【365日のわたしたち。】 2022年4月18日( 月)
その日、家に帰るとめずらしく花が飾ってあった。
あれ、なんかお祝いごとだったけ?
と思いながら、「ただいま」と家族に声をかける。
「おかえりー」と、台所で作業をする妻と、リビングでテレビを見ている娘から返事が返ってきた。
「今日って何かお祝いごとだったけ?」
「え?」
「あ、いや。花が飾ってあったから。何かめでたいことあったかなって。」
「あ...。ううん。特にはないの。あの、380円で安売りしてたから、その。たまには買ってもいいかなって思って。」
「あ、そうなんだ。」
妻はなんだか気まずそうに返事をする。
何か後ろめたいことでもあるのか?
少し妻の様子が気にかかりながら、お風呂に入ってから、リビングでくつろぐ娘の隣に腰を下ろした。
妻は台所で、俺の夕食を準備してくれていた。
おそらくリビングの声は聞こえていない。
娘の方に少し顔を寄せ、話しかけた。
「ねぇ。なんでママが花買ったか知ってる?」
テレビに夢中の娘はめんどくさそうに答えた。
「え〜。多分、最近ママがよく見てるyoutubeの影響だよ。」
「youtube?」
「そ〜…。なんかすごいおしゃれな暮らしをyoutubeにアップしてる人でね、ママと同い年くらいらしいよ。」
「その人がなんか関係あるの?」
「関係あるっていうか、その人が動画の中で、花を買うと自分の心も潤って生活が豊かになります、とか言ってたから、それに影響されたんだと思うよ。」
「へぇ。」
「でもさ、今日スーパーに一緒に行ったんだけど、ママ、花買うのに10分くらい悩んじゃってさ。380円なんだから買えば?って言ってるのに、こんなことにお金使っていいのかな?ってずっと悩んでて。だから私が、欲しいなら買いなよって何度も言って、ようやく買ったんだよ。ママって、ちょっとケチだよね。」
最後の娘の言葉には同調できなかった。
そして、妻に申し訳ない気持ちになった。
ママは決してケチじゃない。
俺の限りある給料の中で、なんとかやりくりしてこの生活を維持してくれている。
娘が月1万円の塾に行けているのも、8000円のピアノ教室に通えているのも、妻が家計管理をしっかりしてくれているからだ。
そして、俺には毎月3万円の小遣いがあるけど、妻には小遣いがない。
妻が欲しいものは家計から出すことはOKなのだが、やはり「自分のお小遣い」と位置付けられたお金と、家計のお金とでは、やはり心理的な使いやすさが違うのだろう。
だからこそ、妻は380円の花を買うことにも悩むんだ。
そう思うと、本当に申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
「ご飯できたよ〜」とキッチンから声をかけてくる妻。
「おぉ、ありがと。すぐ行くわ。」
そう言って、俺はダイニングテーブルに着く前に、会社の鞄を漁りに行った。
鞄から取り出した財布の中を確認すると、1000円札が二枚入っていた。
今月はちょっと厳しそうだが。
来月は、3万円もらったらまず、妻へのお花を買いにいこうと思った。
鞄に財布をしまい、ダイニングテーブルに着く。
白いご飯と、皿に乗ったおかずが湯気をあげていた。
俺は正面に座った妻の方を見た。
妻は俺と目が合うと、「なに?」と尋ねてきた。
「なんでもないよ。」
そう言って俺は、温かいご飯にかぶりついた。
妻の後ろには、今日買ってきた花がビールジョッキに生けられていた。
後ろに置かれた花のせいだろうか。
なんだかいつもより、妻が綺麗に見えた気がした。