第19章 ハンガリー・ホーンテール 6
「四頭……」
ハグリッドが言った。
「そんじゃ、一人の代表選手に一頭っちゅうわけか?何をするんだ__戦うのか?」
「うまく出し抜くだけだ。たぶん」
チャーリーが言った。
「ひどいことになりかけたら、僕たちが控えていて、いつでも『消化呪文』をかけられるようになっている。営巣中の母親ドラゴンがほしいという注文だった。なぜかは知らない__でも、これだけは言えるな。ホーンテールに当たった選手はお気の毒様さ。狂暴なんだ。尻尾のほうも正面と同じぐらい危険だよ。ほら」
チャーリーはホーンテールの尾を指差した。
ハリーが見ると、長いブロンズ色の棘が、尻尾全体に数センチおきに突き出していた。
そのとき、チャーリーの仲間のドラゴン使いが、灰色の花崗岩のような巨大な卵をいくつか毛布に包み、五人がかりで、よろけながらホーンテールに近づいてきた。
五人はホーンテールのそばに、注意深く卵を置いた。
ハグリッドは、ほしくてたまらなそうな呻き声をもらした。
「僕、ちゃんと数えたからね、ハグリッド」
チャーリーが厳しく言った。
それから、「ハリーは元気?」と聞いた。
「元気だ」
ハグリッドはまだ卵に見入っていた。
「こいつらに立ち向かったあとでも、まだ元気だといいんだが」
ドラゴンの囲い地を見やりながらチャーリーが暗い声を出した。
「ハリーが第一の課題で何をしなければならないか、僕、ママにはとっても言えない。ハリーのことが心配で、いまだって大変なんだ……」
チャーリーは母親の心配そうな声を真似した。
「『どうしてあの子を試合に出したりするの!まだ若すぎるのに!子どもたちは全員安全だと思っていたのに。年齢制限があると思っていたのに!』ってさ。『日刊予言者新聞』にハリーのことが載ってからは、もう涙、涙だ。『あの子はいまでも両親を思って泣くんだわ!ああ、かわいそうに。知らなかった!』」
ハリーはこれでもう十分だと思った。
ハグリッドは僕がいなくなっても気づかないだろう。
マダム・マクシームと四頭のドラゴンの魅力で手一杯だ。
ハリーはそっとみんなに背を向け、城に向かって歩きはじめた。
これから起こることを見てしまったのが、喜ぶべきことなのかどうか、ハリーにはわからなかった。
たぶん、このほうがよかったのだ。
最初のショックは過ぎた。
火曜日にはじめてドラゴンを見たなら、全校生の前でバッタリ気絶してしまったかもしれない……どっちにしても気絶するかもしれないが……敵は15、6メートルもある、鱗と棘に覆われた、火を吐くドラゴンだ。
ハリーの武器といえば、杖だ__そんな杖など、いまや細い棒切れほどにしか感じられない__しかも、ドラゴンを出し抜かなければならない。
みんなの見ている前で、いったいどうやって?
ハリーは禁じられた森の端に沿って急いだ。
あと15分足らずで暖炉のそばに戻って、シリウスと話をするのだ。
シリウスと話したい。
こんなに強くだれかと話をしたいと思ったことは、一度もない__そのとき、出し抜けにハリーは何か固いものにぶつかった。
仰向けに引っくり返り、メガネが外れたが、ハリーはしっかりと「透明マント」にしがみついていた。
近くで声がした。
「アイタッ!だれだ?」
ハリーはマントが自分を覆っているかどうかを急いで確かめ、じっと動かずに横たわって、ぶつかった相手の魔法使いの黒いシルエットを見上げた。
ヤギ髭が見えた……カルカロフだ。
「だれだ?」
カルカロフが、訝しげに暗闇を見回しながら繰り返した。
ハリーは身動きせず、黙っていた。
一分ほどして、カルカロフは、何か獣にでもぶつかったのだろうと納得したらしい。
犬でも探すように、腰の高さを見回した。
それから、カルカロフは再び木立に隠れるようにして、ドラゴンのいたあたりに向かってソロソロと進みはじめた。
ハリーは、ゆっくり、慎重に立ち上がり、できるだけ物音を立てないようにしながら、暗闇の中をホグワーツへと急げるだけ急いだ。
カルカロフが何をしようとしていたか、ハリーにはよくわかっていた。
こっそり船を抜け出し、第一の課題がなんなのかを探ろうとしたのだ。
もしかしたら、ハグリッドとマダム・マクシームが禁じられた森のほうへ向かうのを目撃したのかもしれない__あの二人は遠くからでもたやすく目につく……それに、カルカロフはいま、ただ人声のするほうに行けばよいのだ。
カルカロフもマダム・マクシームと同じに、何が代表選手を待ち受けているかを知ることになるだろう。
すると、火曜日にまったく未知の課題にぶつかる選手は、セドリックただ一人ということになる。
城に辿り着き、正面の扉をすり抜け、大理石の階段を上りはじめたハリーは、息も絶え絶えだったが、速度を緩めるわけにはいかない……あと5分足らずで暖炉のところまで行かなければ……。
「ボールダーダッシュ!」
ハリーは、穴の前の肖像画の額の中でまどろんでいる「太った婦人」に向かってゼイゼイと呼びかけた。
「ああ、そうですか」
婦人は目も開けずに、眠そうに呟き、前にパッと開いてハリーを通した。
ハリーは穴を這い登った。
談話室にはだれもいない。
匂いもいつもと変わりない。
ハリーとシリウスを二人っきりにするために、ハーマイオニーが糞爆弾を爆発させる必要はなかったということだ。
ハリーは「透明マント」を脱ぎ捨て、暖炉の前の肘掛椅子に倒れ込んだ。
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