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宙のかたすみ~心旅の源~(2)

少しヒステリックな声に右側を見ると、いつの間にか若い女性が座っていた。体が薄い緑色のオーラで覆われている。
「女王、いやパドメ!いつの間に。ああ、あっちというのはルシルのことですよ、女房の。あいつと出会ったのは、俺が初めてアウターリムのライロスに行った時。そう、何の偶然かトワイレック族の故郷ですよ。進んだクローン技術を持つ、陸地のない海ばかりの惑星カミーノの手前にある星。そこのスペースポートでハイパードライブの調子を見ている時、迷いこんできたのが彼女なんです。デビューしたての超売れっ子歌手。驚きましたね。何でも出番までの時間つぶしに基地内を見て回っているうち、元の場所への道がわからなくなったとか。で、彼女を控室まで案内しながら他愛もない話をしました。でも、この時点で、彼女はもう俺に落ちていましたね。」
「何を根拠に、そんな思いあがった事が言えるの!」
この女性に欠点があるとすれば、まじめで正義感が強すぎて融通が利かないことだ。
「目ですよ。ドアの前で『次回からはお伴を連れて歩くように。』、と忠告すると、『このお礼をしたいのでもう一度会いたい。』と言いました。潤んだ目で。あなただってジオノーシスのアリーナに引き出される時、彼に同じ眼をして告白したでしょう?」
ジェダイと国家元首との禁じられた恋と片付けるのは簡単だが、本人たちにとってみれば自分の感情を押し殺して傍目のために忍ばなければならなかったという辛い思いだ。
「確かにそうだったわ。大きな声を上げたりしてごめんなさい。」
「それから一ヵ月後、インペリアルシティーのジェダイテンプルの下で待ち合わせて芝居を見て食事しました。お互いの生い立ちや身の回りの話やらで盛り上がったのですが、正直、私は少々気まずかった。と言うのも、ライロスからの帰還途中でここに寄った時、キャプテンと喧嘩し殴り飛ばして身分保留処分をくらっていたんです。話そうかとも思いましたが、嫌われるようなことは…」
「それは違うわ。」
「素直に話すべきでしたか?ま、彼女も何となく感じてたようですけど。」
「いやあ、元気かい?」
今度は左側から声が聞こえた。あの人物だと分かったが、髪はふさふさでかなり若い。
「ま、マスター。いらしてたんですか。お若いころのその姿がお気に入りなんですね。話を続けても?ありがとうございます。で二日後、突然連絡をよこし復職できるようになったという。つてを頼って根回ししてくれたようです。しかし復職したとは言っても2階級降格、当然給料は減りもちろん副官手当てもなくなった。それまでの暮らしを維持するだけの稼ぎがなくなったんです。結局私は彼女に拾われる格好で一緒になり、彼女の収入で暮らした。髪結いの亭主、って訳ですよ。」
「クックックッ。」
「力関係はどうあれ、お陰で楽な暮らしでした。いい家に住んでうまいものを食べ、最新のスピーダーにも乗れた。でも、それで満足かときかれると、決してそうじゃない。」
「ほう、それは何故かな?」
「興味おありですか?彼女はずっとトップスターで走り続け、私と一緒にゆっくりできる時間なんてなかった。無理するなと言っても、自分は好きなことができているから楽しいんだという。」
「大した女性だな、彼女は。」
「ええ。銀河のあちこちへコンサートに行き、戦争孤児のチャリティーや文化遺産の修復に協力したり。本当によく働く。人間として尊敬できる女性ですよ。」
「と言ってはいるが、内心すこしイラついてやしないか?」
「いや、イラついてはいません。不安なだけです。子供たちが巣立ったあと、ふと思いました。彼女にとって私は何なんだろうかと。彼女の喜びを自分の喜びと出来ているのか。私にできることは、たまに愚痴を聞いてやり静かに頷くことだけ。私が問題を抱えていたり悩んでいたとしても、その感情をぶつけては彼女に迷惑だ。彼女は私を必要としていない、面倒な愛など感じてなんかいられない。」
