いくら指導しても新人が成長しない。そんなときどうする? という話
前回は、4名ものスタッフに辞められてしまって、責任者としてどのような振る舞いをすべきかに気づいた話をしました。まだお読みになっていなければ、ぜひそちらをまずお読みいただけたらと思います。有料記事ですがすべて無料で読めるようになっています。
今回は、新人指導における試行錯誤と失敗の記録です。繰り返します。今回の話は失敗談です。
新たな課題と試練
4名が退職して、新しいスタッフを入れなければならないことになりました。抜けた穴には即戦力になる人材を入れて、しっかり埋め合わせをしたいところでしたが、残念なことに経験者の応募がほとんどなく、新卒者を採用するしかありませんでした。しかも4名ほしいところだったのに3名しか取れなかったのです。
どんな職種においても、新人を一から育てるには時間も手間もかかります。わたしたちの仕事も例外ではありません。ですが、その時間も手間もかかることをなんとかしてやっていかなければならない状況でした。
3名入った新人を、スタッフはみんな一生懸命指導しました。診療の仕組みや流れを教え、検査に使う機器の取り扱いを教え、診療科によって異なる検査のプロトコールを教え、患者に対する接遇の仕方を教え、他部門との協業の仕方を教え……先輩たちは彼らに対して次から次へと課題を課していきます。
しかし、課題の難易度が上がるにつれ、それまで揃っていた3名の足並みが、次第に狂い始めます。3名のうち2名は順調に指導も進んでいたのですが、1名だけは同じペースで指導することができませんでした。今回はこの、遅れを取った1人についての話です。ここでは彼のことをNくんとしておきます。
悪循環と限界
性格が温厚で真面目な性格のNくんは、仕事への取り組み方も性格どおり真面目だったのですが、飲み込みが悪いのか、教えたことがなかなかうまくやれませんでした。いちばんの問題は、何度も同じミスを繰り返すということでした。丁寧に手順を説明しても、同じところでミスをする。さっき説明したでしょう? と言っても、すみませんと謝るばかりです。このようなことが続くと、指導する先輩たちも次第にやる気がなくなってきます。何度言っても同じミスを繰り返すし、謝ってばかりでちっとも上向く傾向が見られない、時間ばかりかかってなかなか手応えがないと、指導側のモチベーションはどんどん失われていきます。
Nくんが指導についてこれない
→指導する側のやる気が失せる
→指導に身が入らなくなる
→Nくんはいつまで経っても成長できないまま
Nくんを取り巻く環境はこんな悪循環に陥っていました。スタッフからは「Nくんもうちょっとどうにかなりませんか」と相談を受けていましたが、わたしにもいいアイデアが浮かばないままでした。面談もしましたが、彼の心情を聞くというよりも、わたしの言いたいことだけを一方的に伝えるという感じで、いわゆる1 on 1などとは程遠い内容のものでした。
他の2人ができていることを、君はなんでできないのかな?
