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短編197.『心霊廃墟探訪系YouTube』(下)

「今日は埼玉県の某所にやってきてます!」リポーター役の男が大声で叫ぶ。実にYouTube的なオープニングだ。SEで拍手が被せられ、テロップは男の言葉を先回りして表示する。埼玉県といえば、我が故郷じゃないか。否が応でも期待が高まる。私はこれから始まる至福の時間に想いを馳せ、缶ビールを強く握りしめた。

 男は森の奥へと進んだ。カメラもそれに続く。落ち葉の擦れる音だけがやけに大きく聞こえる。

 暗がりに浮かぶ風景は慣れ親しんだ奥秩父のそれだった。怖いより懐かしい、とすら思う。日本全国、田舎と呼ばれる場所は無数にあるが、どの地方も似ているようで似ていない。葉の茂り方や生えている木の種類、そこに置かれているもの等(ほったて小屋の造りや農機具)で親近感は近づいたり遠のいたりする。カメラのズーム機能みたいに。今回は埼玉県ということもあり、期待値は跳ね上がっていた。ーーー当たりだ。そう思った。今回の動画は郷愁と恐怖の二本立てになるに違いない。もし場所が分かれば次の休みに行ってみても良い。廃墟探訪聖地巡礼編だ。

「はい!今日訪れる廃墟はこちらです!」

 家の入り口はベニヤ板で塞がれている。よくある封鎖の仕方だ。子どもの頃、引っ越した近隣住民の家をこのやり方で閉じるのを手伝ったことがある。野生の鹿や猪が入り込まない為だ。ーーーう〜ん。埼玉だなぁ、と思った。

「噂によりますと、発狂した青年が村人を斧で次々と襲い、最後にこの家で首吊り自殺したと言われています」

 よくある噂話だ。都市伝説、というか地方の村伝説というか。そこでは大抵、村人達は惨殺され犯人は自害する。それが唯一の救い、とでもいうように。

「では早速、中に入ってみましょう!」

 この番組のアカウント主は過激系で有名だ。静かな森にチェーンソーの音がこだまする。所詮、廃墟。ーーーやれ!やったれ!ぶった切れ!と思った。ベニヤ板はあっけなく破壊され、剥き出しとなった玄関のガラスは割られた。男は手を差し込み、鍵を開けた。

「うわぁ。なんだか冷たい空気が澱んでますね」

 カメラは玄関から壁を伝い、居間を映した。

 ーーーあれ?と思った。

 どうも見覚えのある居間だ。埼玉…だからか?テーブルの上に置かれたコップ、壁に貼られた習字の文字。どこに何があるのか、男の説明を待たずして手に取る様に分かる。

 思案しているうちにカメラは居間から奥の台所へとパンする。神棚に飾られる防火御守り、冷蔵庫に貼られたままの給食献立表、戸棚の奥の皿達。そこに今尚残された全てのものが記憶の底をくすぐった。

「さて。ここが問題の『青年が自殺した部屋』です」

 男の言うそこは和室で、壁には二つの遺影が飾られていた。カメラはその遺影を見上げる形でゆっくりとアップになっていった。亡き祖父母と目が合った。ーーーおじいちゃん、おばあちゃんだ。埼玉云々以前に肉親を見間違えることはない。勿論ここで青年が自殺したことなんてないし、どちらかといえば私が初体験を済ませた甘い思い出のある部屋だ。かつてそこで過ごした毎日が頭をよぎる。父母・祖父母が笑っている。ここはどう見てもかつての我が家だった。

「では恒例の除霊タイムに参りましょう!」

 ーーーそうだ。この番組には除霊タイムがあった。それは除霊とは名ばかりで、線香一つ立てることはない。片っ端から部屋を破壊するだけのフザけた行為を称して、除霊と呼ぶ。普段なら笑って見ているのだが、今回ばかりは勝手が違う。

 ーーーやめてくれ!俺の思い出の家を壊さないでくれ。

 iPadを握りしめる。しかし、これはもう編集済みの動画だ。今から何をどう叫んだところで想いは届かない。画面の中で男はチェーンソーを手に床に敷かれた畳を次々に切り裂いていく。画面上を舞う藺(い)草。それだけに飽き足らず、遺影を掴み、奥の部屋へと放り投げる(ちなみにそこは私の部屋だった場所だ)。額のガラスが砕ける音にカメラマンの笑い声が重なる。

「さて。いかがだったでしょうか。今回の廃墟も無事除霊が済みました」男も笑っている。画面越しに下卑た興奮が伝わってくる。「次回は富士の樹海スペシャルでーーー」

 私はiPadの電源を落とした。テーブルの上には飲みかけの缶ビールと封を切っただけのツマミが食べられる時を待っていた。



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