【365日のわたしたち。】 2022年3月15日(火)
「ありがとう。おかげで喜んでもらえたよ。」
朝一番に、彼は僕にそう言った。
前の席の机に鞄を置いた彼は、横向きに椅子に座り僕に話し続けた。
「あそこのお菓子、友達との間でも食べに行きたいね、って話してたらしいんだ。すげぇ喜んでくれたよ。」
「そっか。よかったよ。」
「こんなの女子に相談したら彼女怒るかもだし、お前がスイーツ詳しくてよかったよ。」
そう言った彼は、昨日の彼女との幸せそうなやりとりを次から次へと語っていった。
そっかそっか、
いいね、
うん、またいいとこあったら教えるよ、
彼の話に適当な相槌を打ってはいたけれども、ほとんどは右耳から左耳へ流れ出て行っていた。
それよりも、
恥ずかしそうに話す彼の口角の上がり具合に目がいくし、
まくりあげた袖から見える腕の血管の方が気になるし、
少し襟足が伸びてきたなぁ、ということの方が、僕にとって心惹かれる話題だな、と思った。
別に僕はスイーツに詳しいわけでもないし、
彼がこんな話をしなければ、姉から女子の間での最近の話題スポットを聞き出すこともなかった。
本屋でスイーツショップ特集の雑誌を隠れて立ち読みすることもなかった。
愛の力は偉大だというけれど、
恋の力もかなりのエネルギー量だ。
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「何?好きな子でもできたの?」
おすすめスイーツはないかと相談した時、姉はニヤニヤとして僕に質問した。
僕は一瞬考えて、
「うん。そうだね。好きなんだろうね。だから、その子のために何かしてあげたくなっちゃうんだよね。」
と素直に答えた。
僕の真面目な返答に面食らった姉を一人リビングに置いて、自分はさっと自室へ戻った。
部屋の扉を閉めて、思いっきり息を吐く。
平静を装った僕だったけれど、心臓の音が頭の中でドクンドクンと反響するほど、内心は緊張していた。
この想いを誰かに打ち明かすことは、もうないかもしれない。
そのうち、いつか自分の中からも消えてしまって、なかったものになるのかもしれない。
でも、
いやだからこそ、
今だけは、僕はこの恋を絶対に否定しない。