「決意表明」(汚エッセイ)


「もっと強くならないとな。」
行き場のなくなった未熟な生命達を無情なまでに力強く握りつぶす。
その握力が己の決意の強さを表してるかのように固く拳をつくってみたが、不本意に世に放たれた不運な生命と手のひらを隔て、ゆらゆらと揺れているティッシュを見ると虚しさが加速するばかりでやるせない気持ちになった。

 2か月ぶり78回目となる決意表明は、そんな青臭さが漂う部屋で執り行われた。
「大切なモノを失った時」「自分自身を裏切ってしまった時」「お笑いの賞レースに感化された時」「女に振られた時」など経緯は様々だが、その度に穴だらけの頼りない旗を掲げては、無理矢理にでも前を向こうと己を奮い立たせてきたが、根拠のなさでぬかるんだ土地に建てた旗なんてものは、ほんの少しの向かい風や地響きなんかでいとも容易く倒れ込んでしまう。
こんな旗なら、ハンバーグの上に突き刺さされた小さな異国旗の方が数段価値がある。
子供を笑顔にさせる事のできる異国旗に対して僕の旗は完全に白旗だ。ややこしい。

 そもそも、無理矢理に前を向いた所でそれが自分にとって正しい道なのかもわからない。地図もコンパスも持っていない人間にはそれが進むべき道のりなのかすらも分からない。
 
 いっその事、全てを投げ出して歩く事を辞めてしまえば良いのかもしれないが、そういう性分でもなければ度胸もない。

 繊細なくせに簡単には腐りきらない妙なタフさを持ち合わせてしまっているからタチが悪い。ただそこで寝そべる事ができないのだ。そういう意味では社会のレールからは外れきらないように最低限のモラルと責任感を芽生えさせてくれた親の教育には感謝している。
 僕の家は物凄い裕福ではないけれど、欲しいものはある程度買ってもらえたし、やりたい事を否定されるような事は殆ど無かった。両親が不仲だったというのはあるが非行に走らざるを得ないほど劣悪な状況ではなかったし、世間一般でいう"恵まれた環境"の審査は余裕で通過している家庭だったと思う。勿論、子供の頃にはそんな風に考えた事は一度もなかったが大人になるとその偉大さがよくわかる。

 だが環境が恵まれている分、それを言い訳に出来ない不自由さを感じる事もあった。ある程度整った環境が用意されてる以上、勉強が苦手な事も、努力が不得意な事も、精神が脆く儚い事も、全てが自分の責任。環境という逃げ道が塞がれているからこそ己の至らなさがより鮮明に浮き彫りになっていく。
 
 だったらいっその事・・・。
いや、辞めておこう。これ以上に悪い方向に思考を働かせると自分の事がもっと嫌いになりそうだ。
 自分の事を自分すら見放すようになってしまったら、この卑屈な魂の入れ物と化したガラクタのような肉体の後始末を誰がしてくれるというのだろうか。

 テーブルに目を向けると、仕事帰りに買ってきた500mlの缶チューハイが半分くらい残っている。今日の仕事の疲労具合からすると余裕で飲み切れる計算で買ってきたのだが思いの外喉を通っていかなかった。
「小さいのにしておけば良かったな」とそっと呟いた。自分が必要としているお酒の量すら見誤るだなんて、自分で自分の事をまるで理解できていない。
 こんな自分なんて・・・。
いや、辞めておこう。

 今は何を考えても自分を殺す様な発想に結びついてしまう。こんな日はすぐに寝てしまおう。歯磨きもシャワーも浴びていないがそんな事は知った事がない。早く毛布で包みこまないと心がうまく形を保てなくなるような気がしている。

 時刻は午前10時。夜勤明けの朝はいつも以上に外が騒がしく感じる。ゴミ収集車が家の前の通りに数軒あるゴミ置き場をなぞる様にゆっくりと進んでいく。
 四足歩行の鉄の化け物が大きな口を開けて袋詰めされたゴミ達を次々と飲み込んでいく。化け物が奏でる大きな咀嚼音は想像以上に耳障りが悪く僕の睡眠を妨げる。
 化け物が通り過ぎるのを毛布の中でじっと待っている。この時間があれば歯磨きも出来たじゃないか。大体、お前は自分の時間を無駄に使いすぎだ。そんな事だからお前はいつになっも・・・。
いや、辞めておこう。

 布団の中ではどんな時でも紳士であれ。どっかのヤリチンが言っていたような気がする名言とは程遠いフレーズを思い出し気持ちを鎮火させる。

 紳士になったところで手にした愛を誰に向ければ良いのかばわからないが、たまには有り余った愛を自分自身に注いで見るのも良いだろう。今日は自分を傷つけ過ぎた。使い古してぺちゃんこになった枕を女の様に抱きかかえてみた。小さく萎んだその身体は幼女とも老婆とも取れる歪な抱き心地。罪悪感とも似た複雑な感情が渦巻いてくる心とは裏腹にふつふつ熱くなる箇所を見つけ思わず吹き出してしまった。
 
 失意の中歩いたダンジョンの先に見つけた魔法石のように力強くその輪郭を確かめる。
「このままでは終われないよな」と吐き捨てて、そっと目を閉じた。

 いつか迎えるであろう新たな決意表明のその日までもう少しだけ戦ってみようと思う。

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