見出し画像

「ジャパノミクス」ってなんどいや?(27) ~ 自由市場資本主義という「物語」(ナラティブ)~

 (経済事象を解釈する。「事実」と「観念」ー「価値判断」の関係)

1980年の理論経済学会会長であった置塩信雄教授は「経済学の課題と方法」(「経済学研究のために1979年増補改訂第二版」神戸大学経済経営学会)の中で、経済学を学ぶとはどういうことであるか、その基本的な姿勢はどうあるべきか、ということについて、初学者に次のように説いています。

「ある特定の社会を対象とする経済学は、それがどのような社会であれ、次の諸問題を事実に基づいて理論化しなくてはならない。
⑴    その社会は、どのような自然に対する制御能力を持ち得たか
⑵    生産手段の所有関係と諸生産関係
⑶    諸生産行為の結果、どのような経済諸現象が生じるか
⑷    それら経済諸現象はどのように相互関連しあっているか
⑸    それら経済諸現象はどのように維持されるのか
⑹    それら経済現象によってもたらされる自然に対する制御能力がどう変化し、それが社会を維持するための閾値を超えたときにどのような変化が生じるのか
⑺    その結果、それら経済現象がどのように社会を変化させるのか」

置塩信雄氏は、マルクス経済学の数理的研究に功績を残された碩学ですが、マルクス経済学であれ、近代経済学であれ、経済学を志す者は、経済的事象を解釈し理論化するに際し、上の7つの視点をマイルストーンにしなければならないと説いたのです。

一方、制度派経済学者であるケネス・E・ガルブレイスは、経済社会と理論の関係について「現代の経済生活、社会生活を理解するに当たってまず必要なことは、事実とそれを解釈する観念との間の関係をはっきりつかむことだ」といっています。(「ゆたかな社会」決定版(鈴木哲太郎訳 岩波現代文庫))
つまり、ある者が経済社会において生じる「事実」を解釈しようとする時には、必ずある「観念」が存在していて、その影響を受けながら、理論というものが編み上げられているのであるから、その「観念」がいかなるものであるのかつかんでおくことが大切だというのです。

これを煎じ詰めれば、同じ経済事象であっても「解釈する観念」が異なれば、違ったかたちで理論化されることになるし、もっといえば、自分に都合良く解釈し、「事実」の方を「理論」に幅寄せすることも不可能ではないということになります。

こうした恣意的な理論化の危険性を極力回避するために、マックス・ウェーバーは、経済学などの経験科学は「価値自由の原則」(事実と価値判断を切り離す)に立たなければならないと説いたのですが、現実はなかなか難しいものです。
ですから、スウェーデンのノーベル経済学者グンナー・ミュルダールは、そもそも事実認識と価値判断は切り離すことはできないので、経済的諸問題を理論化するに当たっては、予め自らの価値判断を明示しておくことこそが重要であるとしました。これを「価値前提の明示」といいます。

つまり、ガルブレイスもミュルダールも、理論化の前に「観念」すなわち「価値判断」が不可避的にある、ということを認め、当時のアメリカ経済学の主流派であった「価値自由の原則」を前提とする新古典派経済学へ一石を投じたのです。

(自由市場資本主義の前提となる「観念」について)

1980年代頃から、欧米や日本などの先進諸国では、共通して「自由主義」「民主主義」「市場主義」という「観念」を前提とした経済理論が正当なものであるとする思潮が主流になってきました。
そして、経営論においても、そうした「観念」に基づいて、企業統治論や市場理論、「国際基準(グローバル・スタンダード)」というルールや規範といったものが、統一的に定められるべきである、というふうに考えられるようになりました。

つまり、「グローバリズム」は、この「自由主義」「民主主義」「市場主義」の「観念」による世界経済の一体化への試みにほかならないのです。
従って、もしそこに「異形な」経済システムをもつものがあって、他のメンバーに障害を与える可能性が高いとされた場合には、それを是正させなければならないし、それが不可能であれば、国際経済からの切り離しも考えなくてはならないとされます。いわゆる「デカップリング」です。

