天空の拳 ep10~ep12
作戦会議
稽古は夜明けから始まる。それから日の入りまで訓練が続く。
皆大きめな竹の水筒にたっぷり水をいれ、稽古に臨む。
まずは昨日の復習である。皆套路の三分の一ほどは形だけであるが覚えた。これほどの早さでここまで覚える者達はフェイロンは見たことがない。それだけ必死ということか。
昨日と同じく五班に別れて特訓の開始だ。昨日の続きから三分の二まで演武して見せる。
「今日はここまでやるぞ」
フェイロンが激を飛ばす。
「はい!」
特訓が始まった。
まずはフェイロンが一手の動作を見せる。全員それを真似る。一手を繰り出してはそれを真似るの繰り返しだ。こうして動きは伝わっていく。
正午前にザンがやってきた。下男が今日もちまきを持ってきた。皆水を飲み、昼飯にありつく。
「今からいくぞ、フェイロン」
「ああ、おーいハオユー。俺の班の生徒達の稽古も見てくれないかな。進み具合はほぼ同じと思うが」
「分かった。任せておけ」
フェイロンとザンは連れだって歩き始める。
路地裏を抜け、ディンジェ菜館に到着した。昨日と同じようにリァンとタンが一つのテーブルを占拠して待っていた。
「フェイロン、こちらが形意拳のリァン、こちらが八極拳のタンだ。以降両者ともよろしく頼む」
「洪家門のフェイロンだ。よろしくな」
フェイロンは笑顔で挨拶をする。そしてぐい飲みにだされた酒をお互いにぶつけながら乾杯する。
「噂は聞いている。河北、河南総合武術大会で奇跡ともいわれる十連覇、他にもさまざまな武術大会に出場し優勝をかっさらって行くとか。人はそれを天賦の才だの、努力の賜物だの口々にするが、一度日本兵に負けて武館を閉めざるを得なかったそうだな。その悔しさは我々の想像を遥かにこえるものだろう。察するに余りある」
「いいんだよ。すべての勝負で負けなしなどはあり得ない。たまたま負けたのがその日本兵だっただけのことさ。それにもう武館経営はすべて禁止になったそうじゃないか。その日本兵に勝とうが負けようが武館は閉めざるを得なかった。そこにザンの誘いだ。渡りに舟とはこの事だよ」
フェイロンは餃子を女給に頼む。
「さて本題といこう。二ヶ月後、我々は日本軍のこの辺りの重要な拠点を叩く。そこはスパイ養成所で普段の暴動を起こすよりも遥かに難しい事が予想される。千人規模の人員が必要となるが、南派拳で運動に加わりそうな門派があれば、声をかけてほしいんだ。心当たりはないか」
「そうだなあ、同じ洪拳ぐらいかなあ、交流があるのは。それも一件だけ。基本的に弟子の取り合いをしているので、味方じゃないんだよ」
リァンが迫る。
「是非とも運動に誘ってくれないかな。まずは千人規模で日帝の拠点を人の輪で囲むんだ。危ない役目でもないし、少しでも多く人数がいるんだ。頼む。二百人でいい。この通りだ」
頭を下げるリァン。フェイロンもこれから襲うのがよほど重要な拠点と見て取った。
「分かった、文を出そう。乗ってこなかったらそれまでだからな」
餃子がやってきた。それをかきこむフェイロン。
「それとフェイロン、真夜中に襲うんで本館にはほとんど人がいない筈だ。なので少数精鋭、三兄弟で潜って欲しいんだ。おそらく上の者は宿舎ではなく、本館で寝泊まりしている公算が高い。そいつらの首を取ってきて欲しい。抹殺して欲しいということだ」
タンがひそひそ声で話す。
「まあ、任してとけ。三人以上はいらない。かえって足手まといになるからな」
今度はリァンだ。
「俺達形意拳は兵員宿舎を刀を持って襲う。タンは武器庫だ。なのでなるべく人数がいる。夜中に襲いかかるので敵味方が判別しやすいように頭に黄色い布切れを巻いていく。現代に蘇る黄巾党の乱さ」
