旅の朝
「ファラウェイ様、ちょっとお耳を」
ここはオーキメントの大統領官邸。ヒームスが大統領の近衛兵ファラウェイを暗がりに連れていく。
このファラウェイという男、もともとは大陸の西に位置するアセンボルトという国の出身である。幼い頃父母と一緒に戦乱が続くアセンボルトを捨て、ここオーキメントに流れつき難民となったのだ。以来小さなころから剣を父から指南され、この道で食べていけるほどにまで上達した。その腕を見込まれ大統領の近衛兵に抜擢された。
が、父が捕まった。タバコを吸っているところを見つかったのである。「俺はカリムド正教の信者ではない!」といくら叫んでも、原理主義者の裁判官にそんな抗弁は通じない。終身刑となり、二度と戻ることはなかった。
ヒームスはそんな男に耳うちする。
「カルマン大統領は酒もタバコもやっております。鉄槌を下されるのがよろしいかと」
「なんだってー!?」
ファラウェイは激怒し、即刻剣で叩き殺しに行こうとしたが、踏みとどまった。単に殺せばこちらの身が危ない。軍のトップと手を結ぼうと考えたのだ。
(時を待とう)
ファラウェイはまずは耐えた。
ボートランド州の砦で休養すること二日間。じっくりと休養も取り、英気が戻ったサキヤ。
「サキヤ、これから怪物退治にむかう。付いてくるか」
ジャンの誘いにサキヤは
「もちろん行きます! 父の仇を討ちに」
「よし。じゃあ出発だ!それとサキヤ、これからは仲間となる。ため口でいい。俺はジャン・ベルト、もう一人のデカブツはバーム・ドリアーナ。ジャンとバームでいい。改めてよろしくな」
「分かった。ジャンとバームだね。こちらこそよろしく!」
ジャンは軍剣を腰に差している。
「俺の武器はないの?」
「そう言うと思って用意したよ。短剣だ。扱いやすい」
長さはおよそ三十センチほど。扱い易いがいまいち迫力に欠ける。
「大丈夫かな、こんなに短くて」
ジャンが笑いながら言う。
「その代わりいいものがある所へ連れて行ってやる。『金の盾』が安置されている洞窟だ」
「なんだいそれ?」
「文字通り金色に光る小型の盾だ。これが強力でな、あらゆる魔法を防ぎ、剣で攻められてもびくともしない、最強の盾だ。まずはこれを手に入れる」
「へー」
「へーって、理解してないだろ!すんげー盾なんだぞ。神が作ったとも言われているシロモノだ。ここから西にあるドワイト山脈のワルム山の中腹にニカラベの洞窟ってー所の奥に安置されているらしい」
「ちょ、ちょっといっぺんに名前が出てきて覚えきれないよ」
ジャンが笑う。
「はっは、『ニカラベの洞窟』だけ覚えておけばいい。あとは俺たちがそこまで案内してやるから」
「分かった。ニカラベの洞窟だね」
「それとサキヤ、その洞窟には『三つの試練』があるとされている。第一の試練は真っ暗闇の中、百の矢が前方から飛んで来るという。お前はそれをかわしまくらなきゃいけない。出来るかな~?」
ジャンが脅す。
「そんな無茶な。真っ暗闇の中だなんて。いいよ松明を持っていくから」
「それがだな、松明は洞窟に入るとすぐに消えるんだそうな。残念でした」
サキヤは頭を抱える。
「うわー無理だよー。で、第二の試練は?」
「情報はそこまでだ。なぜならほぼ全ての挑戦者が第一の試練で矢をいっぱいに浴びて、ほうほうのていで戻ってくるからだ。第二の試練を知る者はおそらく誰もいまい」
ジャンがなぜかニヤニヤしながらサキヤの尻を叩く。
「じゃあ、もうそんな盾いらないよ」
「あの怪物と闘うんだろ?ではその盾がないと。殴り付けられたらおしまいだぞ」
「それはそうだけれども」
そこへバームが旅支度をし軍槍を持ち、ミールとともに表れた。ミールもなぜか軍服になっている。
「よくそんなちいちゃな軍服あったな」
