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スウェーデン留学記#51 人生で一番嬉しかった誕生日

誰かに自分の誕生日を祝ってもらえるということは、いくつになっても嬉しくて特別なことである。
小さい頃、誕生日は目が覚めた瞬間に「今日は自分が主役の日だ!」と思い出し、ワクワクして飛び起きていた。朝から母親がケーキやごちそうを用意してくれている気配や、弟や妹たちが手作りのプレゼントを用意してくれている気配を感じとる。そうして夕方ごろから、自分の大好物がならんだ食卓に家族全員が集まり、祝福を受けながらごちそうを食べるのだ。満タンになった胃袋にさらにケーキを押し込み、幸せな気持ちで気づかないふりをしてプレゼントを待つ。そうすると両親や弟妹達が用意してくれたプレゼントや、親戚からの手紙や贈り物を両手にあふれんばかりに渡されるのだ。
一方で、友達に誕生日を祝福してもらえる機会は今まであまりなかった。というのも、これは4月生まれあるあるなのだが、誕生日が入学式やクラス替え直後なので、誕生日を祝い合える友人関係を構築している頃には自分の誕生日はとっくに過ぎ去っているのである。とはいえ、スマホが普及してSNSで気軽にメッセージを送り合えるようになった今は、誕生日当日にメッセージを送ってくれる友人もいて、毎年ありがたさを感じている。

そんな私にとって、今までで一番心に残った誕生日がルンドで過ごした誕生日なのである。例によって、シェアハウスでは自分の誕生日会は自分で主催することになっていたので、私も1週間ぐらい前にハウスメイトに誕生日会の開催を宣言していた。夕食はLa cucinaという近所の美味しいイタリアンのピザをテイクアウトすることにした。夕食をみなで食べながら、和やかにお喋りできればいいなと思っていた。

一つ目のサプライズは当日、朝から始まった。朝、私は私の部屋のドアをノックする音で目が覚めた。寝ぼけ眼でドアを開けると、そこにはアメリが立っていた。「あなた、今日の午前中は授業ある?」と聞かれ、「いや、何もない。」と答えると、「じゃあ一緒に朝ご飯を食べよう。」という。急に何だろう?と訝しく思いつつ、断る理由もないので身支度をしてリビングに向かった。アメリは「そこに座ってて。」と言い、パンケーキを焼き始めた。私はまだ訳が分からない。が、言われるがままに椅子に座り、アメリがパンケーキを焼く様子を観察していた。次第にいい匂いがしてくる。私は匂いにつられて立ち上がり、キッチンまで行きフライパンを覗き込んだ。アメリはフフフと笑いながら、黙々とパンケーキを焼き続けた。

何枚ものパンケーキが焼き上がり、アメリはそれを皿に盛り付けてパンケーキタワーを建てた。そして、その上にキャンドルを乗せ、火をつけた。ようやくここで私はハッと思い当たる。アメリは「お誕生日おめでとうー!」とにっこりして、私にパンケーキタワーを差し出した。嬉しくてとっさに返事できなかった。こんなサプライズ、生まれて初めてなのだ。ようやく私もにっこり笑って「ありがとう」と言うことができた。アメリは「サプライズ成功!」と嬉しそうだ。そして、二人で山盛りパンケーキを一緒に食べた。家族以外でこんな風に朝から誕生日を祝ってくれる友達ができるなんて、私は
幸せ者である。


だが、嬉しい出来事はそれで終わりではなかった。夕方になり、予定通り私はピザを注文した。ピザの受け取りは何人かのハウスメイトが行ってくれた。そして、私の誕生日会は和やかに始まった。暖炉の上のキャンドルには火が灯され、美味しいピザを皆で囲み、穏やかで幸せだった。

ピザを食べ終えると、アメリとヴィエラが手作りのチョコレートケーキを運んできてくれた。その美味しいこと!あとでレシピを聞かねば、と思いながら一口一口丁寧に味わった。

そして、お待ちかねのプレゼントタイムだ。毎回、ハウスメイトの誕生日会では、みんなで選んだ雑貨や小物を贈っていた。素敵な雑貨屋さんが多いルンドでは、贈り物選びに苦労することはないくらい可愛いものがたくさんあった。一番多かったのはキャンドルの贈り物だ。さすが北国スウェーデンで、長く暗い冬を楽しく過ごすべく発展してきたキャンドル文化のおかげで、雑貨屋さんにはありとあらゆるお洒落なキャンドルが売られているのだ。その次に多かったのは、大学での勉強に役立ちそうなノートやペンといった文具だった。私にはみんな何を選んでくれたのだろう、とワクワク待ち構えていると、皆はまず細長い袋を渡してくれた。開けると中には、飾るのがもったいないくらいお洒落なキャンドルとキャンドル立てが入っていた。そのキャンドルは一番上に火をともすと、徐々に真ん中の蝋が削られていく一方、周りの壁は残る仕組みらしい。そして周りの壁には実はレース模様のような柄が彫られていて、火をともすごとにその模様が露わになっていく、という訳だ。「嬉しい!使うのが楽しみ!」とお礼を言った。

すると、もう一つあるのだと言って、一冊のノートを渡してくれた。金銀の魚が表紙に描かれたアンティーク調のお洒落なノートだ。でも、使用感がある。あれ?と思い、ページをめくってみて私はびっくりし、声が出なかった。ノートの1ページ1ページに手書きのレシピが書いてあるのだ。このシェアハウスに住み始めて一年間弱、ハウスメイト達とは一緒にキッチンに立つことが多い中、私は彼女達が作る異国の料理やお菓子にいつも興味津々で、ことあるごとに作り方を聞いてきた。また、彼女たちは時折ケーキなどのお菓子やパンを焼き、ハウスメイト全員に振舞ってくれる機会も多かった。その度に、皆美味しい美味しいと言い、時には最後の一切れを狙って激しい競争を繰り広げつつも、楽しいおやつの時間を共にしたのだ。ノートに書いてあったのはどれもそんな思い出の詰まった料理やお菓子のレシピだった。作った人が皆それぞれ私が聞いた料理のレシピや、美味しかったお菓子のレシピを綴ってくれていたのである。レシピの隣には可愛らしい手書きのイラストなんかも添えてあって、何日も前から皆で用意してくれてたことが伝わる。こういうサプライズは初めてなのだ。私が一番欲しいものを一生懸命考えて、皆で手間暇かけて作ってくれたのだ。私にとってこんなに嬉しいプレゼントが他にあるだろうか。思わず涙してしまいそうになっている私を、皆嬉しそうに見守ってくれた。心から嬉しい、ありがとう、と何度も何度もお礼を言った。「後ろの方のページはまだ何も書いてないから、これからあなたがレシピをどんどん付け足していってね。」と言ってくれた。その余白がまた嬉しい。ノートには皆から一言ずつ「誕生日おめでとう」と祝福のメッセージを記したカードも添えられていた。

これが私の今までの人生で最も嬉しくて、心に残っている誕生日だ。今は留学を終えて、私も含めてハウスメイト達は皆母国に帰り、それぞれの暮らしを送っている。一緒に過ごした日々の記憶は徐々に遠く曖昧な形になってきている。でも、私のキッチンの棚を開くと、あのノートは他の様々なレシピ本に挟まれて今も大事にとってあり、時折開いてそこに書かれた料理やお菓子を再現すると、一緒に過ごした日々がそれらの味とともに鮮明に思い出されるのである。この幸せのレシピがある限り、この先も一生忘れることはないだろう。

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