リァンは勝利の確信に満ちた笑顔を浮かべる。一応大まかな作戦は練れているようだ。
「決行は二ヶ月後、それまでに俺の弟子を目一杯特訓してほしい。なんとか使い物になるまで鍛練させるんだ、よろしく頼む」
ザンの言葉にフェイロンはうなづく。
「ああ、任しとけ」
フェイロンは胸をドンと叩いた。
「戻ったぞ」
石段をタンタンタンと登ってきて、ハオユーに声をかける。
「ハオユー、次の作戦だがな」
フェイロンは、作戦のあらましを伝える。
「何だって! 三人で本館を襲撃するだって。無茶だ。せめて十人はいないと。俺がザン先生に掛け合ってみる」
「いいんだって、俺が納得してんだから。少数精鋭。他の奴を連れていくとかえって足手まといになる。自由に動ける三人がちょうどいいんだよ」
ハオユーは眉間にしわ寄せし、難しい顔をする。
「まあ、兄さんがそう言うなら」
釈然としないまま稽古に戻っていくハオユー。愛用の棍を手に指導していく。
「俺の班にいたやつは戻ってこい」
フェイロンが声をかけると、十数人がこっちへくる。皆昨日から練習三昧で疲れはてているだろうと思うと泣けてくる。多くは身内の仇打ちで必死に食らいついているのだ。通常一月かかるところを三日で覚えさせる。多少無理があるが、対練の方に多くの時間をとりたい。無理を承知で指導していく。
日が暮れた。今日はここまで。するとフェイロンが皆に告げる。
「この二日間で相当疲れているだろう。よって明日は稽古を休みとする。自宅で訓練もいいが、なるべく体を休めるように」
皆それぞれ頭を下げ家路へといそぐ。
これで終わりではない。ダーフーの特訓が待っているのだ。
例の橋の下に行くと、ダーフーが今日覚えた套路を復習している。さすがに空手の下地があるのでさまになっている。
「待たせたな」
「おうよ」
五形拳
与儀はフェイロンに相対する。来るならいつでも来いというふうな気構えだ。
「疲れてはないか?」
「空手も『鉄橋鉄馬』だ。これくらいなんともない」
「よしそれじゃあいくぞ。一動作づつ俺の動きについてこい。まずは龍形拳!」
フェイロンはゆっくりと呼吸をしながら龍形拳を進めていく。その様はなにやら太極拳のようでもある。
龍形拳は案外短く終わった。
「龍形拳は精神を鍛練する。だからあまり実戦的な技はない。しかし次から教える四つの拳と組み合わせることによって技に緩急が出てくる。次は虎形拳だ」
一転して素早い虎形拳になる。
与儀は必死になって食らいついてゆく。姿勢が低いので足がパンパンに張ってくる。
「虎形拳は骨を鍛えると言われている。実戦ではこの虎形拳で戦う事が最も多いな。次は豹形拳」
これまた素早い突きをこれでもかと繰り出す。圧倒的な拳捌きが身上のようだ。
「凄い拳だな、これは」
「拳だけ放って防御がおざなりになりがちな拳だ。俺はあまり使わないな。豹形拳は筋肉を鍛える拳だ。次は鶴形拳」
今度は優雅に舞うように円の動きを多用する。そして拘手で相手の急所をつく。
「これも戦いづらそうだな」
「鶴形拳は精を鍛える拳だ。ハオユーが最も得意としている。この拳が一番上等な拳だと思い込んでいるらしい。はは」
フェイロンの顔がひきしまる。
「そして最後に来るのが蛇形拳だ。柔軟に相手の攻撃を受け流し主に一番有効な目を狙う。足技は金的蹴りだ。妙な構えだが、危険な拳でもある。気を練る拳とも言われている。女性が身に付けるのに最もいいとされている拳だ」
フェイロンがゆっくり演武していく。見よう見まねで套路を踏む与儀。
昼間の虎形拳と同時進行で套路を覚えていかなくてはならない。他の者よりも倍大変なはずだ。しかし驚異的な早さで套路を覚えてゆく。空手の基礎があるためだろう。一時もすると、五形拳の大まかな動作だけは頭に入ったみたいだ。
