「これからの将来に絶対に役に立つから」
震災遺構 仙台市立荒浜小学校
2011年3月11日 東日本大震災
海から近い場所に位置しているこの小学校には、校舎の2階まで津波が押し寄せた。
止まった時計。
黒板に残ったチョークの文字。
卒業式に向けた飾り付け。
そこには日本人だけではない、たくさんの国からこの場所に訪れた人がいた。そこに来た人々が、たくさんのことばを書き留めていた。壁一面に、見たことのない言語も残っていた。
私はことばを残しては来なかったが、ゆっくりここであたためてみようと思う。
この学校に、たくさんの生徒と教職員、そして住民がいたのだ。なぜだか震災のことを考えると、子どもの目線になってしまう。それは当時の私がまだ中学生だった、からかもしれない。
校舎の屋上から街を眺めた。当時見えていた景色とは別物だと容易に想像ができる。
そこに今は街はない。私は、街があったはずの、広い土地を眺めていた。そして、遠くに見える海を眺めた。
荒浜を見ていた人々は、何を思ったのだろうか。何を考え、何を考えないようにしていたのだろう。これからの未来に何を見せ、何を見せないようにしたのだろう。
今の私が、想像しうることは到底できない。
それでも屋上からその街を眺めたとき、ここを遺した人の意思を繋いでいかなければいけないと、とにかく思ったのだ。
私の大切な人達が、私が近くにいない間に辛い思いをしていたらどうしよう。そんな風に思うことが多くなった。今までは、私が親元を離れて暮らしていることに思うことはなかったのだ。
大切な人が増えたり、より大切にしたいと思えるようになったり。そんな変化でまた大人になったと実感する。
荒浜でもうひとつ連れていってもらった場所がある。
JRフルーツパーク仙台あらはま
かつて、多くの住民が暮らしてきた場所。
そして津波に飲まれたこの場所に、四季折々の果物が実るのだ。
フルーツ狩りやイベントを行っていたり、ちょっとした遊具もある。直売所でフルーツや野菜を買うことも可能だ。
この施設は「震災復興」「地域連携」「農業振興」を目指しているそう。
人生で初めてのイチジク狩りをした。柔らかくて熟した実を採るのは難しく、文字通りあたふた。
採れたてのイチジクを贅沢に皮ごと頬張る。魅惑の赤い色に、強い甘さ。なんてこった、こんなに美味しい果物を知らなかっただなんて。
毎年どんどん食べていこうと思う!
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私がそばにいたとして、何か特別にできることはないけれど。いざという時に何かできる私に、これからなっていくのも良いか。これからを生きる私が何を残していけるのか。
そんな事を考えて、また大人になっていけるだろうか。