当時の欧米の基準からみれば「ジャパノミクス」もそのようなもので、「自由主義」「民主主義」「市場主義」の「観念」からはずれたものであるとされ、その存在そのものが不適切でこれを是正しなければ、日本はグローバル化できないと考えられたのです。それが「日米構造協議」の基本的な立ち位置だったのです。

そして実際、1990年代までに異形の日本経済はバブルの崩壊により失速しましたし、ソ連や中国の「上からの社会主義経済」も東欧の「自主管理社会主義」も瓦解しました。こうした事実が、「自由主義」「民主主義」「市場主義」の正当性を証拠づけることになり、自由市場資本主義と「グローバリズム」の教義は圧倒的な存在感を持つようになってきたのです。

(「グローバリズム」を正当化しているもの)

そもそも、「グローバリズム」の前提となる「国際基準」とはどのようなものなのでしょうか。

過去の歴史を紐解けば、国や地域同士の交渉において交わされた様々な主張や法令・条約は、その時どきの「強者の論理」によって、都合良く取り扱われてきたということがわかります。

例えば18世紀以降のイギリスが自由貿易を主張したのは、英蘭戦争に勝ち、いち早く産業革命を成し遂げて、世界貿易の覇権を握ったことを背景にしています。この自由貿易主義が、イギリス帝国主義や植民地獲得の理論的背景となりました。アヘン戦争の「大義」も、実は自由貿易の保護にあったのです。

そして、1990年代以降のアメリカの金融を中心とする経済的隆盛の理論的背景となったのが、自由市場資本主義と「グローバリズム」です。IT革命と金融革命の先進国であったアメリカにとって、この二つの「観念」はまことに都合の良いものだったのです。

経済理論は、時の政治的な要請や価値判断と無縁ではあり得ません。佐伯啓史氏がいうように、アメリカの経済学は、アメリカ経済の理解のために有用なのであって、それがどの国の経済の理解にも有益であるというわけではありません。アメリカで育った経済理論には、アメリカにとって都合の良い「価値観」が潜んでいるからです。

(自由市場資本主義の出発点)

自由市場資本主義は、その名の通り「自由主義」と「市場主義」を出発点としています。
ところが、自由市場資本主義の「自由主義」というのは、フリードマンの説く「新自由主義」のことであって、後に述べるJ.S.ミルを創始とする社会思想的な概念である「自由主義」とは、だいぶと違っています。

「新自由主義」は、自由主義・民主主義の諸国がファシズムと戦った第2次世界大戦期から戦後期にハイエクやフリードマンによって提唱されていたものですが、当時から経済学の主流というわけではありませんでした。
むしろ、戦後の経済学は、均衡理論などのミクロ理論とケインズ理論を取り入れた新古典派経済学や産業連関分析などのマクロ経済政策への応用が主流でありました。

しかし1970年代後半、スタグフレーションに見舞われたアメリカ経済にたいし、経済政策がこれまでのようにうまく機能しなかったことから、レーガン大統領の登場とともに「経済の回復にとってケインズ理論による総需要管理と通貨管理は有効でないばかりか、経済の自立的安定や成長のための攪乱要因となっており、むしろ政府は利潤を専一に追求する自由市場に任せ、裁量的通貨政策は放棄すべきである」とするフリードマンらシカゴ学派の新自由主義的政策が有力になってきました。

主唱者フリードマンは「資本主義と自由」の中でこう語っています。
「経済活動をうまく調整する方法は基本的に二つしかない。近代の全体主義国家のやり方、もう一つは市場の自発的協力を通じた調整である。」
そして市場において、当事者双方が十分な情報を得た上で自発的に行う限り、経済取引はどちらにも利益をもたらす。政府の役割としては自由市場のゲームのルールを決める審判役として必要不可欠ではあるが、直接ゲームに参加する範囲を最小限に抑えるべきで、市場における経済活動の運営は控えなければならない、と主張しました。

つまり、フリードマンの「新自由主義」の思想の根本には、個々の人間の利益追求を目的とする自由な行動こそが金銭的かつ社会福祉的利益の点からして最大の結果を産むという考えがあって、政府は市場への介入を控え、その役割は自発的取引を助ける範囲に止められなければならないとしたのです。

