ロボットなんて大っ嫌い!
お嫌いですか、ロボットは?#7 2位がダメなんです(上)
――いらっしゃいませ。
マスター元気? いやあ、今週も疲れたわ。
――いつにも増して、えらくお疲れですね?
そうなんだよ、参っちゃうよね。11月も終盤でしょ。今年はコロナ騒ぎで売り上げが立たなかったから、年末に向けて少しはリカバーしないとね。数字を上げて、若手に示さなきゃならんから大変だよ。当の若手は、俺の頑張りなんか全く意識していないんだけどねぇ。
――いつものでいいですか? ジャックソーダで。
うん、頼むわ。レモンをぎゅっとしぼってね。え~っと、今夜のおすすめは「ふわっとろっオムレツ」か。卵料理と言えば、卵焼きは弁当のおかずランキングでは男女を問わず鉄板の1位だからね。3年前にやった弁当屋の案件を思い出すよ。弁当屋て言っちゃいけないな、今じゃ「食を通じた健康サービス会社」か。あれはホントに参ったし、苦労したなぁ……………。
名古屋市港区にある、会社や幼稚園向けに給食や弁当を製造、販売する会社の案件だった。前日の午後3時までに注文すれば、配送用のバンで昼までに届け、午後は空容器を回収する。幼稚園向けもやってるけど、メインは社員食堂がない中小企業向け。家族経営ぐらいの零細企業だと経理の母ちゃんが昼飯作るし、そもそも数が少ないから割に合わない。従業員が20~50人ぐらいまでの中堅企業に的を絞って急成長した。
今じゃ愛知県内におかず工場が7カ所、ご飯だけ炊く炊飯工場が1カ所の計8工場で1日8万食作るんだ。1工場につき最大で2万食だよ。個人経営の弁当屋だった店を、2代目のやり手社長が一代で大きくした。いずれは名古屋市内や愛知県内だけでなく、製造業が集まる三重県東部から岐阜県の南部、静岡県西部の浜松ぐらいまでの一円で30万食売るんだって。とにかく、野心を隠さない社長だったよ。息子を米国の大学院に入学させて、経営学修士(MBA)を取らせて来年帰って来るんだ。
で、俺はその会社に、ずっと狙いをつけてたわけ。「ごめんください」って正面から行ったって相手にされないから、ウチの会社でそこの給食を取ったりしてさ。600円と800円と1000円の弁当で、会社負担2割を総務に認めさせれば1食ワンコインでおつりがくるでしょ。500円超えたら、若手はコンビニ弁当を選ぶからさ。会議の時は1000円の弁当を頼んでツテだけはつかんでおいた。それから社長に会って自動化を勧めたのが3年前さ。
給食弁当って、ざっくり言うと食材費と人件費、その他がだいたい3分の1ずつ。ライバルとの競争があるから食材費は減らせない。人手不足だし配送兼営業にかかる人件費は上がる一方。設備とパートの調整ぐらいしか、手を付けられない。調理器具は煮る、焼く、揚げるは専用のライン設備。そうなると、ロボットなんだ。製造原価を下げるには、おかずを容器に詰めるパートの手作業の一部を、ロボットに替えるしかない。
パートは大半が女性で、子どもが熱を出したり、学校の行事があったりで一定数の確保が大変なんだ。なだめてすかして出社を促すんだけど、労務担当の社員がうつ病で長期療養するぐらい大変。パートに厳しい事を言おうものなら、変な噂が立ってますます人が来ない。場合によってはダンナの会社から注文が途絶えることも。だから人と一緒に作業ができる、当時出たばかりだった「協働ロボット」を、思い切って入れることにした。
現場にロボットを入れるのは、ひと昔前までは大変だったんだ。安全のために柵で囲い、人が近づいたら止まるようにして。ロボットも賢く進化して、法律も改正されてようやく、人と一緒に作業できる「協働ロボット」なんてのが出始めたんだ。つい最近のこと、まだ3、4年ぐらい前の話さ。製造ラインの流れ作業で作業員が欠けても、欠けたところにロボットを配置すれば、人の代わりにロボットが作業をこなしてくれるんだ。
そこで2代目に話をつけた。しばらく天井の一点を見つめて考えた後に「やりましょう」と。さすがやり手だよ。決断は早かった。そこで導入を前提に、まずは工場の一角で、会社で扱うおかずや総菜を容器に詰められるかどうかの実験を始めた。食品工場だからさ、俺も部下も、相談に乗ってもらった大学の先生も助手も、みんな白衣に帽子、マスクに手袋、長靴履き。原子力発電所の防御服姿みたいな感じだよ。まるで映画みたいだろ、マスター?
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