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【小説】前向きな考え方の力 第6話


 久しぶりに制服に袖を通し、鼻輪をつけて学校へと歩いていく。
 校門の前には、いつもと同じように先生達が登校する生徒を迎え入れていた。
「おはようございます」
「おはよう……ん? お、おまえその鼻はどうした!?」
「ああ、これですか? 先日ちょっと色々とありまして」
 適当にはぐらかし校門をくぐると、ぼくは校舎に向かい自分の教室に入っていった。学校全体が妙に浮足立っているのに気がついた。
「……?」
 生徒達はみな同じ話題を口にしている。その話題の中心人物が誰なのかはすぐに察しが付いた。……間違いなくぼくだ。いや、正確にはぼくのこの鼻の事だ。自分の席につくと友人がぼくの顔を見るなり近寄ってきた。
「森田! おまえ、その鼻一体どうしたん!」
「いやー、ははははは」
 ぼくは頭をかきながら曖昧に笑ってみせた。
「……まてよ? おまえのその態度……さてはアレか?」
 友人の一人が訝しむようにぼくをジロジロと見つめてきた。そして何かに気がついたのかポンと手を打つ。
「さてはアレか?」
「アレってなによ?」
「アレっつったらアレに決まってるやん! 鼻ピよ、鼻ピ!」
「あ」
 ぼくは自分の失敗に気がついた。そうだ、この鼻ピは昨日までなかったものだ。つまり、昨日何かがあってぼくの鼻が変化したという事を友人は知っているのだ。
「……で? なにがあったん? ん?」
 友人がニヤニヤと笑いながらぼくに迫ってくる。ぼくは観念したように口を開いた。
「実はさ……」
 そしてぼくはこれまでの事をかいつまんで話した。
「なにいいいいい!? おまえ、バンドするの!?」
 友人は目を丸くしてぼくの話に聞き入っていた。
「しーっ! 声がでかいって!」
 ぼくは慌てて周囲を見渡した。幸いな事に教室の中はまだ生徒達で溢れかえっているため、今の会話を聞いている者はいなかったようだ。ホッと胸を撫で下ろすぼく。しかし友人の方はなおも興奮気味に目を輝かせていた。
「それで? 他のメンバーは誰なん?」
「それが……」
ぼくはそこで口ごもった。確かにぼくがバンドをやると決めたのは、しかし、やはり最大の理由は……
「……笑わへんって約束するなら教える」
「笑わへん!」
 友人は即座に断言した。ぼくは少し迷ったあと、意を決して口を開いた。
「実は……バンドをやりたいって言ったのは……お、女の子にモテたいからやねん!」
 一瞬の沈黙の後、友人がぼくの肩をポンと叩いてきた。
「まあ、あれやな。年頃の男なら誰でも思う事や。別に恥ずかしい事じゃないで」
「ほんまに、ドン引きされんの覚悟で言うたけど!笑わへんの?」
「ああ、笑ったりはせん。言うたやろ? 年頃の男なら誰でも思う事やて」
 友人の言葉に、ぼくは思わず感動を覚えていた。こんなにもぼくを理解してくれる人が身近にいるなんて……やっぱり持つべき物は友達だ。そんな事を考えているうちにチャイムが鳴り響き、それと同時に担任が教室に入ってきたため、話はそこで打ち切りになった。
「続きは後でな!」
 友人がぼくの肩を叩きながら言った。
「ああ」
 ぼくは軽く頷いて自分の席についた。生徒達はそれぞれ自分達の席に戻っていくのだった。