フェイロンは拳士はいいなと思う。この与儀も武術の全国大会に出れば、必ず上位に食い込んで来るだろう。しかし今は日陰の身、諜報や道場破り、もしかしたら要人の暗殺などに身をやつしているのかもしれない。自分を絶対の強者と思っているところにフェイロンと出会い敗北した。
そこから、何かが変わったのだ。軍人としてのやりがいではなく、一人の拳士としてもっと上を目指したい何か。一途にそれを目指すあまり、敵のフェイロンに弟子入りまでした。そういう純粋さが、強い拳士に共通していえることだ。
フェイロンも父親を亡くしてから同じ洪家門のユァン(元)大人の門を叩いた。下男として大人の邸宅で働き、そのかわりとして武館での稽古を許された。一日二時間ではあったがフェイロンは強い門弟達に揉まれ、みるみる頭角を表した。父親に基礎を徹底的に仕込まれていたためだ。
その様を見てとったユァン大人は、大人の部でも稽古をしてよしと許しを出した。それから五年、生まれつき体格に恵まれてたフェイロンは大人の部でも無敵になっていた。それからはユァン大人の一人息子にして武館の師範代、ユァン・シュエン(元皓轩)に挑みかかる日々が続いた。しかしどうあがいても勝てない。そこから自らの技を磨きあげ、功夫に明け暮れる毎日が続いた。目の前に越えきれない高い壁が表れた時、それを越えようとするのか、越えきれないと尻尾を巻いて逃げるのかで、その後の人生さえ変わってしまう。
その経験が、フェイロンを無敵に押し上げた。
与儀は今越えるべき壁を越えようとあがいている。自らの拳である空手を手放してまで。与儀が軍人である前に拳士である証である。
だからこそこの大男が、今はかわいく思えるのである。
「明日は休日だ。今の套路をしっかり定着させておくんだな。俺はもう帰る。じゃあな」
与儀はその場に留まりまた套路の鍛練を積んでいくのであった。
フェイロンは川縁から橋の上に出た。暑い日中に比べて夜風が心地いい。一人軽い足取りで帰っていった。
「戻ったぜ」
風呂から上がって乾いたシャツとふんどしに着替える。
「お前ら明日はどうするんだ」
「自分の鍛練にあてる。兄さんは?」
「内緒」
「なんだ。何かやましい事でもあるのか?」
「それも内緒」
怪しげなフェイロンを見て何かあるなと思い。ハオユーはフェイロンに馬乗りになり、脇をくすぐる。
「あーはははっ! 言うよ言う。だから堪忍してくれ!」
ハオユーがベッドのはしに座った。
「実はシャオタオちゃんと観劇にいくんだ。武術着も新しいものを買ったしな。早く言えばデートだよ」
「それはうらやましい事で。兄さんはここにいる意味の自覚が少し足らないんじゃないのかい」
「自覚はあるさ。でもこんなきつい練習中だからこそ息抜きも必要なんだよ。それにシャオタオちゃん可愛いしな。こんな出会いは滅多にないだろう。なんとしてでもものにしてみせる」
ハオユーはフェイロンの恋愛遍歴を思い出していた。朝一から昼までは自分の鍛練にあて、昼からは子供の部、夕方からは大人の部と目まぐるしい日々だった。なので出会いがなかったのだ。二十代前半に一人付き合った女がいただけ。それはシャオタオほど可愛い子がいれは本気になるのも仕方がないであろう。
「ものにしてみせるって、それは結婚を前提に付き合うということなのかい?」
「もちろんそうさ。そうでなかったら付き合わないよ」
「まあ、幸せになることを祈っているよ」
ハオユーは拳でフェイロンの胸を叩いた。
「あ、分かった」
「なにが」
「お前も十八くらいの時か、付き合った女は一人だけ。俺が二人目になるのが羨ましいんだろう」
