統計データなどを用いて #かわる初任給 について考えてみた

賃金はどうやって決まるか。賃金を決める要因は、労働者個人が持っている生産性に依存するとされる。生産性の違いは、たとえば「人的資本」の蓄積量によって異なってくる。高い教育を受けることなどによって人的資本を蓄積することで生産性は高くなる。そして、労働者は高い賃金を獲得することができる。一方、「シグナリング理論」によれば、情報の非対称性があると、大学教育によって生産性が変化しなくとも、労働者は大学に進学する動機を持つ。労働者の生産性を、大卒という情報を用いて企業に伝達することで、企業は労働者がある水準以上の生産性を有していると認識することとなる。このため、高卒と大卒における賃金格差が発生し、学歴情報が能力のシグナルとなる。

日経COMEMOでは、#かわる初任給 というテーマで意見募集をしていた。

本文中では、初任給の推移などの概要等を確認した上で、これからの働き方などについて考えてみることとしたい。

1. 新規学卒者の初任給の推移と賃金カーブの変化

 1.1 企業規模別新規学卒者の初任給の推移

まず、厚生労働省「賃金構造基本統計調査」より、企業規模別新規学卒者の初任給の推移(企業規模計)について確認してみることとする。

大学卒の男性および女性、高校卒の男性および女性の初任給の推移を可視化したものが下図である。

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大学卒の男性の初任給は1993年に初めて19万円を超え、2019年には212,800円となっている。また、大学卒の女性の初任給は2006年に初めて19万円を超え、2019年には206,900円となっている。2019年の大学卒の男性および女性の初任給における格差はかなり縮小している。

一方、高校卒の男性の初任給は2008年に初めて16万円を超え、2019年には168,900円となっている。また、高校卒の女性の初任給は2007年に初めて15万円を超え、2019年には164,600円となっている。

1976年以降、新規学卒者の初任給は伸びを続けていたが、1990年代以降は初任給の伸びは縮小し、ほぼ横ばい傾向にあることがグラフからは確認できる。

 1.2 賃金カーブの変化

続いて、賃金カーブの変化について確認してみることとする。1976年、1995年、2018年の各調査年での男女計の勤続0年の平均所定内賃金額を100としたときの各勤続年数階級の平均所定内給与額を可視化したものが下図である。

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1976年の場合、勤続年数0年の男性は117.4、女性は80.5となっている。同年において勤続年数が20~29年の場合、男性は233、女性は150.4となっている。次に1995年の場合は、勤続年数が0年の男性は112.2、女性は83.1となっている。また同年において勤続年数が20~29年の場合、男性は208.3、女性は134.8となっている。最後に2018年の場合、勤続年数が0年の男性は106.9、女性は91.4となっている。また同年において勤続年数が20~29年の場合、男性は184.9、女性は133.7となっている。このことから、賃金カーブのフラット化が進んでいることをみることができる。

賃金カーブと労働生産性については、たとえば、Lazear(1979)による「後払い賃金」と呼ばれる考え方もある。具体的には、「若年期には労働生産性を下回る賃金を、高齢期に労働生産性を上回る賃金を支払い、定年時には入社以降の賃金総額を生産総額に一致させるという暗黙の契約を労働者と結ぶ」とされるものである。日本企業に一般的にみられる年功賃金を後払い賃金で解釈する場合、労働者の転職や怠業を防ぐという、インセンティブに働きかけることが重要になる。

現在のVUCAと呼ばれる時代においては、年功賃金や職能制度の在り方の見直しも議論されるべきなのかもしれない。たとえば、メンバーシップ型雇用とジョブ型雇用も同様だろう。初任給と働き方などについては、後述で考えてみることとする。

(参考)2000年代以降の日本のマクロ経済

参考ではあるが、ここで2000年代以降の日本のマクロ経済の概観を確認してみることとする。

まず、実質GDPおよび名目GDPの推移を可視化したものが下図である。

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2000年において528兆円(名目)、464兆円(実質)であったGDPは、2018年にはそれぞれ548兆円(名目)、534兆円(実質)となっている。2000年以降の名目GDPは概ね横ばいあるいは低下の傾向にあり、また実質GDPは緩やかな右上がりの線となっている。