 朝礼が終わると、職員室まで来るように……。担任の先生に呼び出された。
「森田、ちょっといいか?」
「あ、はい」
 ぼくは担任の後に続いて職員室に向かった。中に入り扉を閉める。そして……先生の顔が急に真面目なものに変わった。
「森田……」
 先生がぼくの目をじっと見つめてきた。ぼくはゴクリと唾を飲み込んだ。一体なんの用だろう?まさか退学とか……?だが次の瞬間、先生は意外な事を言ってきたのだ。
「……その鼻の事なんやけどな」
「鼻?この鼻がどうしかしましたか?」
 ぼくは自分の鼻を触りながら尋ねた。先生は少し困ったような表情を浮かべた後、口を開いた。
「……あのな。おまえに頼みがあるんや」
「……はい?」ぼくは首を傾げた。
 一体なんだろう……?まさか変な宗教とかじゃないだろうな……などと考えているうちに先生が話を続けてきた。
「うちのクラスにな、ちょっと問題のある生徒がおるんや。そいつはな鼻にピアス付けとるんや」
「え?」
 ぼくは思わず自分の鼻に手を触れた。
「それって……」
「ああ、おまえの事や」
 先生はきっぱりと断言した。すると先生は腕組みをして深いため息をついた後、「……今日はな、黙って帰ってくれへんか」
「……へ?」
    素っ頓狂な声をあげてしまった。
「黙ってって……どういう事ですか?」
「そのまんまの意味や」
 先生はぼくの目をじっと見つめてきた。その瞳には有無を言わさない迫力があった。
「……とにかくな、今日は何も言わんでくれ。頼むわ……」
「は、はあ……」
 ぼくは曖昧に返事をした。……とは言ったものの、結局そのまま家に帰らされる事になった。
    家に帰り、自分の部屋に入るとぼくはベッドに倒れ込んだ。そして考える。先生は一体何者なんだ?そしてあの態度はもしかして……「……でもまさか先生が……」ぼくは悩み、不安に包まれた。

