
ミュージカルHERO DEIが必要な男たちの連帯物語、ベストタイミングで日本上演
ミュージカルHEROの初日を観劇しました。昨年秋にいろいろあってメンタルが不安定になり、まとまった量の文章をこまめに書くとか、観劇の感想をまとめるとかができなくなっていたのですが、久しぶりにnoteを書きたいという気持ちになりました。このタイミングでこの作品が日本に来たこと、この作品の主演を1番好きな俳優が務めたことがとても嬉しいです。
好きな主演俳優の幅広い音域の歌が聴けることも、今まであまりやってこなかったタイプの役の芝居が見られることも嬉しかったのですが、何よりストーリーがよかったです。
恋や夢の実現が全てを解決するわけではない…心に傷を抱えたキャラクターのリアルな描写
途中までは、「ガールフレンドを手に入れて平凡な人生から抜け出そうとする青年のサクセスストーリー」のように見えてしまい、若干助長に感じられるシーンもあるのですが、傷を抱えたはぐれものたちが自分を受け入れて連帯する話でした。ガールフレンドができても、ずっと憧れていた仕事が手に入っても問題解決には至らないけれど、自分で自分を受け入れることで前が見えるという落とし所がとても良かったです。
舞台はアメリカ、ウィスコンシン州ミルウォーキー。どちらかといえば田舎の街のとあるコミックショップです。主人公ヒーローは両親が10年前に交通事故にあって以来、おそらくPTSDのような状態にあるようです。自分のせいではないことを過度に自分のせいだと思い込んだり、人のせいではないことを過度に人のせいだと思い込んだり、ショックなことがあると自分のからに閉じこもってしまうようなところがあります。
田舎町の実家に暮らし、親のコミックショップと街のバーでのアルバイトで稼ぎ、いろいろな支払いに追われる生活に飽き飽きしながらも、細々趣味で絵を描き続けています。
事故以来足が不自由になった父親アルのコミックショップ(どうやら両親が初めて、母親が中心になって切り盛りしていたようです)には、仕事が忙しいシングルマザーと暮らす少年ネイト、実家に暮らす中年カイル、劇中でゲイと判明する青年テッドなど、なんともウィスコンシンという共和党優勢の州では生きにくそうなコミックオタクたちが集まります。
そんなある日、ミルウォーキーに10年前に進学のために街を出たヒーローの元カノジェーンが帰ってきます。
中盤まで、ヒーローがジェーンと再び親しくなったり、そのおかげで自分の描いたコミックを出版社に送ってみたり、編集者がヒーローを訪ねにきたり…といったよくあるサクセスストーリーのような進み方をします。
しかし、心臓を患っているアルの様子にヒーローも一進一退を繰り返す様子が描かれます。過去のジェーンとの別れは「ジェーンに捨てられた」のではなく、ヒーローが殻に閉じこもってしまった結果ジェーンもヒーローに拒絶されたと思ってしまったというすれ違いだった…ということが判明したにも関わらず、再びジェーンと親しくなるのを怖がる様子を見せます。事故以来自分の中で罪悪感が消えず、自分が代わりに事故にあっていれば…と思ってしまうと打ち明けたり少しずつ昔とは変わろうとしているヒーローの様子が非常にリアルです。
しかし終盤、アルが亡くなり、ヒーローはまた完全に殻に閉じこもってしまいます。ジェーンが何度電話をかけてもヒーローは応じません。まるでそのまま10年前に戻ってしまったような状況が、メンタルに大きな打撃を受けた人の様子として本当にこまやかな描写だと思いました。
コミックショップをもう閉じてしまおうとするヒーローを必要としていたのは、父親が家を出、仕事で忙しく構ってくれない母親と2人で暮らして"僕にはアルしかいない"というネイトでした。自分を必要とする人の存在に気づき、これまでいた場所での自分の役割に気づき、コミックショップという場所を守り続ける決心をしたヒーローは、少しインザハイツのウスナビに似ているように感じました。
ネイトの訴えによってヒーローが前を向いたところで、ジェーンがコミックショップに姿を現します。ジェーンもまた、3度目の"愛した人からの拒絶"を経験するところだった、怖かったのだと気づかされる切なくて美しい最後でした。
ヒーローのPTSDのような症状はもしかしたらまた何かのきっかけで起こるかもしれません。それでも、ジェーンやネイトたちと寄り添いながらミルウォーキーのコミックショップで生き続けていくことを受け入れたヒーローはたしかに大人になっていました。
理想的なマイノリティの連帯と現実のコミックのファンダム
コミックショップに集まる面々は、かなり理想的な仲良しです。ネイトは構ってほしさからか、アルやテッドやカイルにかなり試し行動のようなちょっと意地悪な言動をとります。それでもアルはネイトに真摯に接し、いかに妻を愛していたか話したり、男らしさというのは女にモテることやハルクのようなパワーなどではないと語って聞かせます。テッドもアメコミに関するクイズで場を盛り上げます。
また、テッドがゲイをカミングアウトした時も、店のみんなはそんなことは知っていたし驚かないと言ってテッドを安心させようとします。
この連帯をアメコミショップという題材で描くのはかなりリマーカブルなんじゃないかと、いちスターウォーズファンの筆者は思いました。
日本のアニメオタクファンダムにも往々にしてあることですが、オタクコミュニティは、マウント合戦が起こりやすく、マイノリティに不寛容だったり、時に露悪的攻撃的になることがあります。スターウォーズのファンダムいうと、記憶に新しいのは、ep7〜9に出演した黒人やアジア系女性の役者に対する中傷の苛烈さがありました。
障害者やゲイという属性のキャラクターが作品内にあらわれると、オタクがノイズだと感じる顔を顰める現象はかなりの数挙げられます。そんなアメコミファンダムのカリスマオタク店主として足の悪い(おそらく息子同様PTSDのような症状もある)老人が描かれ、彼を中心にマイノリティオタクたちが温かい連帯を作っているのです。
ネイトが女の子を弄んでこそ男というようなことを言ってアルに嗜められたり、女の子をデートに誘うとかエッチな話題とかも多少彼らの会話に登場はするのですが、父親だけでなく店の冴えない青年たちもヒーローに仕事が舞い込んできたことを一緒になって喜んだり、蹴落としやマウントとはあまり縁がないように見えます。
コミックのファンダム×有害な男らしさから脱した絆というのは非常に良い組み合わせに思いました。
相手を型に嵌めず他者と自分を認めるという今作のテーマは、ある意味主演の有澤さんが次作に控えているキンキーブーツとも近いように思いました。キンキーブーツほどショーアップされた賑やかな作品ではないけれど、たしかに暖かさを持って帰れる良作でした。彼が今作を「代表作になりそう」と発言しているのはとても良いなとおもいました。
ウィスコンシン州は前回の大統領選でも共和党が勝利しました。足の不自由な人やゲイ、いわゆる理想的ではない家庭の人たちはより片隅に追いやられることになりました。上演が決まった時はトランプの勝利やDEI廃止の波を予想していたからなんてことはないでしょうが、そんな時期にこの話が日本で上演されたことにほんの少しの希望を感じました。
余談ですが、Foorinのメインボーカルをやっていた子が一応もう「子役」とは呼ばないようなネイト役をやっていて驚きました。キーになるとってもいい役でした。