こういった経済観はその後さらに進められ、1980年代に「合理的期待形成仮説」というすぐれて数理的に精緻な、しかしながら人間が本来もつ心理的側面を全く無視した経済モデルに辿り着き、これに対してノーベル経済学賞が与えられます。
ロバート・ルーカスやトーマス・ジョン・サージェントらは、市場を構成する経済主体が、入手しうるすべての情報を用いて、最も合理的に経済予測を行い、それに基づいて最適な行動を行うという前提のもとでは、政府の裁量的な経済政策は直ちに補正されて、短期的にも長期的にも無効となるということを論証したのです。

しかし、現実の経済社会に生きる人びとにとって、市場参加者が「完全に十分な情報を得た上で合理的に」振舞える世界をなど想像することも出来ません。
むしろ、資本主義が成長していく原動力の底には、経済主体間の避けがたい「情報の非対称性」から生じる超過利潤の追求という位置エネルギーの存在があります。
実際には、自由市場における利潤は、より有利な情報をいち早く入手して相手方を「出し抜くこと」によって得ることができ、逆に損失の原因の多くは誤った情報を掴んでしまうか、情報の入手に失敗したことにあります。情報の偏在は、倫理的にみても不愉快で美しくない現実ではありますが、これなくして利潤は生まれない、バイアスを前提としない理論は現実には役に立たない、と思うのは、まったく自然なことであります。

また、フリードマンは「企業の社会的責任は利益を増大させることにつきる」と主張しました。この考え方は、広くアメリカ社会に受け入れられ、1980年代以降に「リバタニアン」と呼ばれる行政官や経済学者によって現実的な政策として極端に推し進められました。

「新自由主義、市場原理主義」の申し子ともいえるFRB議長であった「マエストロ」アラン・グリーンスパンは2007年にこう言っています。
「私は、市場に任せれば効率化が進み、そのことが民主主義に貢献するという政治哲学を持っている。そう信じるのはイデオロギーからというよりも自由主義が世界経済にとって最良の方法だと信じるからだ」。

しかし、「新自由主義、市場原理主義」的政策は、サブプライムローン問題(リスクの高い低所得層向け住宅ローンを証券化し、金融商品としたもの。後にローンが不良債権化することによって深刻な信用収縮をもたらした事件)に行き着きます。
そこでは「リバタニアン」を信奉する金融業者のニーズに応えて、実物経済に関わりの薄い数学者たちが、土地、株、為替、商品、何か目新しい事業などを素材として、金融工学という高度な統計的数理的手法で「確からしい」装いを纏った金融商品、いわば「ガマの油」(喩え:霊力を持ったガマガエルからとった油で出来た万能薬として、江戸時代に香具師が巧妙な口上とともに露天販売したことに由来する)を精製していきました。

金融業者が「価値自由の原則」に則って、金融工学の天才たちに「ガマの油」を作らせ、それを別の金融業者がリスク・レイティングして権威づけ、「自己責任の原則」に則って投資家が、それを選び取る、という図式が生まれます。しかし、それは所詮問題のある素材を加工した「まがいもの」であったことが後に明らかになり、リーマンショックをもたらしました。

問題なのは、実物経済に近い経済主体ほどーすなわち、サブプライムローンによって不動産を買った多数の債務者と、「ガマの油」と知らず金融商品を買った投資家ーが、損失の多くを引き受けることになったことです。

自由市場資本主義の下での取引プロセスにおいては、経済合理性以外の価値判断はなく、自己責任の原則が貫かれなければならない、とされます。取引者はだまされたと思うかもしれませんが、それは経済の自律的運動によるものであって、プロセスそのものに合理性があって、明確な虚偽、不正がなければ、サブプライムローンの借り手も投資家も、損失や破産を甘受しなければなりません。

実際、金融商品のメニューを提示した金融業者やそれを生み出した金融工学の天才たちには、もとより投資家を騙そうといった悪意を持っていなかったし、低所得者に住宅を提供する金融の仕組み自体、当初は社会から認められていました。彼らの「強欲さ」こそ非難することはできますが、自由市場においては個々の経済的判断の「善悪」「正邪」といった倫理的な部分は議論の外におかれているのです。