 次の日の朝、いつものように登校する。しかし足取りは重く、校門がとても遠くに思えた。
「はぁ……」
 ぼくはため息をつく。色んな事をあれこれと考えて、よく眠れなかったのだ。
「……おはよう」
 後ろから声をかけられる。振り向くとそこには、先生が立っていた。
「あ、おはようございます……」
 ぼくは挨拶をしたが、先生は何も言わずそのまま歩いて行った。
「え……?」
 一瞬何が起きたのか分からなかった。しかしすぐに理解した。先生はぼくを無視していたのだ。
「……先生!」
 ぼくは慌てて追いかけた。しかし先生は振り向く事なく歩いていく。そして教室の前で立ち止まったかと思うと、そのまま中へ入っていった。
「先生!」
 ぼくは先生の後を追って教室に入った。しかし先生はぼくに目もくれない。
「……先生、何で無視するんですか?」
 ぼくは先生に話しかけたが、先生はぼくを無視するように自分の席に座った。そして授業が始まるチャイムが鳴った。
「……」
 ぼくはただ呆然と立ち尽くしていただけだった。
「……おい」
 先生がぼくに声をかけた。
「……はい?」
 ぼくは恐る恐る返事をする。
「……お前、何やねん」
 先生がぼくを睨みながら言ってきた。
「え……?」
「お前みたいな奴、うちにはおらんぞ!」
 先生は突然叫んだ。
「……」
「お前誰やねん!」
 先生はぼくの肩を掴みながら言った。ぼくは咄嵯に先生の手を掴むと、そのまま強く握り締めた。
「痛っ!!」
 先生が悲鳴を上げる。
「ちょ……ちょっと!何するねん!」
「それはこっちのセリフですよ」
 ぼくは先生に向かって言った。すると先生は突然笑い出した。
「ふっふふ……はっはっは……」
 先生はしばらく笑った後、ぼくに向き直った。
「堪忍な、ちょっと揶揄っただけや」
「……はぁ」
 ぼくはため息をついた。そして改めて先生を見た。
「森田、ちょっといいか?」
「……はい」
 昨日と同じやり取りを繰り返すぼくら。
「ちょっと自習しててくれるか!」
    そして職員室まで移動すると、先生はぼくを中へと招き入れた。そこには数人の先生がいた。どの先生もみな険しい表情を浮かべている。一体これはどういう状況なんだ?不安を感じながらもぼくは先生の後に続いて椅子に腰掛ける。すると先生達は一斉にぼくを睨みつけてきた。
「……」
 ぼくは何も言えずただ俯く事しかできなかった。
「森田……お前何か言う事ないんか?」
 先生がぼくに尋ねてくる。
「……特にありませんけど」
 ぼくは答えた。
「じゃあ何で呼ばれたか分からんのやな?」
「はい、全く分かりません」
 ぼくは素直に答えた。すると先生達はため息をついた。
「……お前なぁ」
 先生は呆れた様子でぼくを見た。そして再び口を開いた。
「……それはピアスか、鼻にぶら下げたその輪っかは」
 先生はぼくの鼻を指差し、今度は頭を指差した。
「それは脱色か、その髪は」
 先生は次々と指摘してくる。
「……先生、これが地毛ならいいんですか?」
「そういう事やないやろ!」
 先生は机を叩いて立ち上がった。そしてそのまま続けた。しかしぼくは動じなかった。
「……お前はなぁ……高校生としての自覚が無いのか?それが教師に対する態度なんか?」
 先生が怒鳴ると、他の先生も同調するように声を上げた。
「……とにかく、お前みたいな奴はうちにはおらへん!今すぐ出て行け!!」
「はい……」
 ぼくは素直に返事をした。そして職員室を出たところで立ち止まった。どうしてだろう、不思議と悲しくはない。むしろ清々しい気分だった。
「はーあ……」
 ぼくはため息をつく。『先生達は全員グルだ』これからどうしようかな……そんな事を考えつつ廊下を歩き出した。ぼくは確信していた。先生はぼくに罰を与えるために、わざとあんな態度を取っていたのだ。そしてぼくを孤立させる事こそが、彼らの目的だったのだ。
「……」
 ぼくは立ち止まった。そして考える。このまま学校を出て行ってもいいが、それでは何の解決にもならない。「よし……」ぼくは覚悟を決めた。
「……先生方!」
 ぼくは再び職員室へと戻った。そして大声で叫ぶ。すると先生達が驚いた様子でぼくを見た。
「なんや?まだ何か用か?」
 先生が苛ついた様子で尋ねてくる。
「先生方……これはどういうことですか?」
 ぼくは机の上にあった、全ての書類を床にばら撒いた。その行動を見て先生達は一瞬言葉を失ったがすぐに怒り出した。
「……おい森田!何するねん!」
「お前どういうつもりや!?」
「……先生方はぼくの事を陥れようとしたんですよね?でも無駄ですよ」
「な……」
 先生が絶句した。そして他の先生も動揺し始めたようだ。
「……証拠ならありますよ」
 ぼくはスマホを取り出した。そこにはぼくと先生の会話の録音が残されていた。
「な……」
「……先生方、これはどういう事ですか?」
 ぼくは再び尋ねた。
「それは……その」
 先生は言葉に詰まったようだ。そして他の先生も黙り込んでいる。どうやら言い逃れはできないらしい。
「先生方はぼくを孤立させてどうするつもりだったんですか?」
 ぼくが質問すると、一人の教師が口を開いた。
「……お前みたいな奴はこの学校に必要ないと思ったからや」
「そうですか……」
 ぼくは静かに答えた。そして続ける。
「じゃあどうして昨日、ぼくを帰らせたんですか?それもぼくの事を陥れるための作戦だったんですか?」
「それは……」
 先生が言葉に詰まる。すると別の教師が口を開いた。
「……そうや、お前みたいな奴はこの学校に必要ない」
「どうしてですか?」
 ぼくは再び尋ねる。
「どうしてぼくがここに居る事がいけないんですか?」
「お前は成績も悪いし、その身なりはないやろ」
 一人の教師が言った。
「そうですか……」
 ぼくは静かに答える。すると先生は再び大きなため息をつくと話し始めた。
「あのな、そんな態度取っとったら学校生活やっていけへんやろが!」
「……そうですかね?」
 ぼくは苦笑いした。確かに先生の言う事は正しいかもしれない。しかしそれでもぼくは……先生達を許す事はできなかった。
「でも先生達は、ぼくに対して何か悪い事をしたんですか?ただピアスと髪を染めた生徒をどやしただけじゃないですか」
「……お前な……」
 先生は呆れた様子でぼくを見る。しかしぼくは続けた。
「そもそも、先生がぼくに罰を与えるためにわざとあんな態度を取っていた事くらい分かってましたよ」
「え……?」
 先生が一瞬戸惑った様子を見せるが、すぐに冷静になる。
「……いや、それは違うで」
「違わないですよ」
 ぼくはきっぱり言い切る。すると先生は再び怒鳴った。
「……なぁ、お前いつまで続けるつもりや」
「え?何をですか?」
 ぼくは聞き返す。
「その態度に決まってるやんけ!お前はまだ分からんのかい!」
 先生はぼくを怒鳴りつける。ぼくは黙って聞いているだけだが、先生の言葉は止まらない。
「ええ加減にせえよ!お前は退学処分や!?」
「退学って……先生、それはいくら何でも早すぎませんか?」
 ぼくは思わず反論してしまう。すると先生は再び怒鳴った。
「うるさいわ!とにかくお前はもう学校に来るな!」
「分かりましたよ」
 ぼくは素直に返事をした。そしてそのまま教室を出ると帰宅した。次の日からぼくは本当に学校に行かなくなった……







 

 

 

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