短編272.『カセットテープに吹き込まれた声』
ーーー初めから違和感はあった。証拠として提出されたカセットテープに録音された声に。
その磁気テープに写しとられた声帯は、平成の中頃に起こった凶悪事件のあらましを語っていた。詳細かつ鮮明に。その中には犯人しか知り得ない情報も多分に含まれており、それはそのままこの声の主が真犯人であることを示していた。
カセットテープは別の事件で逮捕された容疑者の家宅捜査を行なった際に、部屋の押し入れの奥から発見されたものだった。そして、それは私の友人だった。
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昭和製テープレコーダーの性能もしくはカセットテープ自体の経年劣化の故か、それは酷く”くぐもり”、歪んでいた。話の途中、大声で捲し立てる肝心の箇所は音声が割れ、何を喋っているのか判別がつかない。その為、このテープが持つ証拠能力に疑問を呈する意見もあった。
私が疑問を持ったのは、しかし、そこで話されている話の内容以前の問題だった。
その声は私の知っている友人のものではないように思えた。本来の彼の声はもう少し高く鼻にかかったものだった。なにせもう彼とは三十年以上の付き合いだ。その間、笑い声も泣き声も様々なシチュエーションであらゆる声を聞いてきた。若かろうと、いくら歳を取ろうと、声が持つ質までは変わることはない。ボイスチェンジャーを使った形跡のないことは明白だった。
テープレコーダーの声は低く、そしてどちらかといえば野太いものだ。彼の声帯には出せない種類の二次成長の結果だった。そして決定的な違和感は語尾の訛りだった。本人は東京生まれ東京育ち、彼の両親とも関東圏の人間であるのにも関わらず、語尾には微かな西の訛りが含まれていた。
しかし、それについては誰も話題には挙げなかった。
犯人が罪の告解のつもりで吹き込んだのだろうか。吹き込んだのち、誰に知られることもなく押し入れの奥底に眠っていた。テープの初めに語られた日付と時間は事件当日のものだった。(勿論、事件を知ったあとに細工することも容易に可能だが)
テープレコーダーに吹き込まれた告白とも自白とも取れるそれは、それでも有力な証拠として採用された。
事件の進展はまだ新聞テレビなどのメディアには伏せられている。捜査本部は沸き立っていたが、私は醒めた目でそれを眺めていた。真犯人が友人の可能性があるからかもしれない。私情は時に判断を狂わせる。今はただ静かに声紋分析の結果を待つばかりだ。
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平成の世にある程度の学識を有していた者なら忘れ得ぬほどの凶悪な事件。陰湿で凄惨。その事件に関する告白テープが何故、彼の家の押し入れに埋もれていたのだろう。それはこれから始まる取調べの中で明らかになっていくはずだ。
事件からはもう二十一年の月日が流れていた。
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