こうした民主主義の装いを纏った市場主義というのは、一見正当なもののように映りますが、実は「多くの情報を持つ」経済的強者、エリート層や富裕層にとってまことに都合のよいものです。実際に自由市場資本主義が浸透しきったアメリカでは、2000年代以降、スーパーリッチとワーキングプアの格差は深刻なまでに拡大したといわれています。

(自由市場資本主義という「観念」が日本にもたらしたもの)

さて、これから考えなければならないのは、この自由市場資本主義と「グローバリズム」の「観念」が、その後の日本にどのような帰結をもたらしたかであります。
バブルに喘いだ日本が、「ジャパノミクス」を放擲し、「構造改革」を行って自由市場資本主義と「グローバリズム」に活路を見出そうとしたことはこれまで述べてきたとおりです。

1980年代までの日本においては、勤倹、勤勉、貯蓄、共助、社会的平等を重んじる傾向がありました。しかし1990年代後半から自由市場資本主義の「観念」が重視されるようになり、「構造改革」のもとで規制緩和や民営化、競争促進による経済効率の向上が優先されるようになるにつれ、人びとは経済格差の是正や社会的分配には無関心になってきたように思います。
むしろ、社会的分配を重視して、高い税負担や社会保険料を課すことは日本全体の経済効率を阻害し、個々においてはモラルハザードを生み、自立精神や向上心を損なうと考える人が多くなったかもしれません。

このように同時代を生きる日本人が、たった10年ほどで、50年かけて築き上げた「ジャパノミクス」から自由市場資本主義への変わり身を遂げた背景を理解するには、以前にも触れた山本七平氏の日本人の気質に関する分析(「空気の研究」)を引用するのが良いでしょう。

ー日本人同士の意思疎通や意思決定プロセスには「空気」という目に見えない媒体があり、これを理解せず発言したり、行動したりすることは「空気が読めない」として批判されたり、逆に「空気を読んで」本意に反する発言をしたり、沈黙してしまったりする傾向が強いのです。

こういった、日本人社会の持つ特性が、1980年代後半からの日本経済の混乱期を境に、「日本経済は素晴らしい」から「グローバリズムに乗り遅れた日本経済は全然だめだ」という風に、180度方向転換するときに作用したと思われます。

「空気」は一瞬にして変わる性質を持っています。このとき、日本経済の特質である「ジャパノミクス」はだめで、これからは「自由主義」「市場主義」「グローバリズム」だというふうに論調は一変してしまったのです。
それは、終戦直後に「軍国主義」から「民主主義」に一斉転向した時、あるいは、幕末の「尊皇攘夷」から「倒幕」、「御一新」へと展開する日本社会の変わり身の早さと相通じるものがあります。

ガルブレイスは「議論が正しいかどうかというよりも、聴衆の賛成が得られるかどうかということの方がよほど論者を左右する」といいましたが、日本の社会はその傾向が特に強いのです。

かくして1990年代後半以降の日本は、自由市場資本主義の教義に従って、構造改革を推し進め、徹底した市場主義とグローバル化を進めてきましたが、実際のところ、日本はデフレと低成長が続き、近隣諸国ほどにも豊かになれなかったし、その間、通貨「円」とともに経済力は相対的に凋落し、一方で国内では中流層が細り「格差」だけが広がっていきました。
日本もアメリカと同じように、国民の平均家計所得の増大のかなりの部分が金融所得を多く保有する富裕層に負っており、中間層は薄く、低所得者層の可処分所得は低いままで、つまりは経済格差だけが拡大してしまったのです。

いまや自由市場資本主義とグローバリズムの「観念」が、唯一無二のものではなく、アングロサクソン型の経済社会の中でワークする「物語(ナラティブ)」のひとつに過ぎないことを認識し、それが日本の社会にふさわしいものでありつづけるかどうかを見直さなければならない時期にきています。

確かに、われわれにとって「自由主義」とは、かけがえのない「観念」です。
しかし、日本にこのような帰結をもたらした自由市場資本主義の「観念」が、J.S.ミルやハイエクが語っていた「自由主義」とずいぶんちがっているということについて、次講ではみてみたいと思います



いいなと思ったら応援しよう!