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社会厚生を高めるための携帯電話市場のあり方についての議論を

高すぎるとされる携帯電話料金を巡って、携帯電話料金の4割引き下げ論も叫ばれてきた。また、携帯電話料金の4割引き下げ論とともに、総務省では「消費者保護ルールの検証に関するワーキンググループ」(以下WG)も開催されてきた。WGでは、電気通信サービスの消費者保護のあり方を検討するに際しての基本的な視点を共有することを目的に、消費者が安心して電気通信サービスを利用できる環境の確保等の議論がなされている。たとえば個別の論点として、携帯電話の契約時の説明の在り方および手続時間等の長さへの対応や携帯電話契約の料金プランの複雑さ等も指摘されている。

そして、携帯電話料金の引き下げに向けて、安価に手に入れることができる中古端末の流通を促すことが話題となっている。当記事によれば、携帯電話の中古市場を調査し、問題が発覚した場合に是正を求めることや、株式と商品先物をひとつの取引所で売買できる「総合取引所」も2020年度頃に創設することも検討されているとのことだ。

携帯電話料金が問題とされる理由は何だろうか。

たとえば、通信、電力、ガス、鉄道、郵便などのネットワーク産業は競争が不在になりやすい。いわゆるライフラインと呼ばれるインフラ事業は、新規参入者がいると重複してしまう。経済学で「自然独占」と言われるようなインフラ事業は、きわめて大きな初期コストが発生する。このような独占が生じやすい産業では、非効率的な経営に陥り、利用者に高い料金を設定する、ほかに選択肢がない利用者に不満足なサービスを提供するといったことも過去には行われてきた。そして、多くの国ではこのような産業について、(1)インセンティブの強化、(2)料金格差の設定、(3)市場開放、(4)規制機関の独立性、といった規制改革も実施された。

(1)インセンティブの強化は、生産性の向上やコスト削減などの経営努力によるメカニズムを導入すること。(2)料金格差の調整は、需要の価格弾力性が小さいサービスで調整すること。(3)市場開放は、市場アクセスへの確保。(4)規制機関の独立性は、国家の役割が生産の当事者から規制をする側に回ったことから、規制当局の役割を認めるものだ。

通常、経済効率を最大化するには、モノやサービスの価格をその生産の限界費用に等しくなるように決めるというものである。限界費用とは、生産を一単位増やしたときの総費用の増加分である。限界費用には、固定費(設備、不動産、管理費、研究開発費など)は反映されない。固定費は生産量とは無関係だから、固定費の大きい事業者(通信、電力、ガスなど)が限界費用と等しく料金を決めるとしたら、この事業者は固定費の分だけ赤字になる。固定費をカバーするには、政府から補助金をもらうか、限界費用とはかけ離れた料金を利用者に払ってもらうか。通信などの事業者が、一つではなく複数のサービスを提供している場合、「ラムゼイ=ボワトーのルール」によりサービスの料金を設定する方法も考えられる。通信などの自然独占企業に対して、コスト削減を促し、社会厚生に資する価格設定の動機付けを与えるような改革を実施することも大切だろう。競争至上主義と競争を導入する方法を模索し、公共サービスと競争の両立を図ることが重要だろう。

© tashirokouji

通信や電力などの自然独占企業は競争における問題点もあるが、日本国内における現在の携帯電話市場、主に中古携帯市場についてみてみることとする。スマートフォン等の中古端末の促進については、総務省の「モバイル市場の公正競争促進に関する検討会」で議論されてきた。ある企業の調査では、2018年度の携帯電話の総出荷台数は3,530万台(内スマートフォン3,180万台)と予測されている。また、同企業が2017年に調査した「中古携帯端末の利用実態と市場規模(2017年10月調査)」では、2016年度の中古携帯電話市場は191万台(内スマートフォン158万台)と推計されている(下図参照)。

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同調査では、中古端末の購入経験者が中古端末を購入した理由では、(1)「価格が安い」(37.6%)、(2)「自分にとって必要な機能が備わっているから」(18.4%)、(3)「2年間利用の前提がなく、契約期間に縛られることなく利用しやすいから」「見た目が新品と大差ないから」(13.8%)となっている。日本国内における中古携帯電話市場の規模は大きくないが、今後拡大が期待されること。また、中古携帯電話を購入した経験がある者は、アーリーアダプター層(*1)などに留まっていることが予想される。

上記では中古端末の購入経験者への訴求力は価格が強いことなど分かるが、価格という点では、MVNOと呼ばれる格安SIMのサービスを提供している事業者もある。中古端末の流通促進のためには、価格に訴求するだけでは弱いだろう。さらに、NTTドコモなどの大手3社が価格競争を実施してきた場合、MVNOを提供している事業者は価格競争の面では劣ることが予想される。

たとえば、大手3社のうちのある企業が携帯電話料金を引き下げると、契約者が移動しないように他社も同様に価格引き下げを実施する可能性もある。MVNOは大手3社の料金引き下げに伴い、さらに価格引き下げを実施しなければ競争優位を築くことはできない。すなわち、「囚人のジレンマ」と呼ばれる状況に陥ることも考えられる。このような「囚人のジレンマ」を避けるため、携帯電話の契約を複雑にすることで他社へのスイッチングコストを高め、解約を困難にすると仮説を立てることもできるかもしれない。携帯電話会社はARPU(*2)と呼ばれる1ユーザー当たりの平均売上を増やすことなども課題とされるため、契約数は重要な指標となる。また、DAZN for docomoのようなサービスの提供による囲い込みも有効な戦略となる。

2007年に初代iPhoneが発売され、携帯電話市場に破壊的イノベーションを起こした。そして、スマートフォンは一般化し、私たちの日常生活に欠かせないものとなっている。スマートフォンの普及とともにSNSは災害時におけるインフラとしても機能し、またウィークタイズによる新しい繋がりも生まれた。携帯電話の公共的側面と携帯電話市場における健全な競争等の議論を行うことにより、消費者の社会厚生を高めるための取り組みなどは重要だろう。

(*1)アーリーアダプターとは、新たに現れた革新的製品やサービスなどを比較的早い段階で採用・受容する人々。ジェフリー・ムーア氏の著書『Crossing the chasm』ではイノベーター、アーリーアダプター、アーリーマジョリティ、レイトマジョリティ、ラガードに分類し、アーリーアダプターとアーリーマジョリティの間に、普及を阻む「溝(キャズム)」があるとされる。

【参考文献】

『良き社会のための経済学』(ジャン・ティロール著、2018年)

『入門ミクロ経済学 原著第9版』(ハル・R・ヴァリアン著、2015年)

https://www.nikkei.com/article/DGXMZO37826600W8A111C1MM0000/

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