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歴史考証家 北川歩の日常

北川歩は歴史考証家だ。企業の社歴編纂から土地家屋の権利に関する民事裁判まで、様々なシーンでお呼びがかかる。
ただし、歴史考証家は判定を下さない。いつでも語尾に「ご参考までに」を付けて去っていく。
そんな彼の日常について話そうと思う。ご参考までに。

Chapter 01

元祖ナポリタン焼きそばを追え

元祖争いの勃発

晩秋の冷たい風が吹く甲信越の田舎町に、北川は立っていた。

今日から当分ナポリタン焼きそばか。

この町は、B級グルメ「ナポリタン焼きそば」が観光の目玉として広く知られていたが、最近「元祖」をめぐる争いが激化していた。観光客の増加を狙って、3つの飲食店が「元祖ナポリタン焼きそば」の称号を主張し、競争を繰り広げていたのだ。

まず、「洋食酒場ポム」は最近都心から帰ってきた孫娘のマリエが店の立て直しを図り、「元祖」の看板を掲げて話題を集めた。それを是としなかった町の老舗である「和亭あさがお」は、店主である女将チエミが、代々受け継がれた当店の味こそが元祖だと主張。そして新参の飲食店「カフェ・おれ」は奇抜なメニューで注目を集めており、店主アキラが「真・元祖ナポリタン焼きそば」を名乗り争いに参入してきた。
事態の収拾がつかず町全体が騒然となる中、地元の商工会議所は歴史考証家の北川歩に解決を依頼したのだった。

北川歩、商工会議所に呼ばれる

「こんなご時世ですので、町全体の印象が悪くなる前に真実を解き明かすことができれば、争いも終わると思うんですよ」
商工会議所の担当者は、北川に事件の経緯を説明し、どうにか3店舗の間にある歴史的事実を明らかにしてほしいと頼んだ。
北川はいつも通り、淡々と依頼を受けた。彼のやり方はシンプルだ。まずは事実を集め、冷静に歴史を紐解く。判断は下さない。
あくまで「ご参考までに」事実を示し、後は彼らがどうするかに任せるのだ。

北川は、まず3店舗を訪ねて話を聞くことにした。

洋食酒場ポム

川場マリエ

ポムを訪れると、孫娘の川場マリエがメイド姿で観光客に人気の「元祖ナポリタン焼きそば」をサーブしていた。
彼女は元コンサルタントだと自称し、店の再興を目指している。
「都内のコンサル会社で働いていたんです。外食産業の立て直しには慣れていますから」と、マリエは胸を張って言う。
だが、北川は彼女の話にどこか違和感を覚えていた。後で調べたところ、彼女が働いていたのは大手コンサルタントではなく、いかがわしい外食コンサルであり、一時的に注目を集める戦略を提案するような会社だった。つまり、彼女の「元祖」を掲げた戦略も、単なるマーケティングに過ぎない可能性があった。

和亭あさがお

森チエミ

次に訪れたのは、老舗の和亭あさがお。女将の森チエミは古くから親しまれてきた店の歴史を誇りにしており、自信たっぷりに元祖を主張した。
聞いたところによると、ポムが仕入れている麺はあさがおと同じ麺で、元々あさがおと縁故があった業者の製麺だそうだ。妖艶な雰囲気を持つ彼女は、北川の口元についた青のりを指でそっとつまみながら艶かしい眼差しで北川を見つめた。
「さ、冷えるとおそばが伸びてしまいますよ。温かいうちにお召し上がりになって」
と、彼女はそっと北川の肩に手を置いて囁いたが、北川はそそくさとそばを飲み込むと店を後にした。

カフェ・おれ

山田アキラ

最後に訪れたのは最近できた「カフェ・おれ」だ。ここでは、筋骨隆々の店主山田アキラが「真・元祖ナポリタン焼きそば」を掲げ、奇抜なメニューで観光客を集めていた。彼は町で最初にナポリタンを食べたのは自分だから、ここが元祖だという謎の主張をした。
「よう!ナポ焼きそばはもう食べ飽きたんじゃねえか?」
彼は半ば強制的に、新作の「コーヒーラーメン」を北川に勧めたが、その味は筆舌し難かった。感想を求められた北川は淡々とそれを口にし、「さ、参考までに」とだけ言って早々に店を後にした。

マリエの真意を探る

ヒアリングを重ねるうちに、北川は「ポム」の裏に何か重要な事実が隠されているのではないかと感じ始めた。ことの発端となったマリエの「元祖」主張が単なる商売のためだとすれば、何が彼女をそこまで駆り立てるのか。
町民からの取材を進めていくうちに、どうやらポムの初代店主が現在特別養護老人ホームに入居しており、そこの月額費用を工面するためにマリエは相当に苦労をしているということがわかってきた。

そこで北川は、老人ホームを訪ね、マリエの祖父であり「ポム」の初代店主に直接会って話を聞くことを決意した。

老人ホームでの対話

老人ホームに着いた北川は、認知症を患う初代店主と面会した。最初は記憶が曖昧な彼だったが、北川がナポリタンの話題を出すと、彼の目が輝き、ぽつりぽつりと話し始めた。
「そうよ、ナポリタンはうちのお店ではじめただよ。その頃はパスタの仕入れができんくてなぁ。でも、ナポリタンが食いたいって山田んとこのガキが駄々こねてよ。あさがおさんが、焼きそばを譲ってくれたんだ。それで…それでよ、作ったんだよ、ナポリタン焼きそばを。ああ」


この一言で、全てのピースが揃った。ポムが最初にナポリタンを始めたのは確かだが、焼きそばの麺はあさがおから提供されていた。そしてその発端である山田のガキにも見当がついた。

真実の解明と和解

北川は三人の店主に集まってもらい、この町のナポリタン焼きそばの歴史を詳らかに説明した。ポムがナポリタン焼きそばを始めるきっかけは、あさがおの協力があったからこそであり、そして、そもそもの発端は、カフェ・おれの店主が幼少期にナポリタンを熱望したからだったのだ。
「どこが元祖という訳ではなく、そもそもナポリタン焼きそばは、この町全体が協力して生み出したものだということをご理解いただけたかと思います。ご参考までに」
北川がそう言うと、3店舗の間には和解の空気が流れた。お互いの歴史的つながりを理解し、対立をやめ、町おこしに協力し合うことを決意したのだ。

さらば北川

北川はナポリタン焼きそばとコーヒーラーメンで膨れた腹をさすりながら町を後にした。
彼は判定を下さない。そもそも、判定を下したい人は彼に依頼などしない。
あいまいな事実はあいまいなままに。複雑な事実は複雑なままに。それが彼のモットーであった。
以上、ご参考までに。

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