「3階にもオペ室があるんだぜ」 内科の実習が終わって、学生用ロッカーへ続く病院の白くて長い廊下を歩いているときに同じ実習班の鈴木くんが僕に言った。 そんな訳はない、と僕は思った。 オペ室は病院の地下1階にある。 3階の外来棟には皮膚科や眼科などが並んでいてオペ室が入り込む余地などないし、病棟にもちょっとした縫合などを行う処置室こそあれどオペ室なんてどこにもない。 第一、もう何か月も病院で実習しているというのにそんな話聞いたことがない。 鈴木くんの冗談だろう、と話半分に聞いて
その老人ホームは廃校のような外観だった。 リノリウムの床には摩擦やなにやらで黒く傷が入っていて、天井の剝き出しの配管を黄色がかった蛍光灯が照らしていた。 天井は低く、狭い廊下が長く続いていた。 薄暗い病室には四つのベッドが押し込められていた。 先生によると年金でもお釣りの出るくらいに安い施設とのことだった。 家族が一か月に一度年金のお釣りを回収しに来るらしい。 施設に入ると奥の部屋に案内された。 その部屋の真ん中に身体が横たえられていた。 身体は不自然なくらいに青白かった。
今日の訪問診療は残すところあと一軒だった。 どんな家なんですか?と尋ねると先生が答えた。 「うーん、まぁ、俗にいうゴミ屋敷ってやつですねぇ。臭いに耐えかねたら車で待っててもらっても構いませんよ」 やれやれ。車は大通りから右折して狭い道路をゆっくりと進んでいった。 フロントガラスをワイパーが何往復も横切っている。 小さな茶色の平屋だった。 玄関はすりガラスの引き戸になっていて、その横幅の四分の三くらいにわたって堆く荷物が積み上げられているのが、すりガラス越しにぼんやりと見てと
僕はきっと医者になる。のだと思う。 実習先の病院は鄙びたところにあって僕の住んでいるところから自転車で行くには少し距離があった。 病院までの道中で男女の二人組が僕の前を自転車でゆっくりと走っていた。 彼らは大人になってから今日の日のことを思い出すのだろうか。 彼らとは丁字路で別れた。 職員用の駐輪場が分からなかったから、患者用の駐輪場に自転車をとめた。 駐輪場は病棟のすぐ隣にあって日が当たりづらいから屋根に苔が生していた。 集合時間よりも大分早く着いてしまって受付の前の
海辺に灯台が立っている。 船は灯台の光で海と陸の境を知る。船から灯台が見える。海から灯台が見える。 灯台からも海が見える。 よく晴れた夕暮れだった。水平線が大きすぎる弧を描いて画角からはみ出していた。波は穏やかに寄せて引いてを繰り返しながら少しずつ水位を上げていた。満潮まではあと数時間だった。 三角錐のような消波ブロックがお互いに嵌りあうようにして何個も海岸に積まれている。その上を10歳くらいだろうか、少女が軽快に移動していた。 消波ブロックの近くの道には「危ない!入って