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抽象画

1997年12月3日(水)
嵐。
物干しには洗濯物や、わたしの青い上着なんかがいっぱい干してあった。
老人が欄干に上がって嵐を喜んでいた。
わたしの洗濯物が雨でぬれてるじゃない。なんて嫌なじじいだろう。
青い上着はだいぶ水をかぶってしまっていた。洗濯物のほうは、炬燵の上掛けが雨を遮っていたので、無事だった。
だから、実際の被害は小さかったわけだが、わたしは口を極めて老人を罵った。
この年よりはいい人そうに見えるけど、それは外観だけだ。

呪詛を、老人に吐きつづけた。
老人は、力なくなり、コンポーゼブルーのガウンを羽織った。アクリルの毛糸で編んだよれよれの。金色のタグが見えた。見たのは後ろ姿だけ。

くそ忌々しい!

「裏返しじゃない! 引きずってるわよ! だらしない!」

自分でも、どうしてこうも、憎く、忌々しいのかわからなかった。
ガウンなんだから、ぶかぶかでも構わないのに、と遠くで思っていた。

生気を失った老人はコンピューターの前に座って絵を見はじめた。
不思議に訴えてくる抽象画。わからないけど、恐ろしいと思った。

わたしは鬼の首を獲ったようにメグミに言った。
「見なさい! ほら! あいつのからだがゆがんでるのは精神がゆがんでるからなのよ! あいつが見てる絵を見なさいよ! あの異常な絵を! あいつはあんなものを楽しんでる! 見なよ! 見なよ! 見なよ!」

本当はゆがんでいなかった。弱々しかっただけだ。
憎くて、呪ってやるつもりでゆがんでると言ったんだ。

メグミは見なかった。わたしからも離れなかった。

目が覚めた。
リアルな母のことば。
頭の右痛くなってきた。


2023年11月20日(月)
凄い風がふいていた。
夕暮れだった。
風を蹴る勢いで歩いて風に向かって叫ぶように歌っていた。
おもしろくて、わっくわっくして、風に張り合って歌った。

やめなさい!恥ずかしい!バカじゃないの!


あの人は、わたしのいのちが輝くのを絶対に許さなかった。


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