「はいはい、そういう事にしときましょ。お土産を忘れるんじゃないぞ。俺は明月堂の饅頭な」
「俺も!」
ウンランが下から跳び跳ねる。
「お前にやる饅頭はねぇよ! 最近なにかやったか?俺に整体とか。もろもろ」
「じゃあ今からやりますよ。ほら、うつ伏せになって」
この整体をさせるというのは、いつかウンランが独立するときの訓練なのである。ウンランは人に拳を教えるのは上手だが、いざ実戦となるとまだ三年ということもあるが、空回りばかりして負けてしまう。やはり実戦で強くなければ人はついてこない。それで苦肉の策として思いついたのが、整体師の道だった。弱点としての経穴は上手くマッサージすれば体を癒す効果がある。例えば背中にある神堂。強く突けば半身を痺れさせるも、優しく押せばその痺れが癒しに変わる。ホアン・フェイロンの弟子の整体師と名乗れば繁盛するだろうし、結婚もできて万々歳であろう。
「次、足の裏」
フェイロンがうつぶせになったところをふみふみする。
その内にフェイロンは夢の中へ引きずり込まれていった。
やくざの意地
朝六時に起きる。ハオユーはもう起きて手鏡で寝癖をなおしている。ウンランはまだ寝ている。二日間の疲れが出たのだろうそっとしといてやる。
ま新しい薄い水色の武術着に着替えハオユーに見せる。絹で出来ているんであろううっすら光沢がある。ハオユーは親指をのろのろとたて、似合っているという意思をつたえる。高い値段はしたが、そこはもと繁盛した武館の頭である。金はけっこうな額を持ち出してきている。
トイレを済ませ、階段を下に降りて行くとシャオタオとぶつかった。シャオタオも武術着である。うっすらピンク色に輝いてよく似合っている。
「これでお揃いね」
一階に降りて朝飯の粥とゆで卵を二人で食べる。
「稽古は順調なの?」
「そりゃもうばっちりさ。なんてったって河北の龍ことこの俺っちが指導しているんだからな。それよりも聞いてくれよ。指導している中に面白い男が一人いてだな」
フェイロンは与儀が道場破りに来たところまで遡り闘いの場面ではまるで今そこに敵がいるかのように飛びはね突きを出し回転し、少々大袈裟にありのままを伝えた。シャオタオはその様に時には驚き、時には笑顔で笑い、話に聞き入っていた。
「それで、その五形拳っていうのを本当に今教えているの」
「そりゃそうだ。拳士が約束したことは何が何でも貫く。それが武侠ってもんだ」
「ふーん、でもなんだか危険な匂いがするわね。相手はただの軍人じゃなくてスパイなんでしょう?一斉検挙になんてならないかしら」
「それはなんとも言えねーな。だが、信じているんだよ。男の義ってやつをよ。それにな、日本軍はその武術練習場を押さえたい訳じゃないんだよ。横に広がる義和門の連絡網の全容解明なんだそうな。そこで主だった連中が集まったところへ踏み込み一網打尽にしたいらしいんだ。ザン率いる百五十人なんぞ、下っぱに過ぎない。連絡網の解明までザンを泳がしているんだろうよ。恐らく期間は一ヶ月から二ヶ月。その間は自由にしてて問題ないさ」
「ふーん、でも危ない事はしないでね」
フェイロンの中で本館襲撃のことが、頭をかすめる。
「だーいじょうぶ、大丈夫。俺はただ武術指導をしてるだけだし。一線は越えないよ。さあ、観劇に出発しよう!」
入り口のカーテンを開け、外へ飛び出すと朝なのにすでにムンとした夏の風。フェイロンは武術着の袖をめくりシャオタオと一緒に歩き始めた。
劇場は商店街を抜けたところにあった。出入り口で料金を払い、桃花扇を一緒に見る。
内容は少し前の南京を舞台としたもので、女主人公、季香君の激動の生涯を描いたものである。
