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ナショナリズム、家族、ジェンダーの関係性:データで見る日本のジェンダー (5)

今回、「日本人であることの誇り」は、ジェンダー意識にどのような影響を与えるか、分析していきたいと思います。

前回、家族への信頼とジェンダー意識の関連を調べたこともあり、家族への信頼との関連性も同時に見ていきたいと思います。

今回も第7回世界価値観調査を使います。


1. 「日本としての誇り」を感じるほどジェンダー平等を支持しない

まずは全体(男女混合)の結果から。結果の詳細は表2をご覧ください。

日本人であることの誇りを強く感じるほど、「妻の稼ぎが夫より多いと、決まって問題が起きる」という意見に反対する選ぶ確率は下がり、中立・賛成が選ばれやすくなります。

図11: 妻の稼ぎが夫より多いと、決まって問題が起きる:ナショナリズムの効果

上記の結果を男性と女性にわけて見てもそれほど違いはありませんでしたが、念の為、以下のために男女別の結果も確認してみましょう。

男性の結果:反対→賛成へ

以下の図は、男性の結果です(詳細は表4参照)。

男性は、日本人としての誇りが高いほど、(反対ではなく)賛成を選びやすい傾向にあります。それに対して、中立的意見に変化はありません。

図12: 妻の稼ぎが夫より多いと、決まって問題が起きる:男性におけるナショナリズムの効果

女性の結果:反対→中立へ

次に女性の結果を見てみましょう(詳細は表3参照)。

女性は、日本人としての誇りが高いほど、(反対ではなく)中立を選びやすい傾向にあります。それに対して、賛成的意見に変化はほぼありません。

図13: 妻の稼ぎが夫より多いと、決まって問題が起きる:女性におけるナショナリズムの効果

反対→中立への変化をどのように捉えたらいいでしょう。

日本人として誇りを感じている人は、ジェンダー差別の問題に対して「どちらでもない」「わからない」と中立化してしまっています。おそらく女性の場合、ナショナリズムとジェンダー意識は、論理矛盾を引き起こしてしまっている可能性があります。

いずれにして日本人としての誇りを強く感じている人ほど、女性差別的な意見に賛成しやすいということが全体的には言えるでしょう。

2. ナショナリズムと家族関係の比較

次にナショナリズムが家族への信頼関係から受ける影響について見ていきたいと思います。というのも、前回、家族への信頼が高い人ほど、ジェンダー平等的な意見を持ちやすいという結果が出たからです。

以下の図は、その結果です。順序ロジスティック回帰分析という方法を用いました。この分析方法の説明は省略させてください。以下の図14をご覧ください。

表5: ナショナリズム:家族への信頼の効果
図14: ナショナリズム:家族への信頼の効果

このように、家族への信頼が高いほど、日本人であることの誇りも感じやすいということが言えます。

そして前回の記事で書いたように、この家族関係は、女性差別的な意見に反対させる効果を持ちます。

図8: 妻の稼ぎが夫より多いと、決まって問題が起きる:家族への信頼の効果

したがって、次のような図式が成り立つと言えます。

図15: ナショナリズムと家族への信頼が、「稼ぎが多いと、決まって問題が起こる」意見に与える効果のモデル

日本人であることの誇りは、ジェンダー不平等な意見を強めるのに対し、家族への信頼はジェンダー不平等な意見を弱めます。それにも関わらず、家族への信頼が高いほど、日本人であることの誇りも高い傾向があります。

3. 共同体主義とナショナリズム

それにしてもなぜこのような奇妙な結果が出たのでしょうか。データでこれ以上の原因を探ることはできないので、いろいろと想像して解釈するほかありません。

私の想像ですが、「日本人としての誇り」や「家族への信頼」といった価値観は、共同体主義ナショナリズムという、よく似ているが系統の異なる考えから影響を受けているかもしれません。

共同体主義:家族(+)→地域(+)→国家・民族(+)

まずはじめに、家族が大切だと感じる人の中には、その愛の対象をより拡大させる人がいるのではないでしょうか。家族が好き→だから友達や地域も好き→だから日本人(や日本国)も好きという思考回路です。これをここでは仮に共同体主義と呼んでおきましょう。

このような人たちにとっては、家族関係を維持するために、ジェンダー平等な意見を支持する一方で、日本人全体に対する愛情も持つということは何ら矛盾していません。

ナショナリズム:国家・民族(+)→地域(+)→家族(+)

ナショナリズムに関しても家族を大切にするという点については同じですが、出発点が異なります。まず日本人が好き→だから地域も好き→だから家族も好きということです。

このような人は何よりも日本の「伝統的な」価値観を大切にしており、そしてその伝統的価値観が大切にする家父長制的な価値観も支持します。この観点からすると、ジェンダー平等的な価値観は許せないが、家族が大切だということにも矛盾しません。

いずれにしても、「日本人としての誇り」や「家族への信頼」という変数(指標)そのものは、このナショナリズムと共同体主義という微妙な違いが区別できないがゆえに、このような結果(図15)になったのでしょう。

結論:

前回、家族を信頼する人ほど、ジェンダー平等な価値観を持ちやすいということを明らかにしました。今回は、「日本人としての誇り」がジェンダー意識に与える影響を分析し、それぞれ効果を比較したことで、少し新しい側面が見えてきたように思います。

家族への信頼は、日本人としての誇りとポジティブに関連している点で、保守的な価値観であることは明らかです。しかし、そのような保守的な価値観が、ジェンダー平等的な価値観を支持する可能性があると言えるのです。少なくとも統計的にはっきりと見えてくるくらいにはそのような考えの人が多いと言えるでしょう。

プロの研究者たちがこの点についてどのように分析しているかは私は知りません。しかし一般的にSNSやメディアでは、保守主義が促進するジェンダー平等の存在はあまり語られていないように思います。

前回、家族を大事にするがために消極的に(嫁怖いと思いながら)ジェンダー平等を支持する男性がいるのではないか、という推測を立てました。もしこれが正しいなら、このような意識の低い男性たちはSNSで積極的にジェンダーについて語っているイメージがつきません。

統計データを使うことで、このような声にならない声を明らかにできたらいいなと思っています。

出典

Haerpfer, C., Inglehart, R., Moreno, A., Welzel, C., Kizilova, K., Diez-Medrano J., M. Lagos, P. Norris, E. Ponarin & B. Puranen (eds.). 2022. World Values Survey: Round Seven – Country-Pooled Datafile Version 6.0. Madrid, Spain & Vienna, Austria: JD Systems Institute & WVSA Secretariat. doi:10.14281/18241.24

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