懐にカッターを
第二次世界大戦後、敗戦国日本が荒廃した時代だった。
戦場から復員した女性兵士、北谷(ちゃたん)なきりは変わり果てた祖国に心を痛めていた。なきりが目にしたのは、戦時の勇ましさを葬り去り、社会に対する自信を喪失した男性たちだった。未来に希望を見出せない彼らの姿に、なきりは「このままではダメだ」と強く感じた。
なきりは復員してすぐ故郷へと戻った。彼女の家は代々続く刀鍛冶の名家だった。戦前までは、優れた日本刀を鍛造することで知られ、多くの武士や職人たちから尊敬を集めていた。 しかし、敗戦とともにかつての誇り高い職能は廃れた。
家に戻った彼女を待っていたのは、死に際の祖父だった。「なきり、家業はもう長くないだろう。しかし、君に見せたいものがある」祖父は力を振り絞り、手を伸ばして布に包まれたものを引き寄せた。 それは、秘匿されていた一振りの日本刀だった。 多くの刀が接収されたが、これだけは隠し通したのだ。その刃は今も美しく輝いており、その重みは鍛冶職人としての祖父の技術と誇りがずっしりと詰まっているようだった。
「なきり、この刀はただの武器ではない。これは日本の魂が込められた素晴らしい芸術だ。我々が何世代にも渡って守り継いできたものだ。 」
なきりは、祖父の言葉を胸に刻み込むように聞き入れた。彼女は深くうなずいた。敗戦による屈辱、そして日本の伝統が失われようとする中で、自分が何を守り、次の世代に何を継承すべきかを確信した瞬間であった。
この刀に宿る魂を、そして日本の誇りを守り抜くために、自分は新しい道を切り拓いていくのだ。ただの刃ではなく、現代社会で日本人が再び誇りを持てるための象徴となるものを創り出すことに決めたのだ。
なきりは戦場でともに戦った国光レイ、大阪ながよという2人の女性兵士と再会した。彼女たちもなきりと同じ思いを抱いており、日本再生のために何かをしたいと強く思っていた。
なきりは、日本人が再び誇りを取り戻すためには、『葉隠』の精神を思い出させる必要があると考えた。そこで彼女は、刀鍛冶とした受け継いだ技術を用いて、この精神を象徴する製品を作ることにした。 それが、カッターナイフという実用的な文房具だった。その名を「ハガクレ」とした。
そして3人で一念発起し、カッターナイフメーカー「ハガクレ」の事業をスタートさせることを決意したのだった。
ハガクレのカッターは、伝統的な日本の美意識を現代の機能性と融合させたもので、シンプルながら重厚感あふれるデザインが特徴だった。戦後の日本において自信を失った男性たちに「再び立ち上がる勇気」を与えることを目指していた。
なきりは地元の小売店を巡り、製品に込めた思いと優れた実用性を訴えて営業をしていった。
地元で順調に取り扱い店を増やしていく中、ハガクレのカッターを全国の小売店に広めるため、なきりは大手小売メーカーとの商談に臨んだ。 会議室には、製品部門の部長である男性が座っていた。商談は順調に進むかに見えたが、その男性部長は不機嫌そうな表情を浮かべ、なきりの話に耳を傾けていなかった。突然、彼はなきりの言葉を遮り、嘲笑の声を上げた。
「女のくせに偉そうにして、こんなカッターなんて売れるわけがない。男社会で通用するわけがないんだよ」
この言葉に、なきりの体がカッと熱くなる。 戦場で命がけで戦い抜いた自分の覚悟と、仲間たちの尊い犠牲を無視されたように感じたからだ。
日本の未来のために働いている自分に対して、軽蔑した態度を取った男性の姿が、なきりにはあまりに情けなく映ったのだ。
「あなたは日本男児としての尊厳を忘れてしまったのか?」
彼女の声は怒りに震え、言葉には深い失望と苛立ちが滲んでいた。
なきりは鞄から自社のカッター「ハガクレ初号」を取り出し、彼の前に強く差し出した。
「戦場では命に性の差はなかった。母国を守る思いは、男も女も等しかった。私たちは、ただ物を売っているんじゃない。日本人としての誇りを取り戻すために、このカッターを広めようとしているんだ。このハガクレは、人を傷つける武器でも、自らを殺す凶器でもない。未来を切り拓くための道具なんだ!」
その瞬間、部屋の空気が凍りついた。 部長は呆然とカッターを見つめ、その迫力に言葉を失った。自分が今まで軽視していたものが実は深い意義を持っていることを、その一瞬で悟った。
その後、部長は態度を改め、商談は無事成立した。
なきりはそれからも、どんな壁が立ちはだかろうとこの信念を曲げることは決してなかった。
ハガクレのカッターは、瞬く間に日本中で人気を博した。男性だけでなく、女性にも支持され、日本国内では「自分を鍛え、未来を切り拓く」という精神を象徴するものとして、また多くの人々の心に火を灯した。 その評判は世界中に広がり、ハガクレは日本を象徴するブランドとなっている。
北谷なきり、国光レイ、大阪ながよの3人は、ただ戦争を生き抜いた兵士ではなく、日本の復興と新しい時代の到来を象徴する存在となった。
屈することなく、誇りを忘れず、彼女らが懐に秘め続けた思いが、新しい未来を切り開いたのだった。
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