「そうとは思わないが。」
「そうですか?愛ほど厄介なものはないと思いませんか?あなたのパダワンがダークサイドに落ちたのは、愛する彼女を救いたかったからでしょう?」
愛する女性が苦しんでいる夢。あまりに現実的すぎて、彼は自分が未来を見たのだと思った。ならば特殊な力を身につけ、そうならないようにして見せる。それがダークサードへのひと転がり目だった。
「あぁ…、確かにそれはそうだが。」
「私はその愛情の表現に戸惑った。ルシルはとても繊細な女性です。傷つくことも多い。そんな時いたわってやりたい、抱きしめてやりたい。でも、そうしてしまうと彼女はもう二度と外の世界に出ていけなくなる。不安でした、いや寂しかった。」
「そんなに自分を責めないで、落ち着きたまえ。」
「そんな時、ミディアニスと出会ったんですよ。わたしは渇きをいやすように彼女を愛した。彼女におぼれた。愛しくて愛しくてたまらなかった。ははは、分別のあるいい歳した妻子持ちが、若い娘にうつつを抜かしてみっともない、とお思いでしょうね?」
「傍目にはそう映る。」
そう言いながら、独特な呼吸音とともに正面にゆっくりと座った黒い影。そう、彼は・・・
「あなたらしいはっきりとした答えですね。しかし、考えてみてください。分別があるということは、世間体に縛られて、思っていても言えない・出来ないことが増えてしまったってことなんです。増え過ぎて、心の中には様々な感情が渦巻いている。あなたが感じたような悔しさ、怒り、ねたみ、寂しさ。どちらかと言えばマイナスの感情です。じゃあ、それらに潰されてしまわないためには、どうしたらいいんです…バランス、ですか?」。
「その通り。」
「つまり、マイナスに傾いた心のレベルをゼロに持っていけと。わかっていましたよ、そのことは。だから心が軽くなるような楽しく明るいプラスのことをすればいい。私にはそれが人を愛することだったんです。」
「違うな。マイナス側の左右でバランスをとればよかった。“怒り”と“技”という。」
「あなたほど、ダークサイドに身を染める勇気はありませんでしたよ。だから、私は寂しさを埋めるために彼女を愛したんです。そして彼女はそれに答えてくれた。ルシルがいない時はほとんど一緒いたし、慰問や公演で長期留守の時は旅行にも行った。そんな中で訪れたキャッシークでの夜、ロシュアの木の上で降り注がんばかりの星を眺めていると、彼女がそっと体を預けてきた。本当にいとおしく思いました。あんなに幸せを感じたことはなかった。彼女といると、どんな嫌なことも忘れられる。この人のためだったら、何でもしてやれる。彼女を愛することで、私の心はとても満たされていました。」
黙ってこちらを見据えたまま、深い呼吸音が二回聞こえた。
「いけないことですか?人を愛してはいけないのですか?若い頃なら、誰にはばかることなく愛情を表現できたのに、今はやってはならないことだと?歳だから、結婚しているから、世間体が悪いからという理由で、満たされない心を持ったまま生き続けていかねばならないのですか?だとしたら、人生はなんて残酷なんだ。心を持って生れた人間でありながら、成長していくにつれその心を閉ざしていかねばならぬとは。」
「それが運命というものだ。」
「違う、運命なんかじゃない!私は嫌だ。自分を潰したくない。人を愛し続けたい。どうして許されないんです?なぜ愛することをやめなければならないんですか?愛する人と二人でゆっくりと過ごし、同じ体験をし、二人で語り合う。私は…お互いの感動を共有し、いたわりながら生きていく人が欲しい。あなたがそばにいてくれてホントによかった、と言ってくれる人が欲しい。自分の存在を認めてほしい。生きていてよかったと実感させてほしいだけなんです。」
「勝手にすることだ。」
その言葉とともにスーッと姿が薄くなり、正面の客の背中だけが見えた。
「ミー、戻ったね。」
「はぁ〜。おまえはほんとに悩みがなさそうでうらやましいよ。ノーテンキって言葉は、お前のためにあるんだろうな」
「ちょっとしちれいじゃない?」