「女子隊員のものよ。似合っているかしら」
ミールがもじもじいうと、ジャンがサキヤより先に声をかける。
「キマッてるぜ、ミール!」
「なんでジャンが言うんだよ!」
笑いながら軽くどつきあう二人。
そこへバームが、
「まず目指すはニカラベの洞窟だな」
「そうよ。どうせサキヤが矢が突き刺さった状態で入り口に逃げてくると思うから、ヒーラーを一人雇わなけりゃなんねーな」
「ヒールの魔法くらい俺が使えるぞ」
意外なことをバームが言う。
「あぁそうだった。おまえ、ラミル流、あぁ言いにくいな。その、魔法剣士だったな」
「おうよ。どんなケガでも治せるぞ!」
勝ち誇ったような笑顔を見せるバーム。これで一つのチームとなった。
四人が円陣を組み、手を合わせる。
「ではニカラベの洞窟までしまって行くぞー!」
「おー!」
晴れがましくスタートした四人。しかし隣国ドーネリアでは不吉なことが起きようとしていた。
「おう姫よ。マールよ!私たちをおいて行かないでおくれ!」
こちらはオーキメント共和国の西の隣国ドーネリア王国、野心家のフィリッツ・エレニア王が君臨する国である。この国もカリムド教を国教としている。しかし今のフィリッツの代になると、聖書に書かれてある十三戒の一つ、酒とタバコを禁ずる戒を事実上解放したのである。
激怒したのはオーキメント側である。ドーネリアを「腐った国」と忌避し、みずからのカリムド教を「カリムド正教」と名を改めた。
いらい、徐々に徐々に国交がなくなっていき、互いを仮想敵と見なすようになっていた。
そこの第二王女マールが死の淵にいる。
ガクリ
「マール!マール!」
医者が心音や、脈、息などを調べている。
「お亡くなりになりました」
「マーーール!!」
町をさすらうカルム。崩れ落ちずに残っていた食堂に立ち寄る。
カウンターにすわると「パンとチーズとステーキ、それとトマトジュースを」
注文の品が次々とカルムの前に置かれていく。まずトマトジュースだ。ごくごく飲んで一息つく。
死んだような目をして食事を取っていく。食い終わるとまたトマトジュースのおかわりをたのむ。
すると旅の冒険者が隣に座る。
「にいちゃん、浮かねえ顔してんな。あれか、身内が怪物に殺られたのかい?」
カルムは無視してチーズを食べる。
「怪物に復讐するには剣じゃ駄目だな。体の内部を爆発させなきゃな。それが出来るのは唯一メールド流だけだ。俺は自分を回復しながら闘うんでラミル流なんだよ。攻撃に特化した魔導師になるなら断然メールド流だな」
カルムはその話に食いついた。
「そのメールド流とやらは何処に行けば教えてくれるんだ!」
突然カルムが大声を出したので辺りはしーんとなった。
「それはステーキをおごってもらわなくちゃな」
カルムはステーキを注文する。
「これでいいだろう。どこだ?」
「もう一つだな」
「人の足元を見やがって」
もう一皿がカウンターにコトリと置かれる。
冒険者はニヤリとする。
「ノリヤード・ストリートを右に入ると、大きなもみの木がある家があって、そこに婆さんが一人で住んでいる。その婆さんこそメールド流では三本の指に入ると言われている『キリウム』っていう術者だ。だが滅多なことでは弟子をとらないらしい。俺が知っているのはここまでだ」
話しながらステーキをうまそうに食らう。
カルムは勘定を済ますと、大通りへ走る。
ノリヤード・ストリートには友達の家があるので何度か足を運んだこともある場所だ。土地勘もある。
ノリヤード・ストリートについた。右へ曲がり、大きなもみの木を探す。
(でも、もみの木がある家なんてあったっけ?)
何度も往復したが、それらしき家は見つからない。
「騙された。くそ!」
カルムは夜の街の中、大声で叫んだ。