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短編278.『ステロイド・サーカス』

【9/28  歴史が塗り替えられる!】

 CDショップの店頭にはそんな文言のポスターが貼られている。どの街のどんな小さな店にも。もしそこが個人商店ならば音楽と全く関係のない店でもきっとこのポスターを見つけることが出来るだろう。

 これは事件だった。

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 今月はステロイド・サーカスの新譜が発売される。前作から五年。だいぶ待たされただけに期待も大きい。でも彼らならば必ずやその高いハードルを軽々と超えてくるに違いない。

 90年代のアンダーグラウンドシーンを駆け抜けた伝説のバンド、『ステロイド・サーカス』。あの頃、十代のバンド少年として青春を送った人間ならば誰しもが憧れ、今でも遠い目をしてその若き日の荒くれ様を語りたくなってしまう(かく言う私もそのうちの一人だ)、そんなロック中年の心を今もくすぐり続けるバンド。

 メンバーの死やドラッグ問題を乗り越え、結成以来三十年余の長きに渡り、アンダーグラウンドシーンの帝王として君臨し続けてきた。

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 音楽誌でその吉報を知った時、私の膝は震え、レジまでの数メートルを歩くにも数分を要した。近頃はメンバーであるギタリストの健康状態があまり宜しくないようで、ライブも軒並み中止となっていた。そんな最中にニューアルバムリリースの吉報!まるで天から降ってくる啓示のような荘厳さがそこには含まれていた。

『リユニオン』と題されたそのアルバムは予約段階でAmazon音楽ランキング一位を獲得し、前評判から既に伝説を一つ創り上げていた。購買層はかつてのファンだけに留まることはなく、十代二十代がより多くの数を占めているらしい。ビッグデータは嘘をつかない。『ステロイド・サーカス』は不滅である。

 一体どんな仕上がりになっているのか、も楽しみだったが、それよりも自分が生きて在るうちに『ステロイド・サーカス』を今一度聴けることが嬉しかった。

 既にプレスリリース分を聴いた音楽批評家は言う。

「CDをプレイヤーに載せる瞬間から鳥肌が止まらない。スピーカーから聴こえてくる音は紛れもなく『ステロイド・サーカス』のそれであり、それでいて過去最高のクオリティを放っている。発売日は即ち歴史的名盤の誕生日となる」

 メディアはその媒体本来の役割に回帰し、称賛の声を伝え続けた。

【世界が震え、宇宙が歓喜に包まれる。この時代に生きていて本当に良かった。 ーーーレコードマニア誌】

【ファン悲鳴!失神者続出!『ステロイド・サーカス』カムバック! ーーーオリコン社】

【これほど待ち望まれたアルバムが音楽史上あっただろうか?二十一世紀最大の衝撃! ーーーニューヨーク・タイムズ】

【初めて『ステロイド・サーカス』を聴いた時の感動が蘇った。あの時、隣にいた友達の髪の匂いすら。 ーーーローリング・ストーン誌】

【その日、世界は沈黙に包まれるだろう。商店は軒並み閉まり、電車は止まる。その静寂に『ステロイド・サーカス』の音が響く。 ーーーシカゴ・トリビューン】

 国内の大手新聞は一面ぶち抜きで『ステロイド・サーカス』のニューアルバム発売を報じ、その波は日本国内に留まらず海外メディアでも大きく取り上げられた。テレビはゴールデンタイムにCMを流し、YouTube広告は『ステロイド・サーカス』一色に染まった。

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 ステロイド・サーカス。

 世界を騒がせ続ける伝説の五人組。

 そんなバンドは存在しない。



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