続いて、実質GDPおよび名目GDPの成長率の推移を確認してみることとする。2000年以降の実質GDPおよび名目GDPの成長率の推移を可視化したものが下図である。

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2000年以降はほとんどの期間で名目成長率を実質成長率が上回る「デフレ」の現象がみられる。2014年からは名目成長率が実質成長率を上回る期間もあったが、2016年以降は実質成長率に対して名目成長率の低下もみられる。

上述したように、1990年代以降初任給の伸びが低下し、また賃金カーブのフラット化も進んでいるが、日本のマクロ経済の停滞もひとつの要因として考えることができるだろう。

2. 企業規模別にみた初任給の可視化について

上では初任給の推移と賃金カーブについて確認したが、続いて企業規模別にみた初任給を確認してみることとする。常用労働者1000人以上の大企業、常用労働者100~999人の中企業、常用労働者10~99人の小企業のそれぞれの初任給を箱ひげ図で表したものが下図である。

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■大企業(常用労働者1000人以上)
・高校卒(男性):169,100円(2019年)
・高専_短大卒(男性):187,300円(同)
・大学卒(男性):215,900円(同)
・大学院修士課程修了(男性):241,600円(同)
・高校卒(女性):166,900円(同)
・高専_短大卒(女性):184,000円(同)
・大学卒(女性):209,700円(同)
・大学院修士課程修了(女性):244,400円(同)

■同学歴による男女の初任給の格差(男性平均値-女性平均値)
・高校卒:4,500円
・高専_短大卒:4,800円
・大学卒:7,300円
・大学院修士課程修了:▲3,200円

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■中企業(常用労働者100~999人以上)
・高校卒(男性):167,600円(2019年)
・高専_短大卒(男性):184,200
(同)
・大学卒(男性):211,100円(同)
・大学院修士課程修了(男性):232,500円(同)
・高校卒(女性):163,600円(同)
高専_短大卒(女性):183,000円(同)
・大学卒(女性):205,200円(同)
・大学院修士課程修了(女性):230,800円(同)

■同学歴による男女の初任給の格差(男性平均値-女性平均値)
・高校卒:5,700円
・高専_短大卒:3,200円
・大学卒:6,100円
・大学院修士課程修了:200円

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■小企業(常用労働者10~99人以上)
・高校卒(男性):171,800円(2019年)
・高専_短大卒(男性):182,300
(同)
・大学卒(男性):206,000円(同)
・大学院修士課程修了(男性):232,600円(同)
・高校卒(女性):163,800円(同)
高専_短大卒(女性):183,500円(同)
・大学卒(女性):201,800円(同)
・大学院修士課程修了(女性):218,800円(同)

■同学歴による男女の初任給の格差(男性平均値-女性平均値)
・高校卒:11,000円
・高専_短大卒:8,000円
・大学卒:8,100円
・大学院修士課程修了:6,500円

企業規模別の男女の初任給の格差(男性平均値-女性平均値)を調べてみると、小企業(常用労働者10~99人)と大企業(常用労働者1000人以上)の大学卒で格差が大きくなっていることが分かる。

大企業における大学卒の男女の初任給の格差が大きくなっていることは、たとえば総合職と一般職の採用の違い、男性は専門性を活かした職業に就いていると仮説を立てることもできるかもしれない。また小企業で男女の初任給の格差が大きくなっていることは、小企業では女性の活躍の推進が進んでいる途上であるとの仮説を立てることもできるだろう。

「女性活躍推進法」が2016年に施行されてから数年が経つが、男性優位の働き方を見直していくことも大切だろう。長時間労働を社会学的に考察した小野(2016)によれば、日本の労働時間が減らない要因として、インプット重視社会、人的資本より残業=頑張っているとするシグナリング、集団意識と上下関係などが挙げられている。

企業の持続的成長のためにも、withコロナ等を契機として、新しい働き方を推進することも重要になると考えられる。

(コラム)ある調査の「初任給の使い道」から

初任給の金額も気になるが、社会人になって初めて貰う初任給の使い道も気になるところである。ここでは、ある企業が実施した社会人の意識調査より、初任給をどのように使いたいかおよびどのように使ったかを確認してみる。その可視化したグラフが下図である。

