ナクバの日、テイラースウィフトファンとしてパレスチナに思うこと
テイラースウィフトと政治的発言
「普段BLMやMeToo、投票の呼びかけといったさまざまな政治的なアクションを起こしているのにも関わらず、パレスチナ問題について沈黙を貫くセレブリティのSNSアカウントをブロックしよう」という動きがあります。セレブも、その動向に注目するファンやアンチを含む大衆がいなければ"ただの人"というわけで、影響力を持ちながらそれを有効活用しない彼らの影響力を無効にしようという主張のようです。
その中でも特に標的になっているのが、2月に来日して日本でも注目されたテイラースウィフトです。テイラーは現在ワールドツアーを大成功させたり、グラミー賞で最も権威あるアルバム賞受賞、しかも4回目を達成したりと、世界的な影響力を持ち、昨年TIME誌の今年の顔に選ばれた人物です。
ただ影響力を持つアーティスト、というだけでもアメリカでは「その影響力を良いことに使えよ、政治的発言をしろよ」と期待されるようです。さらにテイラーの場合は、長い沈黙を破ってした政治的発言が世の中を動かし、それがドキュメンタリーにもなりました。ドキュメンタリー「Miss Americana」のなかではテイラーが長いこと政治的発言を避けた理由や、「口のテープを剥がすときが来た」というまでの経緯が語られています。過去に政治的な発言をして激しいバッシングにさらされたカントリージャンルの先輩、ディクシーチックス(現ザ・チックス)の映像が挟まれ、政治的発言の危険性を父に指摘された後に、それでも「歴史の正しい側にいたい」と涙ながらに語るシーンは大変印象的です。そうして、テイラーは民主党支持を表明しました。
すぐに選挙結果が望む通りにはならなかったものの、テイラーは一連の政治的発言によって影響力を増し、シンガーソングライターとしても今まで通り口にテープをしていたらたどり着けなかったであろう境地にたどり着きました。言ってしまえば、(もともとアメリカ社会に「政治的スタンスを表明しろ」という圧力があったにせよ)自分の影響力を自覚してこれからはいい方向にそれを使っていくとドキュメンタリーで豪語し、その責任を背負う決意をしたアーティストでもあるのです。
政治的発言は危険だから強制してはいけない?
そんなわけで、テイラーを批判する動画やポストを目にしたとき、2012年からテイラーを応援しているいちファンとして「だよね、そう言われちゃうのわかるな〜」と感じました。日本では「影響力があるなら声上げろ!」とまで言われることは少ないですが、最近で言うとボカロPからお茶の間でも大変知名度の高いソングライターとなった米津玄師さんがインタビューでフェミニズムをベースにした発言をしているのを見て、希望を感じた人も多かったかと思います。自分たちがどれだけ声をあげても変わらないテーマについて、有名人の発信をきっかけに潮目が変わる。それを見て、他のテーマでも同じことを期待する人が増える。しかも、パレスチナでの事態は大変深刻……。という状況にはかなり納得感があるなと思います。
すでに半年以上テロを口実に一般人が虐殺され、その数は3.5万人に昇っています。そのうちの4割が子どもです。このことに危機感を持って声をあげていると、とてつもない無力感に襲われます。BDSを実践している人が、周囲にいまだに無邪気にスターバックスやマクドナルドを使っている人がいる状況に頭を抱えています。
しかし、テイラースウィフトを批判する動画に「アーティストに何を求めてる」「そんな発言をするのは危険」と引用がついているのを見かけて、かなりショックを受けました。政治アレルギーを起こし、ファンとしてテイラーの安全が大事というもっともらしい発言でパレスチナの話題に蓋をして、自分のTLをニューアルバムやアルバムによってセットリストの変わったツアーの話題だけにしたいという気持ちもわからなくはないですが、すでにパレスチナはそういう局面ではありません。なぜテイラーが批判されるのか、批判の背景は何か、つまり批判する人たちはなにを指摘して何を求めているのかを考えずに一蹴して、見なかったことにしていい話題ではないはずなのです。これほどのパワーバランスで世の中がイスラエルの行動を黙認しているとき、中立だなんだと言ったり見て見ぬ振りをしたり何も行動をしないことは、加担です。
