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硫黄島アイドル戦線

出島政策以来、外界から閉ざされたこの国は、技術革新を独自に進化させながら文化の純粋性を守り続けてきた。現在、その最前線となっているのは小笠原諸島の硫黄島だった。

硫黄島は、唯一出島として諸外国の文化流入を許された特異な場所。 しかし、日本の文化を守るため、島には数々の女性アイドルグループが駐屯し、他国の音楽や文化に対抗するために日々パフォーマンス演習を磨いていた。

婆娑羅ive

その中でも、日本を代表するアイドルグループ「婆娑羅ive」のリーダー、林久里(はやしくり)は、伝統的な日本美学「もののあわれ」をパフォーマンスに組み込み、静かなる美、はかなさ、そして幽玄を強調したもので、日本文化の根底に流れる精神を現していた。

林 久里

しかし、硫黄島に新たな敵が襲来する。 それは、韓国から送り込まれたK-POPグループ「VYP」。卓越したエンターテイメント性で世界中のファンを熱狂させていた。

VYPグループ

K-POP軍、硫黄島へ上陸

硫黄島の空は、かつては日本のアイドルの歌声が響き渡り、文字通りに平和を謳歌していた。しかし、K-POP軍の襲来により制空権を握られ、物資の補給は途絶え、パフォーマンスステージ用の機材も限界が見えてきていた。

各グループのリーダーたちは毎日向き合い、対応策を検討し続けていたが、希望は薄くなるばかりだった。

ある夜、久里は島中のアイドルグループのリーダーたちを集め、会議を開いた。 部屋には疲れた表情のリーダーたちが集まっていた。体力も精神力も限界に達していた。

「皆、聞いてほしい」

久里の声が静かな議場に響く。
「K-POP軍の急先鋒、VYP師団が明日、上陸してくるという情報が入った。 予想をはるかに超えた兵力が海域に結集している。上陸予定地はまだ掴めていない。」言葉の重さに場が一層沈黙した。
しかし、久里の目に諦めはなかった。

「しかし、私たちにはまだ一つの手が残っている。 それは総力を結集し、全軍対全軍のバトルライブに懸けることだ。個々のグループで戦っていては消耗戦に持ち込まれる。よって、 ゲリラライブは厳禁とする。」

久里の提案に、リーダー達が一瞬戸惑いを見せた。 しかし他に有効な手段はなく、それが一縷の望みだということは明らかだった。

そして、運命の日がやってきた。
硫黄島の空が急にファンシーカラーに染まり、K-POP軍VYP師団のパラシュート部隊が空から降下してきた。

海上には音速で進むホバークラフトが現れ、海岸線を次々と兵で埋めていった。

海底からはK-POP軍の潜水艇が急襲、島に設置された機材やシステムを破壊した。硫黄島は完全包囲され、もはや逃げ場はなかった。

「これが彼女らの実力…草の根も残さぬか」

久里は、K-POP軍の圧倒的な兵力に一瞬呆然とするが、すぐに自分を奮い立たせた。そして、彼女は決死の覚悟でVYP師団のリーダーに対面するために前線へと向かった。

ソ・ユンジンとVYP師団

VYP師団のリーダー、カリスマ的な存在のソ・ユンジンが目の前に立ちはだかる。彼女は冷静で、自信に満ち溢れていた。VYPはこれまで世界中の音楽シーンを制圧してきたが、今回は日本の音楽市場の解放を迫ること、それがVYPの使命だった。

久里はユンジンに向かって声をかけた。

「我々は貴軍と戦いたい。だが、ただ戦うのではなく、全軍で全力をかけたバトルライブで勝敗を決めたい」

ユンジンはしばらく久里の言葉を考えた後、笑みを浮かべた。

「面白い提案ね。私たちも単純武力でなく、文化の力で勝つことを証明したいと思っていたところよ。いいわ、バトルライブで決着をつけましょう」

硫黄島のステージ上で続けられてきたアイドルバトルライブは、日本のアイドル文化の存続をかけたパフォーマンスだった。その様子はバーチャルステージとして日本本土そして世界中に配信されていた。
普段はアイドル文化の世界への発信基地だったが、今日はK-POP軍と日本アイドル連合軍の勝敗を決する場となった。

「一人百殺!死んでもマイクを離すな!!」

林久里の激励は、楽屋で虚しく響いていた。

両軍は交互にパフォーマンスを披露したが、兵站が尽き、ステージ機材も乏しい日本のアイドル連合軍と、物量も実戦経験も勝るK-POP軍の間には大きな差があったのだ。

ステージは熱気に包まれていた。K-POPグループ「VYP」のトリを務めるチームの圧倒的なパフォーマンスが、観客を完全に魅了していた。シンクロしたダンス―それは、すでに一つの芸術作品として完成されていた。

「もう…勝ち目がない…」
一人のメンバーが呟いた。その言葉は全員の心に刺さっていた。ここでの敗北は、日本のアイドル文化の象徴としての敗北を意味する。
そのとき、林久里が立ち上がった。

「まだ終わってない。」
久里の目には、諦める様子は微塵もなかった。メンバーたちは彼女を止めようとした。
「久里、無理だよ! こんな状況で…!」
「舞台はもう、VYPのものだよ…!」

彼女は、ステージの向こうに広がる虚空を見つめていた。 VYPの圧倒的なパフォーマンスは確かに美しい。 しかし、それは一時の煌びやかな光に過ぎないと、久里は感じていた。

「日本の美しさは、静かで儚く、それでいて幽玄。私はそれを届ける。最後まで。」

久里はメンバーたちの手そっと払いのけ、決意を胸に一人ステージへ向かった。
VYPのパフォーマンスは終わった。次は日本アイドル軍のラストパフォーマンスだった。

観客の喧騒が一瞬、静寂に包まれた。
大きなステージに1人、久里が白装束で立っていた。静かに、彼女は目を閉じ、一呼吸をつけた。そして次の瞬間、彼女の澄んだ声が響いていた。

とわをせつなに
あけたそがれに
わかつあわい
いまわとなりて
なみのみつるまで

彼女の声は静かに、しかし深く響き渡る。
アカペラでのパフォーマンスは極限までシンプルで、装飾も何もない。込められた感情が、観客一人一人の心に染み込んでいくようだった。
久里の声は、ものあわれ―その一瞬の美しさ、儚さと幽玄さを完璧に体現していた。彼女の歌は、他のどんな派手な演出やダンスよりも深く、静かに心を揺さぶった。

バーチャルステージを観戦する世界中の観客は息を呑んだまま、静寂の中で聞き入っていた。 誰もが口を閉ざし、彼女の一音一音に耳を傾けた。
彼女は歌い切ると、静かにマイクを置いた。
拍手も、歓声もおきなかった

久里は最後、舞台の空気が一瞬変わったように感じた。ゆっくりと頭を下げ、舞台から去っていった。



VYPは完全な勝利を納めた。そしてその頑強なソフトパワーの銃口を日本本土へと向けた。
日本アイドル連合軍は完敗した。バトルライブ終了後、連合軍は全員捕虜となった。

捕虜の中に林久里の姿はなかった。
その後の久里の行方は、誰も知らない。

あの時、久里が残していったラストパフォーマンスは、静かに、そして確実に、世界中の人々の心に響いた。
日本アイドル文化のオリジナリティは、永遠に人々の心に残るものとなったのだ。


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