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インザハイツを見た
銀河劇場でインザハイツを見ました。ジョジョから好きになった松下優也さんを見たかったのと、もともとディズニー好きで「モアナ」や「エンカント」の曲も好きなのでリン=マニュエル・ミランダの代表作のひとつとしても興味がありました。ウスナビは平間壮一さんの回を見ました。
ラテン系の移民が多い地区に住む人々が、離れ離れになりそうになるも、主人公はその地区に残ることを決意する話でした。劇場を出る時はとにかくパフォーマンスの素晴らしさに呆気にとられていたのと、懸命に生きる移民のひとびとのストーリーを都心の劇場で高いお金を払ってみている人たちのギャップに少しクラクラしてしまったのとで、あまりストーリーが印象に残っていなかったのですが、あとからじわじわストーリーの良さに気づきました。
まず「懸命に生きる移民たちのストーリーを都心の劇場で高いお金を払ってみている人たちのギャップに少しクラクラしてしまった」話です。よく、レミゼや1789といった作品のテーマも、そういった作品を見る割に保守的(お金がある程度自由に使えて年齢層のボリュームゾーンは中高年なので必然と言えば必然なのですが)なミュージカルの客層が話のネタになります。私は特にこの作品で、今までで1番そういう面での「居心地の悪さ」のようなものを感じました。曲調やステージ上の美術はポップで、軽快で、次々と素晴らしいパフォーマンスが繰り広げられてどんどんノリノリになるのに、どこか今自分が何にも脅かされることなく7500円(A席で見ました)の椅子に座っていることと家賃が払えず街を出ていくハイツの人のギャップを感じてソワソワしました。
舞台上はほぼずっとハイツにある3軒の店と1軒の家が並ぶエリアです。ロザリオのタクシーの営業所に、アブエラの家に、ウスナビのドラッグストアに、ダニエラたちの美容室。この全てがいっぺんにバラバラになってしまいそうになる。私は大学生活の最後の1年を思い出しました。コロナ禍に襲われ、オンライン授業になって街から学生がいなくなったことでたくさんのお気に入りの店がなくなってしまった。愛着のあった飲み屋や定食屋などが姿を消してしまったのです。私にとっては大事件でした。ほとんどみんなが昔からの顔見知りで親しいハイツの人々にとっても、美容院の立ち退きと、タクシー営業所の買収と、アブエラの死がいっぺんにきたことがどれだけの大事件だったかが手に取るように感じられました。ウスナビまでドミニカに帰ってしまったら、そこはもはや彼らのハイツではない別世界。くるくる盆が回ったり、大きな転換が挟まれることなく、お店が元の位置から引き出しのようにちょっと真ん中に出てくることで物語が展開する理由がわかりました。あの4軒がならんだ画がずっとないとウスナビの決意が、ウスナビの存在が際立たないのだと思いました。
ウスナビは、周りのみんながどんどん先へ進んでいくけれど自分は「街灯」のようにここにずっといる不安と、いつかドミニカに帰る夢を冒頭で語ります。物語の頭で示された目的は、結局叶えられずに終わりました。「街灯」のようにハイツから離れていった人々を見送ってそこに残ったのです。一気に2軒も街から馴染みの店が消え、みんなが好きだったアブエラも亡くなってしまったけれど、ウスナビはそこにい続けてくれるんだという事実になんだか胸が熱くなりました。愛着のある街の風景を残してくれる存在を抱きしめたくなりました。見終わった直後の「パフォーマンスは凄かったけど話の印象があまり残ってないな」という感想がさっぱり消えました。
世の中には実は「主人公が望んだ夢とは違う場所にたどり着いたけれど、それを受け入れて幸せになった」という話がそこそこあります。そして私はそこそここのタイプの話が好きです。ミュージカルだと、「美女と野獣」にA Change in Meが加わったことでこういう系列になりました。「ウェイトレス」も近いかなと思います。現実の人生を肯定してもらったような気がします。移民をとりまく厳しい環境やDVの問題を根本的に解決できたわけでもないし、傷ついた人もいる物語ではあるので、手放しで全てをめでたしめでたしと言えるストーリーではないけれど、最初に歌われた目的を必ずしも達成しなくてもいいというのは懐の広さと言っていいでしょう。
ちなみに、人によっては「VIOLET」も同じような系統と感じるのかも?と思いましたが、私はかなり苦手でした。さんざん公民権運動やベトナム戦争といった時代背景を匂わせながら、ルッキズムにがんじがらめにされた主人公が失望し、黒人の理解者とくっついて「気の持ちよう」のような結論に落とし込むのが納得しにくかったです。なんの違いなんだろう。
パンフレットに掲載されていたIn The Heightsの楽曲解説が大変よかったです。前知識なしで見ると拾いにくかった背景や歌詞が多かったので、必ずまたみたい、できればいつか英語でも見たいと思いました。