指導する側もかなり困っているんだよ
このままだと、この病院で働き続けるのは難しいかもしれないね
わたしが彼に伝えたのはこのようなことです。ひどいものでしょう。できない原因がNくんにあると決めつけていたことは明白。「仕事ができなければ辞めるべき」と言わんばかりの内容です。できない人間を排除することで部署の雰囲気を壊さないようにする。こんなことでは、できない人間はいつまで経ってもできないままです。
一般企業であればこのような場合、配置換えを試みたりするのでしょう。内勤と外勤とか、営業職と事務職とか、その人に適した部署や職種に異動することで解決を図るという話はよく聞きます。わたしも、Nくんに対してこれと似たようなことを考えました。つまり、問題のある業務から外し、できることだけやらせるのです。一見するとそれでもいいような気がします。しかし、診療放射線技師として本来できるはずのことができないままだと、いまはよかったとしても長い目で見たときには、Nくんにとってマイナスでしかありません。
効果的な対策をなかなか取れないまま1年が経ち、Nくんと同時に入職した2名は夜勤に入り始めました。最初の1年は夜勤のためのトレーニングも兼ねていますので、順調に行けば2年目からは夜勤に入ります。夜勤に入ると手当がつきますので給料も増えます。まだ夜勤に入ることのできないNくんと他の2名の間に、給与格差が生まれることになりました。
このまま夜勤に入れなくてもいいのか、と私は彼に問いました。いまなら絶対にしない質問です。どうにかしたいという気持ちがこの質問を口にさせたのかもしれません。「夜勤に入りたい」と答えた彼に対して、わたしはもっとなにかできることがあったのではないかと、いまでも考えます。
転機が訪れる
2年目になっても夜勤に入れず、仕事の内容も制限されたまま夏を迎えたころ、わたしの先輩から「若手の技師を探している」との連絡が入りました。その病院は、当院よりも機器や検査の分量が少なく、かつ救急病院でもないため、仕事の内容は当院に比べたら格段にシンプルでした。これならNくんにもできるかもしれないと思ったわたしは、すぐに彼に話してみました。
一度見学したい。Nくんはそう言って、電車で1時間ほど離れたところにあるその病院を訪ねました。その結果、彼は円満な形で退職し、その病院に就職しました。時折、うちのスタッフから彼の話を聞きますが、元気でやっているようです。少し前には結婚したという知らせもありました。
反省と学び
さて、このNくんのエピソードを読んで、みなさんはどのように考えたでしょうか。わたしが彼に対しておこなったことは、いまならハラスメントとして告発されてもおかしくないものだと思います。とても恥ずかしいかぎりです。
私が犯した間違いは、仕事ができない原因をNくんにしか求めなかったことです。Nくんの話をもっと聞くべきだったとか、指導する側にももっと工夫すべき点があったのではないかとか、あとから思いつくことはたくさん出てきます。前回の記事にも書いたように、責任者としてすべきこととは、
自分の思いを丁寧に伝えること
相手の話をしっかり聞き、わからなければ確認すること
と確認したにもかかわらず、Nくんに対してはそれがまったくできなかったのでした。
もちろん、すべきことをちゃんとやったとしても、Nくんが自立できたかどうかはわかりません。ですが本件に関しては心残りがいくつもあり、十年ほど経過したいまも苦々しく思い出すことがあります。
いくら説明してもなかなか伝わらないとか、何度指導しても同じ間違いを繰り返すとか、職場において、コミュニケーションに端を発する問題は枚挙に暇がありません。そんな状況に直面したとき、現場にいるわたしたちはどのように振る舞うべきなのでしょうか。
最近は、書店に行くとコミュニケーションに関する書籍がたくさんありますのでそこから学ぶことも可能ですし、それなりの効果もあるとは思います。しかし現場ではさまざまな状況が起こり得ますし、ことが起こったら即座に対応する必要があるかもしれません。ことが起こってから、本にはなんと書いてあったかな? とのんびり考えていては遅すぎることもあるでしょう。
大事なのは、このような事例に遭遇したあとだと思います。失敗したにしろうまくいったにしろ、なるべく早めに振り返りをおこなって、最適解がなんだったのかを検証することです。
ことが起こってからあれこれ調べたり考えたりしていては、改善のタイミングを逃してしまうこともあります。現場においては、その場での対応がものを言うことがけっこう大きい。ということはつまり、経験の蓄積が必要だということになりますが、単に経験するだけでは意味がなく、そこには振り返りがなければなりません。このようなことを何度も何度も繰り返していけば、次にことが起こったときの対応が少しずつ楽になってくる、かもしれません。
最初は誰でも失敗しますし、どれだけ経験を積んだとしても、いつも必ずうまくいくとは限りません。だって人が集まればどんなことだって起こり得るのですから。それでも、たとえ失敗を繰り返したとしても、やり続けなければ組織はよくならないし、スタッフも育ちません。腐らず焦らずやっていきましょう。