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お好きでしょ、こんなのも……!?

割引あり

お嫌いですか、ロボットは?#81 今年も明日から折り返し……。

――いらっしゃいませ。
 マスター元気? いやあ、今週もほんと疲れたわ。

――おや? 今夜もお疲れのようですね。スーツがかなり濡れてますけど、大丈夫ですか? 風邪をひきますから、早くこのタオルで拭いてください。
 いや、そうじゃないんだよマスター。また傘を忘れちゃったというより、誰かに間違えられて、オレの傘を持って行かれちゃってさぁ。この前、コンビニでビニール傘を新調したばかりなのに、客先で打ち合わせしてる間になくなっちゃったんだよ。骨が外れたおんぼろの傘しか残っていなくて、その傘も地下鉄を乗り降りして、その度に駅で開閉を繰り返す間にさらに壊れちゃってさぁ。雨も止みそうだったんで、もういいや!って、さっき会社で捨ててきたところなんだけど、また降り出しちゃって参ったよ。わらしべ長者じゃなくて、わらしべ貧民だねこりゃ。

――いつものでいいですか? ジャックソーダで。
 うん、頼むわ。レモンをぎゅっとしぼってね。えっと、今夜のおすすめは「福島産つるむらさきのお浸し」かぁ。へぇー! ツルムラサキって、仙台に住んでた時によく食べたよ。このあたりじゃあまり食べないのかな、スーパーに行っても店頭ではあまり見ないもんね。今が旬の野菜なの? 接待で和食屋に行くとたまに出てくるけど、たまにしかお目にかからないから旬を意識したことってなかったなぁ。そうそう、お目にかかるといえば、最近はネットのオークションサイトや個人の不用品売買のサイトで、使わなくなった不用品を売買するする人が増えたじゃない。前の会社にいた若手が、それに影響されたかで商売を始めたんだよなぁ……。


 人にはさぁ、向き、不向きってのがあると思うんだけど、マスターはどう思う? オレの場合はとにかくじっとしてるってのが苦手で、この前も言ったけど事務仕事とか、経理のような計算をずっとしてるってのがどうも苦手で、タバコ吸いに行ったり、大して用もないのにトイレに行ったり、お茶やコーヒーをいれに行ったりと、とにかく落ち着きがない。

 逆に、朝からここに行って要件を終えたら午後はここ。商談が伸びて昼飯を食べそこなったり、朝一番の新幹線でどこかに行かされたり、最終電車で帰宅するってのは、全く苦にならない。そりゃあ疲れるけど、いくら定時出勤して定時に帰れるったって、事務仕事に就こうとはこれっぽっちも思わないんだ。これって性格? 生き方なのかねぇ?

 で、前の会社で東京から転勤してきた、30代になったかならないかの若手・柏原ってのが、オレの真逆のような人間だった。

 明日はあさイチで広島に行くからって言うと「俺も行かなきゃならないですか? 残業というか、手当は出るんですか?」とか「帰りは何時になるんですか? 何時って決めてもらえると助かるんですが……」と聞いてくるんだよね。

 そんなもん「分からん」ってのが答えで、オレたちみたいな営業職って、営業職手当の中にぜ~んぶコミコミで入ってて、それぞれ個別に手当なんてもらったことがない。そりゃあ、一部上場の大企業さまはどうだか知らないけどさ。まぁ、だいたいこんなもんだったというしか、説明の仕方がないんだな。

 オレは良かれと思って、始めは出張に連れて行って現場での経験を積ませようと思ってたんだけど、そのうち、あれこれ言われるのが面倒くさくて声をかけるのをやめた。その後入社した新人を連れていった方が、知識の吸収も早いし、成果が数字で表れるのも早かったから、ますます声をかける回数が減った。

 若手・柏原は柏原で、声をかけられないのをいいことに、オフィスでのデスクワークを好んだ。会議用の資料をまとめたり、営業マン用のパワポ資料を作ってくれたり、社内のパンフレットを手配したりね。海外のロボットメーカーのパンフレットだって、現地のものを取り寄せて翻訳して、日本の印刷会社に発注したりね。だから、仕事が嫌いだとか、サボりたいわけではないんだ。そりゃあそりゃ、熱心にやってくれたよ。

 ある日、珍しく、若手・柏原に真顔で聞かれたんだ。「顧客から引き取った古い産業用ロボットって、どうするんですか?」って。そりゃあ、まれに故障した時の一時的な代替品にするとか、同じタイプのロボットを直すときの時の部品取りにしたりもするけど、多くは期末にまとめて処分するのが普通なんだ。

 そうしたら、若手・柏原は「へぇ、そういうもんなんですか」って、妙に神妙な顔して考え込んでいた。

 そんなやり取りをしたのも忘れたころ、若手・柏原から「ちょっといいですか?」って声をかけられたんだ。空いた会議室に行くと、部屋の画面にパソコンをつないでさ。プレゼンみたいな事を始めるんだ。なんだと思ったよ。

 「捨てるロボットや使わなくなったロボットがあれば、私にください。いや、タダでとは言いません。経理上の処理なんかもあるでしょうから。安く譲ってください」

 なんだ、いきなりって感じだよね。要はこういうことらしい。現場を自動化したい会社は多いけど、ネックとなるのは初期投資に必要な資金、つまりカネだね。新品のロボットに、ハンドだのカメラだのシステムだのとあれこれ付けたら、ロボット本体は600万円でも、すぐに2,000万円を超えてしまう。まあ、どの辺りで妥協するかにもよるけどね。製造業で製造をさせるとなれば、それなりの精度出しは必要になる。だからまず、中古のロボットを入れて試してみませんか? というのが若手・柏原の案らしい。

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