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短編320.『オーバー阿佐ヶ谷』20
20.
私の目論見は大きく外れていた。誰一人として怪物のことなんか知りやしない。それどころかむしろ私が白い目で見られる始末。まぁ分からなくもない。左右に垂らした長い三つ編み、派手派手しい”ペレペレ”の上下セットアップ、二又に編み込んだ顎髭、首元や手の甲にはみ出すタトゥー。まさにラッパーの極北。そんな奴がいきなり稽古場を訪ねてきて「怪物のことを教えてくれよ」なんて、借金取りの方がまだ歓迎されるレベルだろう。
時計の針は正午を指していた。そろそろここを去る潮時だった。劇団員達は各々好き勝手に話をしている。私に興味を無くした犬、みたいに。
「まぁなんか思い出したことがあったら連絡くれよ」
私はポケットに入っていたチラシに連絡先を書いて、年寄りの団員に渡した。
「お、懐かしい」
チラシを囲んで眺めながら、団員達は言った。
*
エレベーターホールで私を下界へと誘う方舟を待っている時、Chickな女(=劇団員C)がドアの向こうから顔を見せた。
「あの…」
大きな目が特徴的だった。多分、演劇界の中では美人の部類に入るんだろう、多分。Tシャツを内側から盛り上げる脂肪組織はこれまで何人の男に揉みしだかれてきたのか分からない程に欲情的だった。私はそれを、アルプスの山並みを眺めるが如く眺め、顕微鏡で未知のウイルスを探す様な専心さで以て観察した。
私の視線で女の胸元が焦げてしまわない内に目を逸らした。
「もしかしたら、ずいぶん前に退団した座長さんが何か知っているかも分からないです。結構な期間在籍していた方で、主催とも長い付き合いだったみたいですし」と女は言った。
「オーケー。そいつの連絡先か居場所分かる?」もう一つ名案を付け加える。「ついでに君の連絡先も教えて貰えない?」明暗は如何に?
「分からないし、教えたくもないですけど、座長さん、主催のお通夜には来るんじゃないかと思います」
「オーケー。君も来るんだろ?通夜。俺、そいつの顔知らないからさ。通夜の席で見かけたら紹介してくれよ」
「OK〜♪」
ーーー急に馴れ馴れしくなりやがった。
(自分の電話番号はお前如きに)教えたくもない、が案外結構心に突き刺さっていた。今宵枕を濡らすことになってしまうかもしれないくらいには。胸元を見過ぎたのが原因かもしれない。ただラッパーなんていう生き様が嫌いなだけかもしれないし、レズビアンなのかもしれない。次はどう断られるのか不安を感じながら尋ねる。「名前は?」
「ワタシですか?それともその」
「君以外に興味はないね」
「まきな、です。小石川真妃奈。あなたは?」
ーーーヴァギナ、みたいな名前だな、と言おうと思ったがこのご時世、コンプラ的にヤバそうなので心の内に留めた。
「まりゅうぎゅう。馬に龍に丑で、馬龍丑。”。”まで込みで馬龍丑。」
「中国の人?」
「いや、レペゼン邪馬台国のGenuine Shitだ」
ドアを閉めようとする若い女に「あ、あと通夜の日取りと場所も教えて」と付け加えた。結局のところ、私は何一つ知らない。
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