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ラストソング
忙しさに追われる日々の中で、ハルカは一度も過去を振り返ることなく人生を歩んできた。
日本中で知られる有名な作曲家兼プロデューサーとして、彼の曲は人々の心を揺さぶり、ヒットチャートの常連となっていた。
しかしその成功の代償は大きく、健康を蔑ろにしていた彼は突然の心臓発作に見舞われ、ハルカはその短い生涯を終えた。
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気づくと目の前に知らない女性が浮いていた。 白い翼を持つ美しい天使だった。彼女は優しく微笑みながら、ハルカに語りかけた。
「ハルカさん、お迎えに上がりました。私はエミル。あなたが天に昇るお手伝いをします!」
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ハルカはぼんやりと天使を見つめ、まだ現実が信じられない様子だった。
音楽業界の忙しさに没頭しすぎて、死の実感が掴めないでいた。
「もう…死んだのか。まだまだ仕事があったのだが…」
「ええ、でもご安心ください。最後に残されたのは、あなた自身が天に昇る時の音楽を選ぶ仕事のみです」
「天に…昇る音楽?」
「それは、あなたの人生を表す特別な曲です。どうぞ好きな曲を選んでください」
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ハルカは思案した。自分がこれまでに作り上げた数々の楽曲。どれも自分の魂を注いだ作品だ。
エミルが提案する。
「あなたの大ヒット曲『愛と勇気と希望の空』はどうですか?あれはとても素晴らしい曲でした。演奏、開始!」
エミルが手で合図をすると、その瞬間どこからともなく曲が流れ始めた。
♪〜
「…いや、違う」
ハルカは手を振り、その曲を止めさせた。
エミルは驚き、困った表情を浮かべた。
「それでは、他にどんな曲がいいんです?」
ハルカは再び思案に沈む。そして悩み抜いた結果、かつて自分に多大な影響を与えた海外の伝説的なアーティストの曲「Change This World」を選んだ。その歌詞とメロディーは、彼が音楽を志したきっかけであり、今でも影響を受けている楽曲だった。
「では気を取り直して演奏、開始!」
またしてもエミルが合図をすると音楽が流れ出す。
♪〜
瞳を閉じて腕を組み音楽に集中するハルカだが、
「…これでも、ない」
ハルカはまたしても途中で演奏を止めた。
正解は讃美歌なのか、はたまた鎮魂歌?アレンジはゴスペルよりも雅楽か、成仏なら、声明という技法も…。
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ハルカは本気で悩み出してしまった。彼の魂は空に浮かび、浮遊し始めた。昼と夜がいくつか過ぎていった。
「天に昇る曲が決められなくて悩む魂なんて、見たことないですよ」
エミルが半ば諦めた様子で笑った。
地上では彼の通夜が行われ、豪華な告別式も終わっていた。それでもハルカの魂は空を漂い続けていた。
「先生!そろそろ曲は降ってきましたかね〜」
四十九日も過ぎたある日、実家の周りを浮遊していたハルカにエミルはまた茶々を入れた。
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その時、二人は実家の前に喪服の女性が立っていることに気付いた。慎ましそうな表情を浮かべる美しい女性を見て、ハルカの記憶が蘇った。
「…桐島レイコ」
彼女は中学時代の同級生で、当時密かに恋心を抱いていた相手だった。
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当時二人はよく全校集会で校歌を演奏していた。
才色兼備の生徒会長だったレイコは指揮をして、
音楽の才能だけは秀逸だったハルカはピアノ伴奏をしていたのだ。
放課後の音楽室で二人は何度も練習を重ね、
その合間に、未来への希望や不安を語り合った。そんな日々が思い出された。
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自分に自信が持てないでいたハルカは、好きという思いを遂にレイコに告げられなかった。
レイコは希望が叶い、地元で有名な高校へと進学していった。
卒業とともに二人は離れたが、ハルカにとってレイコは今でも特別な存在だった。
レイコは祭壇の前で焼香をしながら、小さな声で口ずさんだ。
愛あふれ♪勇気みちみちた我々は♪
希望の空へ♪今飛び立つ♪
レイコの頬に一筋の涙が流れていた。
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「これだ…」
ハルカはその瞬間、すべてが繋がった気がした。
自分で道を切り開き、希望に向かって飛び立っていったレイコに、ただ憧れることしか出来なかったあの頃の自分。そんな過去の自分があったからこそ、今の自分があることに気づいたのだ。
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「中学校の校歌?そんなの演奏できるかな〜。どこ中?」
エミルは困り顔ながら嬉しそうに楽隊へ指示を出した。
ハルカの選んだラストソングが、軽やかなメロディとともに流れ出す。
校歌の音色に包まれながら、ハルカの魂はゆっくりと天に昇っていく。
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眼下には焼香を終えたレイコが、穏やかな顔で空を仰いでいた。
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「ありがとう」
ハルカはようやく、あの頃の空の下でレイコと再会できた気がした。
そして今日、ハルカはさらに空の彼方へと飛び立っていく。