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本当はこの子が死んだのです

1997年5月29日(木)
逃げようと必死にもがくガリガリに痩せたとても若い男を、大きな年寄りが押さえつけて殴っていた。年寄りは「これはなんだ」と額に入った絵を若者にぶつけたりもした。
「やめて、やめて、ぶたないで」
止めたわたし。年寄りはすぐにやめた。
年寄りは真っ青な顔で、凄いくまができていた。よほど血が滞っているんだと思った。黒い目の中に星がたくさん光っていた。ぼーっとしていた。
年寄りは鎮まったが、わたしの動揺は収まらなかった。また暴力を振るわれてはかなわないので、年寄りの手をとって握った。自分の手には人の心を和らげる力がきっとある、と祈る思いだった。年寄りの手は大きく厚みがあり、渋で染めたような色だった。漁民や農民の手を思わせた。あたたかい手だった。
年寄りは遠くの何かを見るような目をして戻っていった。

若者は怯えて立ち尽くしていた。
満足な食事も与えられず、暗いところに長い間閉じ込められていたんじゃないだろうか。悲しみ、絶望、恐怖でギロギロした目。

水色の木の枠の中に、若者が子どものころに描いた絵が入っていた。
どんな絵だったろう・・・。

白い机の上に絵本がのっていた。
「代言人」のようなおじさんが、若者の本だと説明した。「スノーマン」を思わせるすてきな色調なのだが、描かれている男の子の目が悲しすぎる。
おじさんが本を開いた。森と男の子が飛び出してきた。飛び出す絵本だ。男の子は大きな口をあけ、森とともに天に向かって笑っていた。次のページは水色の平たいベッドの端に座る男の子の絵だった。表紙の悲しい顔が出てくるページはどうしても見たくないと思った。次は、玄関先に佇む男の子と小さなゆきだるま。ふたりは笑っていたが。ゆきだるまは、にんじんの鼻がかわいい。帽子もかぶっていて。雪がふたりをあたたかく包むように見えるけど。

「この子はお葬式をしたんです、ともだちが死んだと思って。
でも本当に死んだのはこの子なんです。
あなたにはそれがどういうことかわかりますか?」
おじさんは泣きそうだった。
わたしも泣きそうだった。
若者の頭を、わたしは、ぽんぽん、とした。いい子、ぽんぽん。とても硬い針針した髪。彼の顔はさっきと変わらないままだった。

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