垂れ下がった耳を大きく揺らして抗議した。
「あ〜、ちょっとばかしやばい事になる気配ね。」
そそくさと彼が消えていくのと入れ替わりに、トーキー越しの声が聞こえた。
「IDを見せてもらおう。」
接近戦用のブラスターを手にしたスノートゥルーパーが、目の前に現れた。
「おいおい、いつから酒飲むのにIDなきゃあいけなくなったんだ?」
「お前に質問する権利はない。」
「やれやれ、外のスピーダーの中だ」
「わかった、案内しろ。」
ったく、融通の利かねえお固い野郎だ。
 外に出ると、既に暗くなりかけていた。遠くにモス・エスパの明かりが見える。
「あの街、暗黒卿が小さい頃母親と暮らしていたところだ。今じゃすっかり寂れているが、かつては年に一度開かれるポッドレースを観に、近くの星から人がわんさか訪れたもんだ。で、こっちの二つの太陽が沈んでいる方向に、スーパーヒーローが育ったモイスチャーファームがあった。かわいそうに、育ての親である彼の叔父と叔母は帝国軍に殺され…」
突然。激痛を感じ思わず膝をついた。
「っつ!何を…」
痛みに耐えながら手を回し右腰を探ると、何かがホルスターベルトをまたぐようにして身体に刺さっている。それが皮膚を切り裂くのを我慢しながら引き抜くと、先端が立体的に三つに分かれた鏃だ。
「カミーノ・セーバーダート…人相を替えられるクローダイト族のザムをコルサントで殺したやつだ。お前、ルシルに雇われたな。俺が顔を使い分けてるって言う皮肉か?」
幸いダートの中心の毒針はベルトのビスに当たったのか、皮膚に届くことなく折れていた。
「皮肉だな。ミディアニスとは三日前に別れた。いや、彼女から別れを告げられた。『これ以上一緒にいると、あなたのすべてが欲しくなる』『あなたを永遠に自分だけのものにしたくなる。』とね。やさしい言葉だろう?生まれてからあれほど愛されたことはなかった。あんなすばらしい女性、二人といない。愛しくて愛しくて、あいつのためだったら何でもしてやれた。いつまでも離れたくはなかった。だが、結局俺の身勝手な愛に嫌気が差したんだろう。結局彼女を苦しめることになってしまった。」
直接毒針は刺さらなかったが、折れた針先から漏れた液が鈎状の鏃でえぐられた傷口から染み込んだようだ。体の力が抜けてきた。思わず右手を壁につき体を支えた。
「はは、おかしいとは思ったんだ、将校様が職質するなんて。」
短めの鮮やかな緋色のマントをまとっているが、それは指揮官の証だ。
ん?ヘルメットとマントとの隙間から見覚えのあるものが覗いている。
「お前、その三つ編み…」
ゆっくりとヘルメットを脱ぎ地面に落としたのは、紛れもなくミディアニスだった。こちらを見つめている顔に、悲しげな笑みが浮かんでいる。ほほを伝う涙を拭いもせず、小さく絞り出すような声が聞こえた。
「え…待ってるから?おい、やめろ。ブラスターを胸から外せ!やめろ!やめ…」
いとおしげに瞳をこちらに向けたまま、ブラスターの引き金を引いた。鈍い音。何か言いたげに唇が動いたが、ゆっくりと膝を崩して倒れ、やがて眼を閉じた。
「くそっ、なんて事を!」
見ていることしかできなかった。守ってやる事が出来なかった。所詮俺は自分に都合のよい事だけをやってきたわけだ。
 だんだん力が抜け重くなった体を支えられず、ついに膝が崩れて地面にあおむけに転がった。これで俺も終わりか?星が空に満ち始めている。そこへ今にも落ちていきそうだ。
 瞼が重くなってきた。頭の奥が痺れる。『カズ』と俺を呼ぶ声が聞こえた気がしたが、神経毒は色々な感覚異常を起こすらしい。ふらっとここに来たんだ。俺がこの星にいる事を知ってるやつがいるはずはない。
 辛いな、こんな宇宙の果ての砂漠の星で一人寂しく死んじまうなんて。

「ああ…ルシ…ル。」                                                  ~心旅2へ続く~


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