フェイロンにはちと退屈な演目だったが、シャオタオはうっとりした目で主人公と自分を重ねているようだった。
舞台は第一幕と第二幕に別れ、休憩を挟んで滔々と劇は進んでゆく。
「面白かったねー」
とシャオタオが言っても
「んん?まあな」
としか答えられないフェイロン。ところどころ寝てしまっていたからだ。
二人立ち上がり外へ出ると灼熱の太陽光。今が一番暑い季節だ。帰り道、商店街の日陰を歩いていく。
一件の菜館を見つけ、そこで昼飯だ。饅頭をひとつづつと棒々鶏をたのむ。
シャオタオがピーチクパーチクと劇の話を蒸し返す。笑顔でうんうんとうなずくフェイロン。劇の話は半分しか伝わらないが、それでいい。二人でこうして向き合うのが望みだったのだから。
昼飯を食べ終わると、また商店街に出る二人。
そこへ十数人の男達がぞろぞろと近づいてくる。この前店でやっつけたやくざが仕返しにやってきたのだ。
「親方! あの男ですぜ」
顔に裏拳を食らわせた男が、初老の男を引っ張って告げる。
(おとなげねーなー)
フェイロンは、少しかったるく思うも立ち上がり、
「すぐに宿に帰るんだ」
と言うも
「いいえ私も闘うわ!」
と一歩も退かない。
たいした女だと思っているところに、親方が言う。
「やられてすごすご引き下がったままじゃ龍道会としても示しがつかねぇ。ここは一つ盛大にやらせてもらうよ。世間ではやくざと呼ばれていようが、こっちはこっちで……」
物凄い速さで親方に飛び蹴りを食らわすフェイロン。親方は一度宙に舞い上がりどうっと倒れた。
「おのれ親方が口上をのべていたのに!」
四、五人が殴りかかってきたが、鶴形拳で全て受け流す。後ろから棍が振り下ろされる気配を感じ、振り返えることもなくその棍をつかむと、持っていた奴に拳をくらわす。
皆、フェイロンの強さを身をもって知ることになり、無謀な突っ込みをやめ、何拳か知らないが構えをとりはじめた。
しかし悲しいかな、そこは喧嘩拳法である。フェイロンの猛攻撃を止めることなど出来ない。フェイロンは足払いをして一人目を倒すと諸手突き、山突きの連続技で相手を川に沈める。
後ろから抱きつかれた。そこは落ち着いて顔面に後頭部での頭突きをくらわせ、前から殴りかかってくる者には容赦なく右直突きをかまし、川へぶちこむ。
フェイロンはだんだんと川にぶちこむのが面白くなってしまい突っかかって来る奴を片っ端から川に投げ入れていった。
左右から掴みかかろうとするも手を前に付いて二人ともに金的蹴りで倒してしまう。そしてやおら二人とも横蹴りで川へと放り込む。
構えていた男達が一斉にフェイロンに掴みかかる。襟首を掴まれたフェイロンは右手を螺旋にまわし、後ろ手に固める。そこからは豹形拳の出番である。まずは殴りかかったやつをしこたま殴り返し、となりのやつ、となりのやつと、殴る手を緩めない。当然皆、横蹴りで川にぶちこまれる。
そこに袖口を払った男が何かの凶器を服の下に隠してある感触がした。フェイロンの右手から血が流れている。
「暗器か。卑怯な真似をしやがって」
フェイロンはいつも胸にかけている、お守り袋をとりだした。
「お前らがそうくるなら、こっちも暗器だ」
お守り袋を手にはめると、くるやつくるやつ全員に掌で翡翠の玉を頭に打ちつける。
「ほれ!」
コン!
「ほれ!」
コン!
「ほれ!」
コンコン!
これが効いたようで頭を押さえて皆がうずくまっている。当然全て川行きだ。
「はっはっは。これが俺の唯一の武器さ」
フェイロンが会心の笑顔で叫ぶ。
そこへ一人の男が叫ぶ。
「先生ー! お願いしまーす!」
川縁の柳の影に隠れていた顔の青白い男が、フェイロンの前に姿を表した。