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短編132.『紅燈街ダンスホール』

 その写真は二人が共に収まった最初で最後の一枚だった。同じ場所からスタートし、分岐路から違う道を進み、またひとたび重なる道。それぞれの道を歩き始める瞬間を捉えた貴重な一枚。

 写真の二人は別の方向を向いている。その後の未来を暗示するかのように。

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 その日詰めかけた客の目当ては、この二人の共演にあった。それ以上でも、それ以下でもない。生きて在るうちに再びあいまみえる日が来ることは誰も予想していなかった。それだけにチケットの売り上げは過去最高のものとなった。

 片やサックス、片やトランペット。一方は最少人数でのコンボを好み、もう一方はビッグバンドを好んだ。陰気なサックスプレイヤーと陽性のトランペッター。全てが正反対の方向を向いていた。陰陽論的には最適な組み合わせであっても、現実がその通りに機能するとは限らない。その良い例となる二人だった。

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 セッションはスロースタートだった。開始時間になってもサックスプレイヤーはまだ来ていなかった。ドラムとベースがリズムを刻む中、トランペットがテーマを吹く。代役として呼ばれたテナーサックスの男は慣れないコード進行に苦戦しているのか、しょっちゅう音を外した。

 ワンステージ目はそれに終始した。客は退屈を噛み殺し、酒だけが良く捌けた。

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 ツーステージ目が始まった。それは同時に今日のラストステージともなる。誰しもが、持ち込んだ期待をゴミ箱へと放り込み、払った分の元だけは取ろうと、ステージを見るともなく眺めていた。

 一曲目の途中、ブレイクの後にそれは起こった。楽屋口の方から特徴的なアルトサックスの音が響いた。その音は曲に乗り、天高くまで飛翔した。一瞬呆気に取られた客の間をすり抜け、サックスプレイヤーはステージに上がった。

 それを合図に場内は鉄火場のような雰囲気へと一変した。そこには、お互いの出す音で殴り合っているかのような激しさがあった。もつれ、絡み合い、そこからまた再び立ち上がる。

 ーーーまるで喧嘩だ。

 トランペットが切り刻むようなソロを吹けば、サックスは押し潰すような音圧で迫る。ーーードスとハンマーの喧嘩。

 それでいて、かつてともに演奏した曲のユニゾン部分ではまるで肩を組み合っているかのような仲の良さが感じられた。

 誰しもがこの夜の終わりを悔やんだ。夜明けは即ち、もう二度と無い共演を認めることになる合図だった。その契約書に判を押す気にはなれなかった。

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 この夜から二年後の雨の夜、サックスプレイヤーは死んだ。アルコールと薬物によって不可避的に変えられた身体は三十四歳にして六十代のそれだった。死ぬと同時に雷鳴が轟き渡ったそうだ。

 一方のトランペッターはそれから四十年近く生き、普遍的な病で死んだ。あらゆるものを見、この世の悲喜交交を味わった末の死だった。

 どちらが幸せだったのか、その答えを出すことは私の役ではない。


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