民主党支持表明以前にテイラースウィフトが政治的発言を避けていた理由として語られる、ディクシーチックスへのバッシング。このときチックスが主張したのはBLMでもMeTooでもありません。どちらかと言えば、Free Palestineと根底は近いです。テロとの戦いを口実に、兵器など持っていないイラクに一方的に侵攻した(チックスが発言した段階ではしようとしていた)ブッシュ大統領に対して「同郷で恥ずかしい」と発言したのです。そんなチックスを「反面教師」にしていた時代は終わって口のテープを剥がしたのであれば、チックスが言及した問題とつながる、現在進行形で起こっている問題についてノーコメントというわけにはいかないのでは、とファンの立場からも感じます。
ファンができること
とはいえ、チックスが受けたバッシングを考えると無責任にテイラーに発言しろ!ともファンとしては言えません。そこでできることとしては、ファンひとりひとりがテイラーの影響力の何万分の1かもしれませんが行動を起こすことだと思います。テイラーを批判するな!危ないだろ!何を求めてるんだ!で思考停止してはいけません。ファンだって、テイラーと同じく顔を持ち口を持ち言葉を話せる人間です。テイラーが持つ影響力、ムーブメント、ウェーブは、ただの海の波を起こすものではありません。行動できる、投票できる、署名できる人間を動かす力です。これまでもテイラー自身の発言や作品だけではなく、テイラーの行動やファッションや彼女が批判されているという状況にもファンは動かされてきたはずです。
テイラーにもできれば発言してほしい、テイラーがパレスチナ問題にも心を寄せていたらいいな……と思いながらファン自身が「Free Palestine」と発信するのも、テイラーの影響力の実績と呼べるはずです。発端はこれまでの彼女の行動選択と、それを受けての世間の要求なのですから。
ファンのパワー
先日、韓国のドキュメンタリー「成功したオタク」を見ました。性犯罪で捕まったアイドルのファンたちの発言をまとめた作品です。この映画では、意図的に「それでもそのアイドルを好きなままでいるファン」は登場しない作りになっていたので、見えていない部分もあるかとは思います。しかし、自分たちファンがアイドルへ及ぼす影響、加担とされる行動について考え、反省する韓国ファンダムの雰囲気が感じられる良作でした。顔出しの何人かのファンが自らの行動を省みることで、ファンダムというのはそもそも構成員がいたな、決してぼんやりした大きな数字の動きではなかったなと思い起こされます。パンフレットに書いてあったことですが、韓国のファンダムでは、ファンの集団がお金を集めて、アイドル名義で寄付をしたりすることもあるようです。流石にこれは勝手に名前を使うのはどうなんだい、なんて思ったりもしたのですが、自分たちファンダムもアイドルの名前やイメージと共に語られる存在であることに自覚的で素晴らしい態度だなと感じました。
いま、BTSのファンが、彼らのアメリカでの活動に大きく関わるスクーター・ブラウンがシオニストであり、イスラエルのパレスチナでの行動に賛同していることに強く抵抗しているようです。テイラースウィフトのファンダムにとっても嫌な記憶と共に強烈に印象に残っているあのスクーター・ブラウンです。もちろんBTSのファンダムもみんながみんな同じ方向を向けているわけではないでしょうが、好きなアイドルが暴力に加担するのが嫌だと声を上げるファンは本当に勇気があって思慮深い人たちだと感じます。特に女性の割合が多いファンダムや、アジア人の割合が多いファンダムは、ちょっとイメージの悪くなることがあるとすぐに必要以上に叩かれることにも自覚的なのでしょう。
テイラーはたしかに、投票を呼びかけ女性や性的マイノリティを支持する声を高らかにあげる「わきまえない女世界代表」のようなところがあります。一方で、全てのノミネーターがルーツに関わらず評価されているとは到底言い難い賞レースで何度も栄光を手にしていることから、「自分たちは白人より安全を脅かされている」と感じる人たちからのヘイトは受けやすいのだと思います。テイラー自身もテイラー自身の力ではどうにもならないものを背負わされています。
また、恋愛ネタばかりが取り沙汰されたり、嘘を拡散されて傷ついたり、テイラーがバッシングされる様子を見てファンが何度も傷ついた経験もあるので、批判に敏感なファンダムだというのもよくわかります。
現代は広義の"フォロワー"がビジネスでも評価の対象であり、フォロワーの多い人はさまざまなことに利用されたり監視されます。ヘイト投稿にたくさんいいねがついているのにゲンナリするのは日常茶飯事です。フォロワー数には責任が伴う社会になってしまっていますし、いまからそれを無効化するのは難しいです。
こういったテイラーの状況を見て、テイラーのファンとしてなにをしたいと思うか、1人でもおおくのファンが考えてくれたらと、ナクバの日に切に思います。
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