短編196. 197『心霊廃墟探訪系YouTube』(まとめ読み用)
あなたが廃墟だと思っている家は、もしかすると他の誰かの大切な場所かもしれない。
こんな話がある。
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YouTubeに上がっている心霊廃墟番組が好きで良く見ている。その日も仕事から帰った深夜に視聴する為、わざわざコンビニに寄って缶ビールとツマミを買い込んだ。私にとってYouTubeの心霊廃墟動画を観ることは一つの儀式にまで高められている。単なる暇つぶしやストレス解消とは訳が違う。
しかし何故、こんなにも心霊廃墟動画が好きなのだろう。遡れば小学生の頃から心霊番組や怖い話が好きだった。宜保愛子、織田無道、稲川淳二。『奇跡体験アンビリバボー』、『午後は〇〇思いっきりテレビ』の夏の風物詩〜あなたの知らない世界〜、特番の心霊写真特集や同級生が学校に持ち込んでくる怖い話の本。具合が悪くなるほど心底怖がるくせに、その実、楽しんでいた。
(『特命リサーチ200X』も観ていたが、あれは恐怖の原因を解明しようとするからあまり好みではなかった。「高速道路上に響く謎の声がトンネルの反響だった!」、と言われたところで何を思えば良いのだろう。恐怖は恐怖のまま、怖がりたいタチだ。それより何より番組の回し役・佐野史郎の方が怖かった)
人知を超えた存在に惹かれるのかもしれない。この世の頂点が”ヒト”だとはどうしても思えない。これは八百万の神の国に生まれた男の宿命だろうか。
駅から家までの道のりを歩く間に、昨夜見た動画が頭の中を駆け巡る。ーーーあれは怖かった。まさか最後にあんなオチが待っているとは。演出だろうか。いや、それにしては…。帰り道はこうして復習も兼ねて思い返しては怖がっている。退屈な帰路のささやかな楽しみだ。
日々の疲れと画面越しに受け続けているかもしれない霊障を払う為に、帰ったらまず身体を清めよう。全てはそれからだ。
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風呂上がりにビールを開け、ツマミの袋を裂く。これはいわば捧げ物である。神棚に米水塩を供えるのと同じだ。番組を作ったアカウントへの感謝の供物。彼らの努力なくして今の私の楽しみはないのだから。
テーブルの定位置にiPadをセットし、充電器を繋ぐ。途中で「バッテリーはあと20%です」なんて表示によって動画を止められるのは興醒めだ。同様の理由で、広告が挟み込まれないプランにも契約した。全ては滞りなく怖がるために。
ーーー今日はどのチャンネルにしよう。
この瞬間がたまらなく好きだ。それは初デートの胸の高鳴りに近い。恋のドキドキも恐怖によるドキドキも脳内では同じだ。『吊り橋理論』がそれを如実に語っている。
登録チャンネルの中からめぼしいものを探す。かれこれ半年にわたって見続けた結果、今や大半が視聴済みだ。縦横にスライドさせる指に力が入る。一つ、新しいものがアップされている番組を見つけた。ーーー今日はこれでいこう。それは良さげなエロ動画を発見した時のような忍び寄る興奮に似ている。思わずiPadの画面を強くタップした。
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「今日は埼玉県の某所にやってきてます!」リポーター役の男が大声で叫ぶ。実にYouTube的なオープニングだ。SEで拍手が被せられ、テロップは男の言葉を先回りして表示する。埼玉県といえば、我が故郷じゃないか。否が応でも期待が高まる。私はこれから始まる至福の時間に想いを馳せ、缶ビールを強く握りしめた。
男は森の奥へと進んだ。カメラもそれに続く。落ち葉の擦れる音だけがやけに大きく聞こえる。
