【365日のわたしたち。】 2022年5月12日(木)
おじいちゃんとおばあちゃんは、お揃いのマグカップを使っている。
おじいちゃんが深緑で、おばあちゃんが落ち着いた黄色。
おじいちゃんとおばあちゃんの家に遊びに来ると、二人がそのマグカップを使ってお茶を飲む姿を毎朝見た。
「おじいちゃんとおばあちゃんのお揃いのマグカップ、いいねぇ」
何気なく、私がおばあちゃんにそう言った時。
おばあちゃんはふふふ、と笑った。
「このマグカップはねぇ。おじいちゃんが初めてくれたプレゼントなのよぉ」
「え、すご〜い。長持ちだねぇ」
「そんなことないよぉ。まだ使って5年くらいだから」
「え…それが初めてのプレゼントなの?5年前のやつが?」
「そうそう」
「え〜…おばあちゃん、よく我慢できたねぇ」
「我慢なんてしてないよぉ。ないのが当たり前だったからねぇ」
「そっかぁ。私はそれはちょっと嫌かも」
「そうかもねぇ。そういう考え方もあるよねぇ」
そう言っておばあちゃんはズズッとお茶をすすったあと、ふぅっと息を吐いた。
「でもねぇ、きっと良いこともあるわよ」
「良いこと?」
「うん、そうねぇ。私が死ぬ時はね、きっとこのマグカップを棺桶に入れてくださいってお願いすると思うわ」
「それが良いこと?」
「そう。迷わないからね。一番棺桶に入れてほしいおじいちゃんは、一緒に連れて行けないからねぇ。ふふふ」
「おばあちゃん、こわ〜い」
「ふふふ。つまりね、大切にするものが少ないと、私はとても楽なのよ。迷わないからね」
「そっかぁ」
「このマグカップと、おじいちゃんと、息子たちと。あと、あなたと」
そう言っておばあちゃんは私をぎゅっと抱きしめてくれた。
幼心に、これはおばちゃんの遺言かな、と思った。
いつかその時が来たら、忘れずにマグカップを棺桶に入れてあげよう。
そう思ったのだった。