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アングラの王子様 29

こうして私達は、新しい台本を元に稽古を始めた。
爆破予告があってから、私達4人の結束はより強まったように感じる。
定期公演に向けた熱がますまず高まっているのだから皮肉なものだ。
とにかくまず台詞を覚えないといけない。
私以外の3人は、早々に台詞を覚えた。
今井君は長台詞があるのに、さらっと台詞を覚えてしまった。
やっぱり今井君には演劇の才能があるらしい。
それに比べて私は才能がないのかもしれない。

「焦らないでくださいね。台詞を覚えるのが早かろうが遅かろうが、公演当日ちゃんとお芝居ができれば、お客さんにはそんなことわかりませんから」

谷垣さんの言葉を胸に、毎日台本に向き合った。
台詞を覚えるために、いつも台本を持ち歩き、暇があると台詞を呟いた。
食堂でカレーライスを食べながら台詞を暗記しているところに、ユミがやってきた。

「あんた最近ぶつぶつ言ってるけど大丈夫?爆破予告されて精神病んじゃった?」
「違うよ。台詞覚えてるの?」
「台詞?」

ユミが台本に目をやる。
ふうん、と納得した様子で向かいの席に座った。

「結局やるんだ、定期公演」
「あんなのに屈したくないから」

新しい台本が配られた帰り道、今井君が言っていたことを思いだした。

「脅されて相手の要求に一度でも従ったら、それからずっと同じことが続くんだ。こいつは脅せば言いなりになるって相手に思われたら、一生そいつの要求に従わないといけない。だから、定期公演は絶対に成功させなきゃいけないんだ」

今井君は静かに、でも目の奥に強い想いを宿らせて言った。
私はその隣で静かに頷くことしかできなかったが、今井君と同じ思いだった。
私が険しい顔をしていたからだろうか、ユミは突然私の頬を抓った。

「痛っ・・・!なにすんのよ!」
「あんたの気持ちは何となくわかるけどさ。ちょっと力入り過ぎじゃない?」

ユミは「隙あり!」と言って、私のカレーライスを一口食べた。
変わらない友人の姿に、私は肩の力が抜ける気がした。
カレーライスを食べながらユミは言った。

「演劇のことはよくわかんないけどさ、そんな怖い顔してお芝居してるのなんて、誰も観たくないよ。少なくとも私は」

ユミに言われてハッとした。
爆破予告があってから、稽古に対していつも以上に熱を注いできた。
しかしそれは、純粋にお芝居に向かっていくというよりは、唐沢マリンに負けたくないという気持ちの方が強かったかもしれない。
そんな気持ちでやるお芝居なんて誰も観たくないだろう。
ユミの言う通りだ。

「ユミ、ありがとう」
「あんたは考え過ぎちゃうところあるから、たまには私に相談しなさいよ」

ご馳走様と言ってユミは足早に立ち去った。
その後ろ姿を眺めながら、もう一度「ありがとう」と呟いた。
カレーライスの方に目を下すと、お肉が無くなっていた。
他人のカレーライスのお肉を全部食べてしまうところがユミらしい。
私は溜息をついた後に、噴き出してしまった。

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