暗がりに浮かぶ風景は慣れ親しんだ奥秩父のそれだった。怖いより懐かしい、とすら思う。日本全国、田舎と呼ばれる場所は無数にあるが、どの地方も似ているようで似ていない。葉の茂り方や生えている木の種類、そこに置かれているもの等(ほったて小屋の造りや農機具)で親近感は近づいたり遠のいたりする。カメラのズーム機能みたいに。今回は埼玉県ということもあり、期待値は跳ね上がっていた。ーーー当たりだ。そう思った。今回の動画は郷愁と恐怖の二本立てになるに違いない。もし場所が分かれば次の休みに行ってみても良い。廃墟探訪聖地巡礼編だ。
「はい!今日訪れる廃墟はこちらです!」
家の入り口はベニヤ板で塞がれている。よくある封鎖の仕方だ。子どもの頃、引っ越した近隣住民の家をこのやり方で閉じるのを手伝ったことがある。野生の鹿や猪が入り込まない為だ。ーーーう〜ん。埼玉だなぁ、と思った。
「噂によりますと、発狂した青年が村人を斧で次々と襲い、最後にこの家で首吊り自殺したと言われています」
よくある噂話だ。都市伝説、というか地方の村伝説というか。そこでは大抵、村人達は惨殺され犯人は自害する。それが唯一の救い、とでもいうように。
「では早速、中に入ってみましょう!」
この番組のアカウント主は過激系で有名だ。静かな森にチェーンソーの音がこだまする。所詮、廃墟。ーーーやれ!やったれ!ぶった切れ!と思った。ベニヤ板はあっけなく破壊され、剥き出しとなった玄関のガラスは割られた。男は手を差し込み、鍵を開けた。
「うわぁ。なんだか冷たい空気が澱んでますね」
カメラは玄関から壁を伝い、居間を映した。
ーーーあれ?と思った。
どうも見覚えのある居間だ。埼玉…だからか?テーブルの上に置かれたコップ、壁に貼られた習字の文字。どこに何があるのか、男の説明を待たずして手に取る様に分かる。
思案しているうちにカメラは居間から奥の台所へとパンする。神棚に飾られる防火御守り、冷蔵庫に貼られたままの給食献立表、戸棚の奥の皿達。そこに今尚残された全てのものが記憶の底をくすぐった。
「さて。ここが問題の『青年が自殺した部屋』です」
男の言うそこは和室で、壁には二つの遺影が飾られていた。カメラはその遺影を見上げる形でゆっくりとアップになっていった。亡き祖父母と目が合った。ーーーおじいちゃん、おばあちゃんだ。埼玉云々以前に肉親を見間違えることはない。勿論ここで青年が自殺したことなんてないし、どちらかといえば私が初体験を済ませた甘い思い出のある部屋だ。かつてそこで過ごした毎日が頭をよぎる。父母・祖父母が笑っている。ここはどう見てもかつての我が家だった。
「では恒例の除霊タイムに参りましょう!」
ーーーそうだ。この番組には除霊タイムがあった。それは除霊とは名ばかりで、線香一つ立てることはない。片っ端から部屋を破壊するだけのフザけた行為を称して、除霊と呼ぶ。普段なら笑って見ているのだが、今回ばかりは勝手が違う。
ーーーやめてくれ!俺の思い出の家を壊さないでくれ。
iPadを握りしめる。しかし、これはもう編集済みの動画だ。今から何をどう叫んだところで想いは届かない。画面の中で男はチェーンソーを手に床に敷かれた畳を次々に切り裂いていく。画面上を舞う藺(い)草。それだけに飽き足らず、遺影を掴み、奥の部屋へと放り投げる(ちなみにそこは私の部屋だった場所だ)。額のガラスが砕ける音にカメラマンの笑い声が重なる。
「さて。いかがだったでしょうか。今回の廃墟も無事除霊が済みました」男も笑っている。画面越しに下卑た興奮が伝わってくる。「次回は富士の樹海スペシャルでーーー」
私はiPadの電源を落とした。テーブルの上には飲みかけの缶ビールと封を切っただけのツマミが食べられる時を待っていた。
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