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社会人1年目への調査では「貯蓄」へ使いたいが最も多くなっているが(53.2%)、社会人2年目へのどのように初任給を使ったかでは、「貯蓄」は38%となっている。この調査での社会人1年目も「貯蓄」に使いたいと「貯蓄」に使ったでは、実際にはおそらく異なる結果になったのかもしれない。この調査では、「飲み会_食事会」の項目が、使いたい割合より使った割合が多くなっていることも特徴だろう。社会人になると飲み会の回数も増えるが、現在ならばZoomを利用したオンライン飲み会を企画する社会人もいるだろう。Zoom飲み会の幹事は、「(××さん)に向かってズームイン」と盛り上げることも大切だ。

3. 初任給と賃金、これからの働き方

労働者間の賃金格差を説明するものとして、たとえば次の4つがある。第一に、技能の違い。第二に、職場環境の違い。第三に、インセンティブ設計の違い。第四に、労働市場における外部機会の違い、である。このような考え方によって、正社員と非正社員の間の賃金格差を説明することもできる。また昨今では、新規学卒者に対して、高額の初任給を支払う企業も現れてきた。現在のところ、新規学卒者へ高額の初任給を支払う職種は、高度の専門性のあるものに限られているが、初任給や賃金の在り方は働き方などを変化させていくと考えられる。

これまでとこれからの変化の速度の差は拡大していくことが予想される。戦後に一般化した終身雇用と年功制は変化の遅い時代に適合的であった。しかし、変化が加速するこれからの時代においては、終身雇用と年功制は改められることも考えられる。技能の違いによって賃金の格差が説明されるならば、これまでの技術進歩の速度とこれからの技術進歩の速度の変化は、労働者に新たに要求される技能の変化により、年功的な賃金から職務によって賃金が支払われる労働者が増えていくことも予想される。このことは、労働者に対して新たな技能を獲得するための学歴の要求(ここでの学歴とは卒業した大学名や高校名ではなく、学び続けることをいう。)、フリーランス型の労働者あるいは企業に所属しながら自営業者のような働き方をする労働者の増加などの変化も考えられる。

新規学卒者の採用および初任給の決定等において、労働市場の評価機能を改善していくことも重要だろう。新しい評価尺度を普及させることは、新規学卒者の採用および初任給の決定だけでなく、潜在能力を持つ氷河期世代や非正社員等の雇用機会の確保にもつながる。

初任給の変化は、2020年代以降の労働市場のバージョンアップにもなる可能性がある。

4. さいごに

#かわる初任給 というテーマで、これまで統計データや労働経済学の理論等を用いて本文を書いてきた。

労働における問題のひとつには、長時間労働がある。長時間労働の要因には、男性中心の企業文化等があると考えられる。たとえば、Kato, Kawaguchi and Owan(2013)による研究では、労働時間の長さと昇進する確率には正の相関があると実証されている。初任給の変化は、終身雇用や年功制という社会に根付いた意識を変化させる小さな要因にはなるかもしれない。また、このような変化は、企業文化や働き方も変えていくことが考えられる。

1990年代以降の失われた30年を脱却するカギは、小さな変化が集まって、大きな変化を起こすことによってジレンマを乗り越えることができるのかもしれない。



【参考文献】
太田聰一、玄田有史、近藤絢子(2007)「溶けない氷河」『日本労働研究雑誌』2007年12月号
佐々木勝(2011)「賃金はどのように決まるのか-素朴な疑問にこたえる」『日本労働研究雑誌』2011年6月号
佐野晋平(2015)「人的資本とシグナリング」『日本労働研究雑誌』2015年4月号
横山泉(2015)「人的資本と後払い賃金」『日本労働研究雑誌』2015年4月号
小野浩(2016)「日本の労働時間はなぜ減らないのか?-長時間労働の社会学的考察」『日本労働研究雑誌』2016年12月号
川口大司(2018)「雇用形態間賃金差の実証分析」『日本労働研究雑誌』2018年12月号
永沼早央梨、西岡慎一(2014)「わが国における賃金変動の背景:年功賃金と労働者の高齢化の影響」日本銀行ワーキングペーパーシリーズNo.14-J-9

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